アルバイト


夏休みも中盤に入り、暑さと蝉の音の猛攻が激しくなる8月中旬。

夏休みはまだ余裕があるけれどもそろそろ宿題しないと間に合わない!な、葛藤を生み出すこの時期。

智彦は母親の負担を減らすべく、アルバイトに精を出していた。



「うーむ、困った。……赤字なのに、給料貰っていいんだろうか」


簡易的に作られたプレハブ内で、クーラーの恩恵を受けながら、智彦は両腕を組んで唸る。


「良いはずですぞ?結局は売り上げより経験、って奴でしょうからな」


同じくプレハブ内に組まれた棚を掃除しながら、上村がのほほんと答えた。


「それに給料も良いし、楽だし、なんというか、悪い気がしてくるんだよね」

「八俣氏はまじめですなぁ、普通、こんな場所に居れば、仕事よりも女の話に成るもんですぞ?」

「んー、アレがあったから、当分はそういうのはいいかなぁ」

「これは失礼。っと、そろそろですぞ」


だらけた空気の中、チャイムが聞こえた。

智彦と上村が、窓の方へと顔を向ける。


歴史ある、レンガ造りの荘厳な校舎。

建物と調和する、樹々。

そして、緑青色のセーラー服に身を包む、お嬢様達。


「まさか、女子高の中でアルバイトする事になるなんてなぁ……」


智彦は、レジの準備をしながら昨日までの出来事を思い出す。




あの夜、裏の世界の老人を撃退した後、智彦は更なる戦いを覚悟した。

なにせ相手は、何か偉そうな御老体。

仇討ちで襲ってくる輩がいると気を張り詰めていたが、それは肩透かしに終わった。


すると翌日、智彦へ星社長から電話があった。

なんでもアルバイトを斡旋したいという事なので、智彦はすぐさま快諾。

老人に破壊された霊を映す機材の件もあるので、ニューワンスタープロダクションへとすぐさま向かう事にした。


何故か顔パスで入り口を通され、同じく戸惑っていた上村と合流。

そのまま羅観香に社長室へと案内される。


斡旋されたアルバイトは、天恵女学院での駄菓子販売。

元々は智彦が田原坂鏡花を探すための出店であったが、意外にも評判が高かったとの事。

生徒たちの要望もあり、また、下手に外で出歩かない様に、「社会勉強」の建前として、夏休みの間だけ出店が求められたらしい。


色々とごたついて多忙極まりない状況なのに、星社長はすでに契約や準備を終えていた。

給料も良かったため、智彦と上村はこれを快諾。

急な話で、翌日から開業。



……と言う理由で、ライブの熱も冷めやらぬ内に、二人はこの場に居る。


店は、学院側が用意してくれたプレハブ小屋。

と言っても冷房完備な上に、トイレもついている。

あくまで社会経験の一環なので、商品は学園側が準備。

よって、売上とか全く考えず、ただただ無心に売ればよい状態だ。


夏休みと言っても課外があるし部活もあるし、ほぼ全寮制である為、学内の生徒数は多い。

その為、想像以上に忙しいが、良い匂いに囲まれるアルバイトの日々となっていた。



ちなみに、星社長の計らいで、智彦にはテレビ局や事務所内の仕事も勧められている。

これは星社長の、智彦を取り込みたい。

羅観香の理解者として、傍に置きたいという思惑だ。



「羅観香氏も手伝いに来るとは言ってましたが、まったく暇が無さそうですぞ」

「そりゃ、あんな事があったからね……、っと、丁度羅観香さんからメールだ」


音が鳴ったスマフォをタップし、智彦は羅観香からのメールを見る。

ハイテンションな文面に、智彦は苦笑いを浮かべた。


「羅観香氏は、なんと?」

「んー、嶺衣奈さんを映せる機材が新しく届いたんだって」

「……八俣氏が手配したのですかな?」

「いや、違うよ?お詫びの手紙も付いてたらしい。って事は、あのお爺さん関係か」

「恐らく、八俣氏との軋轢を恐れたんでしょうな。手遅れな気もしますが」

「向こうから手を出さなきゃ何もしないよ、でも、一度ちゃんと話した方がいいかぁ」


地獄を生き抜いたことで異能を得た智彦だが、その存在は異物だ。

例えるなら、特殊な汚れを落とせる掃除業界の中にいきなり現れた、個人事業主。

その界隈の仕事を掻っ攫い、儲けを落とさせては、それは相手もムカつくだろう。

ゆえに、機会があれば「そういうつもりは全く無い」な内容で話はしておきたいと、智彦は考えてはいる。

そもそも、そういう裏の世界があった事自体、つい最近知ったのだから。


(と言っても、組織に入れってのは無しだな。いきなり、しかも3度も襲って来た奴らの仲間にはなれないや)


異能を得ていたから良かったものの、普通であれば殺されていた。

つまり、連中はそういうことを平気で、日常的にしている。

……その様なイメージを智彦が持ってしまうのは、仕方の無い事だろう。




「八俣氏、そろそろ波が来そうですぞ」


上村の言葉に思考を中断した智彦の目に、こちらへ向かってくる緑青の波が入った。

二人はエプロンを装着し、接客の準備をしだす。


(うん……?)


人の波を横切る、灰色の髪の少女。

だが、女生徒は彼女に気づかない。

そして、そのまますり抜けていく。


(あぁ、幽霊か。この学校の制服じゃないから、浮遊霊かな?)


もはや、霊を見るのは智彦には日常茶飯事だ。

特に気にも留めず、入り口に消毒液をセットし、準備完了。

ドアを開けると、熱気が室内を侵食し始める。



「さぁ、今日は何が売れるかな?」

「ふふふ、自分が発注をお願いした、これですかな」

「おぉ、スーパーボールくじ!」

「あと、これも!」

「なんと、消しゴムくじ!」



「お邪魔しまーす!」

「失礼します!」



二人の賑やかな声に、黄色い声が混ざって行った。

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