密会


「……と言う事で、八俣智彦と無事、接点を得る事が出来たよ。お父様にそのように伝えてね、お姉さま」

「よう頑張りましたなぁ。これで田原坂家も当分は安泰どす」


田原坂鏡花は、自室で実家と連絡を取り合っていた。

机上に散らばる駄菓子を適当に食べながら、胃痛の種が無くなった事へ安堵する。

窓の外からは、女生徒達の明るい声。

裏の世界に生まれた事に不満は無いが、あの様に普通に生きる道もあったのだろうと、鏡花は目を細めた。


「ところで、お父様達は?大きな仕事は無かったはずよね?」

「三家が力落としたやろ、皆、代わりにのし上がろうと外交ゲームしとるんよ」

「あー……、やっぱそうなるか。師匠悪く言うのはアレだけど、恨み買ってたからなぁ」

「逢魔崎はともかく、南部と吉祥寺は終わりやね。あの爺さん、すでに殺されてるんちゃいますか?」


姉の言葉を聞きながら、鏡花は頷いた。

あの二家は、当主の強大な力で成り立っていた。

それが無くなったのなら、復讐含めもはや裏の世界では消えていく定めだろう、と苦笑いを浮かべる。


「あぁ、その八俣って子。アンタから見てどんな感じどす?」

「んー、見た目は平凡そのものだよ。地味と言うか、モブと言うか」

「ほぉほぉ、でもお強いんやろ?」

「規格外だよ。私では見えない霊も見えるみたいだし、バテレン共の守護天使も認識できるし」

「……マジ?」

「マジだよ。じゃ、今日はこの辺で。やっぱさ、無理に京都弁使ってキャラ作りしない方がいいよ?」

「うっさい、あんたもお嬢様言葉全然じゃろが!……また、何かあれば連絡するわ」


スマフォを切り、ふぅ、と息を吐く鏡花。

頭に浮かべるのは、智彦だ。


見た目は至極、普通。

マンガやアニメであれば、主人公の戦いに巻き込まれ、いつの間にか死んでいるポジションな見た目。

だが、その力は極めて強大で、理不尽で、規格外。

今後、裏の世界は彼を意識せざるを得なくなっていくはずだ。

当分は騒がしくなるだろうなと、再度駄菓子に手を・・・。


「あれ?」


いつの間にか食べてしまっていたようで、机上にあるのは包装紙だけだ。

鏡花はすぐさま財布を持ち、裏庭にあるプレハブ小屋へと足を運ぶ。





「って、休みじゃん!」





蝉時雨の中、鏡花は絶望した。

あぁそう言えば水曜日から金曜日は休みだったな、と肩を落とす。


「うぅ、あのシガレットも、ヨーグルト味のタブレットも、めんたい味の麩菓子も、ピリッと辛い練り物も、どんぐりアメも食べられないなんて!」


いっそ取り巻きから強奪しようかと思った矢先、背後に気配を感じた。

ただ、殺意などは全く無かったため、緩慢に振り返り、深くため息をつく。


「何の用よー、養老樹」

「あらぁ~、ご挨拶ですわねぇ、少しは素を隠しなさいな、田原坂鏡花」


シスター服の美少女……養老樹せれんが、不機嫌さを顔に出し、同じくため息をつく。

弾みで、十字架のネックレスがチャリンと鳴った。


「……で、取り巻きもつけないでどうしたの?そっち系の話?」

「残念ながら、そっち系の話よぉ。の前に。暑いから入りましょう」

「どこで鍵手に入れて来たのよ……」


駄菓子屋となっているプレハブ小屋のカギを開け、二人はすぐさまクーラーをつけ、汗を拭いた。

レジスペースのイスを動かし、向かい合うように座る。


「後ろに立つ少女、どんな霊か解ったみたいねぇ」

「霊の素性は解らないけど、まぁ、一応解決になるのかしら」


あの日、智彦の手によって姿を見せた幽霊、『後ろに立つ少女』。

『学園内で一人でいると人の気配がする、振り返るとそこには血染めの少女がいて、顔を覗き込んで来る』と、天恵学院に伝わる七不思議のひとつ。

だが彼女は「ただ、人が読んでいる本を覗き込んで読んでいる」だけな霊だった。


その噂は、学院内を電光石火で駆け巡る。

そして、後ろに立つ少女に遭遇した女生徒の大半が「本を読んでいた、もしくはスマフォで小説を読んでいた」事が解ったのだ。


「霊体だから障害物を無視するし、トイレで遭遇した娘は怖かったと思うわよ」

「あらぁ、でもどうして、姿が見えるようになるのかしらぁ」

「八俣……彼の事はもう調べてるでしょ?彼が言うには、読んでる本の内容が面白く興奮したら、周りから見えるようになる、らしいわよ」

