一緒だよ



それは、智彦にとって新しい世界だった。



昼過ぎから開かれた、人気番組『Song Infern☆!』のサマーライブ。

今売り出し中の漫才コンビ【便所飯】をMCとし、【Theダンプ】【グレートポークパワーズ】【井之頭2:30】【ベリーズ中坊】と言った番組レギュラー。

ゲストとして来てくれた大御所【南島一郎】。

裏番組からの友情出演である【スパッツ】【エレキテルグルーヴ】。

それらが、観客と一体化し、音楽の世界を彩って行く。

そこには年齢や立場は関係なく、ただただ「熱くなれ」と、会場に熱気を広げていった。


「いやぁ、やはり生ライブは良いもんですな」

「……うん」


無意識に体を揺らす智彦に、上村は優しい目を向ける。

彼から富田村の話を聞いた時、上村は信じがたい内容ではあったが、すぐさま信じた。

その様な嘘をつくような人間でないと、知っていたからだ。

実際、雰囲気が変わり、精神的な余裕もできている智彦を見て、揺ぎ無き事実と判断までしていた。

つまり、本当に地獄を見て来た、のだろうと。


上村にとって智彦は、自分を救ってくれた人間、であった。

今でこそ体格に恵まれてはいるが、昔の上村は虚弱であった。

それが理由で家に閉じこもり、オタク趣味へと走る。


身の回りの子供は活発で、運動ができない上村を馬鹿にしていた。

いじめこそなかったものの孤立し、オタク趣味を拗らせて行った。

だがそこに智彦が「アニメを見せて」と、上村の孤独を癒し始める。


智彦からすれば、貧乏ゆえに娯楽が無かったため、それを求めての打算があった。

だが二人は接していく内に友情を深め、親友と言う実を育んだ。


智彦が無理しながらでも所謂カースト上位へと行った際は、寂しくは思った。

それでも彼が新しい道を選んだと考え、喜ぶべきと距離を置いたのだ。

その結果が裏切りであったが、それにより再び親交を持てたので、上村は嬉しく思っている。



「羅観香さんの出番は次から、だっけ?」

「ですぞ。そのまま5曲ノンストップらしいですな」

「なら、少し飲み物買ってくるよ。何がいい?」


プログラムの合間。

智彦は飲料を買う為に席を立とうとした。

すると、横から冷えたペットボトルを2本渡される。


「ここは奢らせて貰おう、飲んでくれ」

「星社長!?」


空席だった隣に座ったのは、ニューワンスタープロダクションの社長である星社長だった。

普段のスーツ姿では無く夏用の薄着を着ており、周り同様服が汗で濡れている。


「星社長程であれば、特別席があるはずですぞ?」

「なぁに、今日は羅観香のファンとしてだからな、ココが一番いいのさ」



『みんなー!今日はありがとー!早速だけど一曲歌うね!用意はいい?』



智彦が冷えた飲料で喉を潤していると、羅観香の出番が始まった。

まずは、デビュー曲。

会場のファンが、大きな声を上げる。


羅観香の元気な歌声と、若干遅れて聞こえるファン達の手拍子。

スピーカーから放たれる重低音で、智彦の体は音楽に酔いしれる。


ステージ上を縦横無尽に駆け、踊り、歌う、元気の塊。

そこには、嶺衣奈の件で心を弱らせていた彼女は、もういない。

なにせ、彼女の後ろに、その人が見守っているのだから。



「……最初はな、嶺衣奈をスカウトしたんだ」


星社長が、懐かしそうに目を細める。


「するとな、唯……羅観香と一緒ならば、と受けてくれたんだ」


歌はそのまま2曲目に突入した。

今までの元気な曲から一変し、ギターのイントロで始まるバラードだ。


「才能は嶺衣奈の方が上だったよ。だがな、羅観香は取り残されぬよう食らいつき、見事、今の地位を手に入れたんだ」


智彦と星社長の視線が、重なった。

星社長は微笑み、頭を下げる。


「君達のお陰で、嶺衣奈の汚名は消えた。羅観香も、今の所救われている。しかもあのようなモノまで……本当に、ありがとう」


智彦はその感謝を、無言で受け取る。

羅観香どころか、星社長にまでこのような事を言わせる存在である、加宮嶺衣奈。

亡くなる前に、一度会ってみたかった……言葉を交わして見たかったと。

残念に思った。


曲はそのまま進み、会場の熱気は最高潮に達する。

智彦の横では上村が「コレはあのアニメのオープニングですぞ!」と顔を輝かせている。



そして、最後の曲。

空はすっかり赤く、海からの風が強くなり始めた。


羅観香がステージの真ん中へと立ち、暗くなり始めた空を見上げる。

すると、ステージ上の照明が消え、羅観香にスポットライトが当たった。


『えっと、最後の曲ですけど、多分みんなは「I can make your dreams come true」を待ってくれてると思うんだ』


ステージ上部と観客席後方……対となった巨大な液晶パネルが一瞬黒くなり、再度、映る。

所々で、声が湧いた。

羅観香の後ろに、嶺衣奈が映っているからだ。



