報い



「いやぁ、本当に良かった!自分、未だ感動で体が震えていますぞ」

「そうだね、思ってたより、いや、想像以上にすごかった」


時刻はすでに22時を回っている。

本来であれば、健全な若人が歩いてよい時間では無い。


それでも今回のライブの事を語り合いたく、LEDの外灯が照らす道を、二人は賑やかに歩いて行く。


ライブが終わった後、二人は星社長の手配した車で、最寄りの駅へと送って貰った。

本来であれば打ち上げが行われ、それに二人も誘われていた。

だが、照明が落下するというアクシデントに警察が介入する事となり、打ち上げは一時延期となる。


ライブ後なのに警察へと事情聴取される羅観香だったが、彼女の顔は晴れやかであった。

そのまま智彦達と連絡先を交換し、次はプライベートで遊ぼうね、と二人を笑顔で見送った。


「アイドルと連絡先交換なんて、ちょっと実感がわきませんぞ」

「こっちから連絡していいのか……許される範囲が解らないよね」

「ですぞ。まぁ、忙しくなりそうだから、当分は無理そうですな」

「アイドル活動と、今回の件と、嶺衣奈さんの件、時間あるんだろうか」


夢見羅観香と言う今をときめくアイドルと、知己を得る事は出来た。

とは言え、あっちの存在が雲の上過ぎて距離感が解らないし、何より多忙極まりないだろう。


(まぁそれより沢山得るものがあったな)