「その辺は霊特有の、変な性質があるのねぇ」


養老樹が店の棚からカレー味の駄菓子をとり、レジの上へと代金を置く。

そのまま包装を開けると、店内に食欲をそそるスパイシーな芳香が広がった。


鏡花もそれに倣い、レジにお金を置いてガムの入った飴を購入。

おなじく包装を開け、口へと放り込んだ。


「無作法だけど指についた粉が美味しいのよねぇ、ふふ」

「それ、美味しいけど、部屋に匂いが残るのがつらいのよね……ん、おいち」

「あら~、ちょっと、噛むの早すぎません事!?」


無言のひと時。

互いにお菓子を堪能し、再度、向かい合う。


「田原坂鏡花、貴女はその少女の霊、見えてたかしらぁ?」

「全然、つまりあの少女は霊としての格が高い、って事よね、悔しいけど」

「私もよぉ。……そこで、常に少女の霊が見える、八俣さんにお願いしたい事があるのよ」

「私じゃなく本人に言いなさいよ……」


と、呆れた表情の鏡花の顔が、鋭く変わった。

養老樹が、熾天使会のロゴが印刷された書類を取り出したからだ。


「これ、読んで頂けませんこと?」

「ぇ、これ機密文書……まぁ、読んでいいなら読むけど」


鏡花が書類に目を通す。

その顔が、徐々曇り始めた。


「店内の監視カメラの映像で判りましたの。あの少女の名前は、郷津ありす。……郷津家の、長女だった娘ですわ」


鏡花は、養老樹の言葉に無意識に頷き、機密文書の内容を脳内に羅列し始める。





『図書館』と呼ばれる離れを持っていた郷津家。

4年前、郷津ありすの両親や使用人が惨殺遺体で発見。

郷津家の本邸は焼失、離れは半焼。

郷津ありすは行方不明。

(世間には郷津一家殺害事件で報道)


郷津婦人が常日頃言っていた事を遺言とし、火の手から逃れた本は、婦人の母校である天恵学園へ寄付。

その数約900冊。


その中に、貴族鼠色の本。

タイトル、装飾無し。


熾天使会が探している禁書の内の一冊『名も無き本』の可能性大。




件の悲劇が、名も無き本に封じられた『悪魔』の仕業であると判断する。




熾天使会日本支部幹部 子安神父の指揮の下、学院内を探すも見つける事が出来ず。

目録及び蔵書リストに存在はしている。

(区分名:名無し20180611)




追記。

天恵学院内に広がる七不思議のひとつ「後ろに立つ少女」。

件の少女が郷津ありすである確率が極めて高い

(映像で見る事ができる顔、目の色、髪の色)

(私立希望ヶ丘学園中等部の制服)


彼女が霊として天恵学院にいるという事は、名も無き本もある事を示唆すると考えられる。

彼女の行動を追う事が出来れば、名も無き本へと辿り着ける可能性が高い。





熱量を持つ脳に顔を顰め、鏡花は大きく息を吐いた。

文書内にある、悪魔、の二文字。

弱くても強大な力を持つ、災害級の存在だ。

そんなのがこの学院内に存在していると知り、少なからず恐怖を覚える。


「つまり、彼に悪魔も倒して貰おう、と考えてるわけね」


鏡花は苦い顔をして、思考する。

智彦は、強い。

だが、あの力は悪魔には通じないだろう。

悪魔という存在は、バテレン達の守護天使を使った『聖なる力』でしか、傷を負わせる事が出来ない。

だからこそ、その力を独占する熾天使会という存在が、世界中に根を張っているのだ。

勿論、鏡花達にも疑似的な力を生み出す技術はあるのだが、割に合わないというのが現状だ。



「まさかぁ、悪魔祓いは私達、熾天使会の本懐、譲れないわぁ」


だが、養老樹は笑いながら首を横へと振る。


後ろに立つ少女を追跡し、本の場所を特定したい。

ただそれだけを智彦に頼みたいと言う養老樹に、鏡花は首を傾げた。


「……で、こんな重要なものを、なんで私に見せるのよ」

「保険、かしらぁ。子安神父達と悪魔祓いに挑むとしても、勝率はあまり高くないのよぉ」

「……養老樹、あんた」

「あらあらあらぁ~、何よそんな顔してぇ。……私達がダメだったら、よろしくお願いするわぁ」


養老樹の首元の十字架が、そのまばゆい体に映った鏡花の顔を歪ませる。


あぁ、やっぱこの女は嫌いだ、と。

鏡花は智彦へと電話をかけるために、スマフォを取り出した。

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