『嶺衣奈ちゃんだけど、死んだ後、私の事、見守ってくれてたんだ。それでね、実は今日この日の為に、二人で曲を作ってたの』



映像内の嶺衣奈が歩き出し、羅観香の真横へと並んだ。

ステージ上では、羅観香一人。

映像では、羅観香と嶺衣奈の二人だ。



『音楽はそのままだけど、歌詞が違うの。嶺衣奈ちゃんと、ココで歌いたかった曲。……聞いて下さい』



息を吸う音。

しかも、二人分。



君と叶えたい夢君と叶えたい夢



羅観香の言葉に合わせ、ダタタンとドラムが鳴った。

ドラムが刻むリズムに、ベースとギターが乗って行く。



『陽が落ちた校舎 一人佇む 涙浮かべる私に君は言ったよね』



まずは茜色が歌い、ステージ上を駆ける。



<光照り付ける 古びた公園 俯いた私に貴女言ったよね>



次はあさぎ色が歌い、同じくステージを駆ける。



観客の声が、爆発した。

見る事が叶わなかった二人の共演が、目の前で行われているのだ。

殆どの観客は、映像内の嶺衣奈はアバターだと思っている。

霊が実際に歌って踊ってるとは、考えもしない。



『すれ違い目も合わない remember 思い出して』

<すれ違い恐れ話せない remember 思い出して>



だが、それは羅観香にはどうでもいい事だった。

人にどう思われようが、大事な存在との共演が、ただただ幸せだった。



『君が見た夢 私の未来へ魂掛け合わせ進んで行こう進んで行こう




絵映像内でまるで生きているように動き、歌う、嶺衣奈。

観客も徐々に、あれは本物……嶺衣奈の霊なのではと思い始める人が出てきた。


だが彼らも同じく、それならそれでいいと思い、この恍惚とした空気へと酔って行く。



ステージの両脇から、スモークと花火が上がった。


羅観香と嶺衣奈の視線が、重なる。

茜とあさぎ……赤と青は、まるで指を絡めるようにステージ上で舞い踊り、サビの部分へと息を吸い込んだ。



その瞬間。

羅観香を照らす照明が揺れ、ガコンと大きな音が響く。



「あっ!?」

「唯!嶺衣奈!」

「くそっ!」



重なる悲鳴。

照明の一つ、黒く四角い鉄の塊が、落下し始めたのだ。

落下地点は、羅観香の前。

だが海から吹く風に流され、羅観香の頭上へと死神の鎌を向けた。


智彦が異能を使い、ステージ上へ飛び込もうとする。









だが、照明が、途中で止まる。

空中に浮いているのだ。


そして映像内では、嶺衣奈が宙に浮き、照明を受け止めていた。



『嶺衣奈、ちゃん……ありがとう!』



嶺衣奈は照明を抱えたまま、ゆっくりと下りてくる。

静寂の中、照明を床へと置き、演奏者へと指を向けた。


<この位で演奏を止めない下さい!さぁ、続けて!>


勿論、それは映像内での姿だ。

ステージ上では、見えない。


それでも、ドラムがバチで4拍子を叩いた後、サビからの演奏が再開された。


『あの日見た青空  あの夜に見た星空君の熱を手で感じ 唇を重ねた心繋げた


静寂から一転、今目の前で起きた奇跡に、観客は興奮しだす。

ドローンを使った演出と冷静に考える人もいるが、多くの者が、もはや嶺衣奈の存在を信じ始める。


そしてその熱量は、智彦をも襲っていた。


「嘘、だろ?まるで自我を持ってるような……」

「で、ですぞ!演奏再開の言葉も、まるで……!」


今の嶺衣奈の言動は、完全に意志を持っている霊のモノだった。

智彦は、霊が自我を取り戻したのかと唖然とする。



「いや、アレが嶺衣奈なんだ」



二人の言葉に、星社長が悲しそうに呟く。



「こういうトラブルが起きればこう対応しよう、唯だけは守ろう。霊になっても、そう魂に刻まれてるんだろうな」


星社長の推測に、智彦はなるほど頷く。

つまり、一連の流れは「生きてる嶺衣奈であればそう行動した」とプログラムされたのを実行した、わけだ。

もし実際に二人が生きていた場合に起きた事故ならば、嶺衣奈は羅観香を庇い死んでいた事だろう。

凄いと思う一方、それは少し悲しいなと、智彦は息を吐いた。



ステージ上では、歌の終わりが近い。

観客の灯したサイリュームの光りが、不規則な虹の奔流を生み出している。



『鏡に映る君の様に!』

<瞳に映る私の様に!>



智彦も、サイリュームを必死に振る。

背中どころか下着まで汗まみれだが、彼の視線は真っ直ぐとステージ上に注がれていた。


赤と青が。

羅観香と嶺衣奈が、智彦へと目を向け、ウィンクする。

智彦はそれにどう返してよいか解らず、固まってしまった。

だが、赤と青は止まらない。

曲の終わりへと一気に駆け抜ける。



『ここから先に駆けだそう! 未来まで夢見よう!永遠に!一緒だよ一生だよ!』




そして鳴りやまぬ拍手。


今日ここに。

業界に語り継がれる一つの伝説が生まれた。

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