奇妙な縁で始まった今回の件だが、智彦は妙な充実感を覚えていた。

富田村で生き抜た際に抜け落ちたと思ってたモノが、自身の中に確かに存在したからだ。


人への興味。

人を助けたいという気持ち。


もちろん裏切った3人と同調した奴らは敵として認識するが、自身が得た異能で人へ積極的に関わるのも良いかも知れない。

そう、彼は思ったようだ。



「しかし八俣氏の話を聞く限り、霊は害悪な存在な認識でしたが……嶺衣奈氏みたいな良い霊もいるんですな」

「良し悪しはともかく基本的に厄介だよ。嶺衣奈さんも、立場が違えばとても面倒な敵になるだろうし」

「なるほど。霊からすれば大抵は自分みたいな生者が敵、な感じですかな」

「妬み嫉み含めて、ね」


嶺衣奈の霊は、羅観香の味方である限り、智彦達に悪さはしないだろう。

だが、羅観香ともし対立するとしたら……。


「愛ゆえに執着する霊は、怖いからね」


守るモノがある存在は、秘めた力が違う。

智彦は、それを嫌と言うほど知っていた。


「一緒にライブという夢……執着を果たしましたが、嶺衣奈氏は今後も羅観香氏といるのですかなぁ」

「多分、ね。羅観香さんと別れる時は居なくなってたけど」

「じょ、成仏したんですかな!?」

「いや、次の執着を成しに行ったんだろうね。果たしたらすぐに戻ってくると思うよ。あの二人は離れられない、かなぁ」

「ふむぅ、今後はあのカメラとマイクで、二人の活躍を見れると思うと嬉しいですぞ。では自分はここで」

「うん、またね」


星社長から渡されたお土産を揺らし、上村は家へと帰って行った。

ちなみにお土産の中にはニューワンスタープロダクションの株式や、新発足される羅観香の公式ファンクラブの会員証(一桁ナンバー)が入ってて、後日二人を驚かす事となる。


「……ん?」


帰宅する旨を母親にメールしてる智彦に、羅観香からメールが届いた。

内容は、嶺衣奈を映し出せるカメラとマイクが、何者かに破壊された、という内容だった。

また別の手段を考えるから落ち着いて、と返し、智彦は路地裏の闇を見つめる。



「……もしかして、貴方達の仕業、ですか?」


「ほぉ、ワシを気取るか」



闇が蠢く。

黒色が霧散し、白い法衣の老人が、白い顎髭を撫でながら路地裏から現れた。

周りから人の気配が消えている事に、智彦は気付く。



「すまんのぅ小僧。アレはこの世にあってはならんモノじゃて」

「霊を視認出来て救われる人がいる、のにですか?」

「それが困るんじゃよ。大金を払って、ワシ等にお願いするお客が減るじゃろう?霊を見たがる上客は多いのでな」


智彦は心底呆れ果てた。

こいつ等は自分達の商売の為に、羅観香と嶺衣奈の絆を破壊したのだ、と。


ただ、裏の世界とはそうやって金が動いてるのだろう。

そこに、異能を持ったが故の新参者が現れ、ルール無視で市場を荒らしてしまう。

なるほど、俺は排除される存在だったのか、と智彦は考えた。

それに、あのハイエナと老婆の敵討ちも含むのだろうと、あれは正当防衛だろうと、ため息も吐く。


「一言言って頂ければ、そちらの領分を犯さないように考えたりできました。いきなり実力行使は酷いのでは?」


「ふっ、調子に乗るなよ小僧。お主がこっちに伺いを立てるんじゃよ、手土産を持ってな」


そもそもどうやって、何処に伺いを立てるのか。

智彦が再度呆れていると、老人が懐から鈴を出し、シャランと鳴らした。

音は連鎖的に響き、老人の前の空間が歪みだす。


「じゃが、お主はどうも『異物』の様じゃ。若者の未来を潰すのは心苦しいが、消させて貰うぞい」


歪んだ空間から、三角の頭巾と金色の袈裟で身を包んだ、ミイラが現れる。

ミイラは黒い双眸に青い光を灯し、智彦へと敵意を向けだした。


「なるほど、では正当防衛で処理させて貰います」

「調子に乗るなと言っておる小僧!この特級祭具で神格化された『大僧正』!あの魂の数だけで神格化した南部の木偶とは格が違うぞい!」


智彦の精神が、富田村で生き抜いた時のモノへと切り替わった。

全ての異能を駆使し、大僧正と呼ばれたミイラへと飛ぶ。


途中、呪いを受けるような抵抗を受けるが力任せに打ち破り、ミイラの頭部を片手で掴み……そのまま潰す。



「冥途の土産に教えてやろう!ワシの名……は?」



呆ける老人には目をくれず、智彦はミイラの体を砕いて行った。

そこには即身仏への畏敬は無く、ただただ敵として処理していく。


「いかん!」


老人が慌てて、両手で印を結んだ。

闇夜に、智彦の見た事がない文字が黄色く浮かぶ。

すると、ミイラが徐々に元の形を取り戻して行く。


智彦は慌てず、状況を確認した。

老人の腹……へその下辺りに霊力が渦巻き、ミイラと太い線で繋がっているのだ。


アレが原因かと智彦は老人の体へと腕を伸ばし、そのへそ部分……の霊体を、両手で掴んだ。


「ぎっ!?ぎゃ、ああがああああああああがあああ!」


そのまま霊力の塊ごと引き摺り出し・・・両手で、バチュン、と潰す。

まるでスライムが詰まった水風船を潰す感触に、智彦は顔を顰めた。


