白百合の園



駄菓子屋の出店時間は朝10時から15時までだ。

15時と言っても夏なので、空にはいまだ茜が差す気配は無い。


来店した女生徒を見送り、智彦達は閉店の準備をし始める。

清掃、品出し、売り上げ確認……とやる事が多いが、売り上げはそのまま事務局に渡せば、問題は無い。

お金をポケットに入れたりする心配はしないんだろうかと二人は考えるが、これも星社長への信頼からなのだろう。

だからこそ、そんな事は決してしてはならないと、二人は心に誓っている。


「消しゴムくじは瞬殺でしたな」

「瞬殺というか、怖かった」


本日の目玉商品、消しゴムくじ。

動物や食べ物の形をした可愛い消しゴムが当たるくじだが、これがまた大当たり。

というか、取り合いにまで発展した。

実用性に問題はある消しゴムではあるが、ご令嬢の目には大変可愛く見えたようで、回数制限を決めざるを得なかった状態だ。

なおスーパーボールくじは見向きもされなかった。


次は5セットは頼もうかと話していると、プレハブ小屋の入り口がノックされる。

智彦が目を向けると、黒いショートヘアで長身の美少女、田原坂鏡花が、立っていた。


「何やら話があるようですな、ここは自分がしておきますぞ」

「あー……ごめん、ありがとうね、謙介」


以前見た取り巻きがいないという事は、そういう事なのだろう。

それか、以前依頼した件で、何か問題が起きたのか。

智彦は鏡花へと軽く手を振り、表へと出る。


「お待たせ、何か話があるのかな?」

「あ、うん、ちょっと、聞きたい事があって、さ」


鏡花が言い淀む様を見て、智彦は極めて柔和な笑みを作る。

鏡花のそれが、怯え、不信、恐怖……と、智彦自身覚えのある目だったからだ。


「大丈夫、初対面時はアレだったけど、鏡花さんに対しては今のところ感謝してるから、敵意は無いよ」

「そ、そう?なら、良いんだけど……」


とりあえずお茶飲みながらでもと、鏡花は智彦を校内の喫茶店へ誘った。

智彦は仕事中だという事で渋ったが、鏡花と謙介の直接交渉の末、強行軍を成す。


ブラウンを基調とした椅子や机、それらと共に自己主張しない観葉植物達。

まるでテレビでしか見ないような、格式高い喫茶店。

それなりに広い店内では、談笑、読書、勉強と、思い思いに女生徒が過ごしている。

鏡花の奢りで出された紅茶に、智彦は謎の感動を唸り出した。



「こんな店が学校内に……、すごいってか信じられない。てか、すごく見られてる」

「うふふっ、これなんかまだ初歩。学内には本屋、クリーニング店、ブティックもあるんですのよ?」



お嬢様モードの鏡花の話を聞き、智彦はまたもや格差を思い知らされた。

凹む智彦の耳には、「お姉さまの想い人かしら?」「キャー!デートですわ!」みたいな浮いた声は聞こえていない。


「とまぁ、前置きはここまでで。……南部、吉祥寺を倒したって本当なの?」

「えと、鏡花さんが言った人かはわからないけど、お婆さんと、お爺さんなら。正当防衛でね」


相変わらず淡々という様に、鏡花は再度恐怖心を抱く。

彼女の中の南部と吉祥寺は、とても単体で勝てるものではない化け物なのだ。

それを、誇るわけでも語るわけでもない、智彦の言動。

あの時、彼の言葉に従い敵対しなくて良かったと安堵しつつ、単刀直入に挑む事にした。


「裏の世界がね、貴方に注目してる。上から貴方を引き入れろって言われてるけど……どう?」


「ごめんけど、遠慮させて貰う。一方的に、しかも3度も襲って来た連中なんかの仲間はお断りだ」


「ま、まぁ、そうよねぇ」


当事者であるため、鏡花は何も言えなくなる。

鏡花自身、逢魔崎から技術を学ぶ際ハイエナ行為に手を貸し、直接的には殺めていないモノの、数人程の死体を埋めて来た。

勿論それはルールはあるが裏の世界では当たり前であり、綺麗事ではやっていけない競争社会であるからだ。


「えと、俺がこう断った場合、鏡花さんはどうなるのかな?」

「……立場的に、不味くなるかなぁ」


鏡花がまとめ役及び家長から下された命は、智彦の引き入れ、もしくは接点作りである。

裏の世界としては、異物である智彦を放置はできない。

引き入れて裏の世界のルールで縛るか、それがダメなら、領分を犯さぬよう情報を共有できる様にするか。


家に帰ったら嫌味攻めだろうなぁ、と鏡花が俯いていると、智彦の顔が明るくなる。


「良かった、丁度そういうのを考えてたんだ。もしよければ、鏡花さんがその、接点って奴になってよ」

「……あ、あら、いいの?」

「うん。俺はそっちの世界を荒らしたいわけじゃないし、お伺いを立てなきゃいけない場面も出てきそうだしね」


智彦は、先ほど考えていた事を鏡花へと伝える。

それは鏡花にとっても悪くない話、いや、むしろ上出来な結果であった。

智彦と裏の世界が繋がった瞬間であった。


智彦としては多少息苦しくなるし面倒な件ではあるが、敵対して謙介や母親にまで被害が行っては堪らないから。

また、「あの霊がちょっかい出してくるけどそっちの獲物じゃないよね?排除していい?」な程度の認識だが。



「良かった。これでお姉さまに嫌味を言われずに済むわ。じゃあ改めて連絡先を交」

「あらあらあらあらあらあらあらぁ?男を侍らせていい身分ですわねぇ、田原坂鏡花ぁ?」

「げぇっ!?養老樹ようろうじゅ!」


甲高い声に、田原坂の声が歪む。

智彦が声の主に目を向けると、所謂シスター服に身を包んだ女生徒が、二人をニヤニヤと見下していた。


「あ~らぁ~?かの田原坂家のご令嬢が、その様な下品な言葉を放ってはいけませんよぉ?」

「五月蠅いわね、今大事な話してるんだからあっちに行っててよ!」


鏡花の邪険な対応に対し、養老樹と呼ばれたシスターはさも可笑しそうに笑った。

十字架のネックレスと服越しに強調された大きな胸が、上下に揺れる。


「何もこんな目立つ場所に男連れ込んで、彼氏持ちアピールしなくていいでしょうに」

「な、ななな、何っ!違っ!この人は、そんなんじゃ……っ!」

「あ~らあらあら!顔を真っ赤にしちゃって、まぁ!初々しいですわねぇ!」

「……ぁ、そっか。そうやって引き入れる手もある、か。……そっか」

「…… …… ……ぇ? マ、マジですの?」


周りの女生徒どころか店員すら、二人の応酬を生暖かい目で見守っている。

恐らくだが、このじゃれ合いは日常茶飯事なのだろう。


「っと、子安神父からの頼まれたお仕事を忘れておりましたわ、では御機嫌よう、田原坂鏡花」

「そっち先に優先しなさいよ……、はいはい、御機嫌よう」


去り際に、養老樹がチラリと智彦を見る。

智彦が軽く会釈すると、満足そうに頷き、周りに居た取り巻きを引き連れ、店から出て行った。


「もしかして、同じ裏世界の人?」

「……なんでそう思うの?普通は学友と思うはずだけど?」

「いや、彼女の横に、彫像っぽい筋肉質なおじさんがいたからさ」

「は……?ぇ、守護天使が見えるの?……やっぱ貴方、規格外よ」


周りの反応からしてやはり自分にしか見えていなかったと、智彦は目を細めた。

目を見開いた鏡花が、すっかりぬるくなった紅茶で唇を濡らす。


「彼女は、養老樹せれん。熾天使会……まぁ、国外版の裏の世界、って風に認識してて」

「はぁ、やっぱ国外にもあるんだ」

「そりゃそうよ。違うとすれば、夫々に守護天使と言う……ぁー、守護霊がついてる点かしら」


大まかに分けるなら、霊は共通ではあるが、私達は鬼と言った妖、熾天使会は吸血鬼やゾンビ等に特化している、と鏡花談。

今更ではあるが、そういうのが実在している事に、智彦は驚きを隠せなかった。


「そういえば、横山家の長女……愛、だっけか。彼女の事も知ってるのよね?」


突如聞こえて来た、裏切り者の名前。

智彦は顔を顰めつつ、横山から感じた『匂い』に得心した。


「……アイツの名前は聞きたくないんだけど。そうか、アイツもそっち側の人間か。世間は狭いな」

「偶々だと思うわよ?しっかしこりゃ、横山家は苦労し」




「キャアアアアアアアアアアアアアアッ!」





突如響く、悲鳴。

皆の視線が、悲鳴の発生源と集中する。


「い、今、私の後ろに、誰かが!」


読書をしてたのだろう。

驚きの余りか本を床へ投げやった女生徒が、友人達に抱かれ、泣きながら体を震わせている。

後ろに誰か、とは言うが、そこには壁しかない。

周りからは「後ろに立つ少女」という言葉が、ひっきりなしに聞こえだした。


「後ろに立つ少女、って?」


話を中断された事へ苛立ちを隠せない鏡花だが、気持ちを切り替えて智彦の問いに答えだす。


「トイレの花子さん、消えた教室、体育館の怪放送……みたいなモノで、ここ最近できた、七不思議のひとつ、なんだけど」


七不思議って最近できるものなのか、とツッコミたい衝動に駆られながら、智彦は話を聞いた。

鏡花の方は案外こういうのが好きらしく、怪談を話すようにおどろおどろしく語る。


「学園内で一人でいると人の気配がする、振り返るとそこには血染めの少女がいて、顔を覗き込んで来る、って話ね」


まぁ、特に害はないんだけど、と。

鏡花が肩をすくめるのを見て、智彦はなるほどと頷く。


「眼も真っ赤だし、着てる制服も赤いからなぁ、そりゃ血塗れに見えるのも仕方ないか」


未だ震える少女へと近づき、智彦は落ちている本を手に取った。

そして、壁の方へと上下逆に本を広げる。


「ずっと本を見ているから、多分、本が読みたかったのかな?」


皆が、智彦の行動を奇行と捉え、胡散臭い目を向け始める。

怯えていた女性以外から嘲笑が漏れ始めるが、それはすぐさま悲鳴へと変わった。


智彦が差し出した本の向こう。

そこにハッキリと、赤いブレザーで身を包んだ灰色のセミロングの、少女の霊が現れたのだ。

……下半身を、壁に埋めて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る