時間にして、10秒未満。

ミイラは黄金色の袈裟と砂のように崩れ。

老人は糞尿をまき散らし、そのまま泡を吹きながら、倒れた。


「ふぅ、こういう人達の事も気にかけなきゃいけないのか……面倒だな。さて、羅観香さんの件どうしよう」


やはり、どこか狂ってしまっているのか。

今しがた命の危機に瀕したにも関わらず、智彦は涼しい顔で荷物を持ち直し、尊敬する母親の待つ自宅へと、帰路を急いだ。














同時刻。


ライブがあった会場付近。

星がまばらに光る空の下、黒塗りの高級車が沿岸部を走っている。


「アレはひやひやしましたよ、羅観香に落ちたならどうなってたか……」

「その時はより一層、嶺衣奈の呪いが引き立っただろうに……ふん、面白くない」

「警察来てましたけど、大丈夫ですか?」

「装置や他のも回収済み、スタッフにも反社の影匂わせ口止めしてるよ、安心しろ」


車を運転するのは、羅観香のマネージャーである伊丹だ。

後部座席では、番組プロデューサーの轍が、酒を呷っている。


「照明を落とした後、嶺衣奈の声で呪いの言葉を大音量で流す筈が、くそっ!」

「まさか、嶺衣奈の霊が羅観香を救うだなんて予想もであだっ!」


轍が伊丹の後頭部を、酒瓶で軽く殴る。

車が左右に揺れた。


「ばーか!それもこれもお前らが連れて来た胡散臭い奴らの仕業じゃねーか!」

「あいつらは羅観香が勝手に連れて来たんですよ、俺も知らなかったんです!」

「お前んとこのプロダクションは裏の伝手は無かったはずだしな。あの霊を映すカメラとマイク、レンタルだけでも300万はくだらねーぞ」

「そんなに!?あぁでも自前で用意したらしいですよ、あいつら」

「マジかよ。だったら裏の連中の機嫌損ねて消されるかもな。ハハッ、ざまぁ!」


轍が再び酒を開けた。

伊丹はアルコールの籠る匂いに眉を顰め、窓を少しばかり開ける。


「ったく、南部の婆さんも大事な時に連絡取れなくなるし、……おい、ドラレコ消してるよな?」

「はい、勿論。でも、ライブは成功したから良かったじゃないですか」

「嶺衣奈の呪いってことにすりゃ、もっと番組盛り上がったんだけどな。あーあー!無能ばかりでヤになるわ!」


轍が手元のバッグからCDを取り出した後、前へを体を乗り出しCDプレイヤーへとセットする。

中身は、ライブの最後に歌った羅観香の曲だ。

小気味の良いリズムから音楽が始まり、羅観香と嶺衣奈の声が滑りだす。


「はぁ、小便くせぇ歌だ。けど、売るしかねぇか。……伊丹よぉ、嶺衣奈の霊は、大丈夫なのか?」

「大丈夫って、何がです?」

「お前が嶺衣奈を殺した事を羅観香にゲロっちまわないか、って事だよ」


轍の詰まらなそうな物言いに、伊丹は奥歯をギリっと噛んだ。


「羅観香と歌う以外はできないそうです、……轍さんが枕営業斡旋してた事も、言わないですよ」

「なら良かった。けど、南部の婆さんに連絡取って、除霊して貰わねーと安心できねーな」

「そう、ですね。……嶺衣奈があんな変な事言わなきゃ、何も問題なかったのに」

「ライブが終わったらマネージャー辞めて代われ、だっけか?それくらいで突き落とすなよ、馬鹿か」

「事故です!突き落とすつもりなんかなかった……!」

「まぁ、殺す気は無かったろうな、便利なセフレを。警備カメラの映像は隠してるから安心しろ」


轍の喉に、酒が流れる。

遠くに二人の目的地である、高級ホテルが見えて来た。



 『あの日見た青空  あの夜に見た星空君の熱を手で感じ 唇を重ねた心繋げた



車内に響く、羅観香と嶺衣奈の新曲。

二人は無言になり、耳を傾ける。



「……いっそ、羅観香と嶺衣奈がデキてた、って週刊誌通してバラすの面白いかもな」

「せめて俺がマネージャー辞めてからにして下さいよ、……あれ?」

「ん、どうした?……おい、飛ばしすぎだ!」


車が法定速度を上回る速度で、暴走し始めた。

伊丹はパニック状態だ。


「おい止めろ!」

「き、効かないんです!サイドブレーキも!」


伊丹が何度ブレーキを踏んでも速度は落ちず、むしろ上がって行く。

ハンドルは生きてるように回り出し、車両の隙間を高速で抜けていく。



 『鏡に映る君の様に!』

 <瞳に映る私の様に!>



轍が逃げようとドアノブに手をかけるも、開く気配がない。

伊丹はただただ、悲鳴を上げるだけだ。

車は道を外れ、ガタガタと鋭い揺れが二人を襲った。


「くそ!くそくそ!どうなってやがる!何とかしろ伊丹!」

「呪いだ、嶺衣奈の呪いなんだ!たすげでぇぇぇぇえ!」

「馬鹿言うな!おい!伊丹!う、うわああああ!」


と、そこで轍と伊丹を浮遊感が襲う。

二人の目の前には、黒く揺れる、海。

同時に、静かになった車内に、羅観香と嶺衣奈の歌の最後が、響いた。









『ここから先に駆けだそう! 未来まで夢見よう!永遠に!ゆるさない一緒だよ!』



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