熱量



「うわぁ、すっごい人だ」

「今更だけど自分達はとんでもない人と知り合いましたな」


人、人、人。

雲一つ無い晴天の下、人が作り出した長蛇の列が、緩慢に動いている。

陽の光に負けじと人々は冷えた飲料を買い求め、まだ午前中だというのに一種の熱気を放っていた。


今日、ココ。

臨海地区の大型商業施設に設営された会場で、夢見羅観香のライブが行われる。


チケットの人気は凄まじく、予約開始から20秒で完売という伝説を打ち立てた。

しかも禁止されてるのにもかかわらず、ダフ屋や転売が横行し、取り締まられてライブを見る事が出来なくなった不幸な人も続出している。



「まぁ、何とかなったみたいで安心しましたぞ」

「だね。二人の共演が楽しみだよ」



あのお嬢様校での出来事の後、一日経たずにビデオカメラの回収が成功したと鏡花より連絡があった。

あまりの速さ故何か非合法な事をしたのではと智彦は疑ったが、先方の遺族が快く返してくれたそうだ。

遺体がちゃんと帰ってきた事に加え、あの地獄に紛れ込んだ原因が「撮影するため」だったらしく、間接的な死因となったビデオカメラをそばに置いて置きたくなかったとの事。

鏡花はそれだけでは不安だったので、金塊を売った数割のお金を、遺族へと渡したらしい。


そして、『変質』したビデオカメラを星社長に渡し、数日。

そのビデオカメラの部品を組み込むことで、嶺衣奈が見事映し出され、声も拾えるようになった。


コレにはテレビ局側も驚き、「羅観香の事を嶺衣奈が恨んでいる」流れから「羅観香と共演したがっている」に番組内容をシフト。

自身のプロデュースを壊された特定の人間が恨み言を放ちだすも、番組とライブ準備は滞りなく進んでいった。

もはや、大成功が約束されたライブだ。

なお、実際は心霊現象で番組内でもそう公言しているが、世間一般からは「すごくリアルなアバター」な認識である。


「でも良かったのかなぁ、アリーナ席だなんて……なんか逆に申し訳ない気がする」

「しかもステージド真ん前。売れば20万はくだらないですぞ、売らないけど」


自分の為に金塊を使った智彦に、羅観香はいつか絶対に返済すると言い出した。

智彦は、それを固辞。

ならば、と、今回のチケットを渡してきたのだ。


本来であれば智彦の母親も招待されたが、仕事が忙しく無理との事だった。

智彦も行くのをやめようと考えたが、母親に諭され、同じくチケットを渡された上村と、この空気を楽しんでいる。


「んー……これに並ぶのか」

「まぁその辺は我慢ですぞ」


入り口から遠く離れた、列の最後尾。

この灼熱の中、あそこから並ばなければいけないのかと、両名は憂鬱な吐息を吐いた。




「おや、クズ男じゃないか?」

「あはっ、浮気した挙句逆切れした八俣君、あとキモオタ君、こんちわー」



ふと、聞き覚えがあると共に聞きたくなかった、声。

智彦がチラリと見ると、長蛇の列の先頭付近、そこには憎き三人組が並んでいた。


藤堂と横山はいやらしい笑みを浮かべ、直海は無言のまま、気まずそうに目を逸らす。



「……お前達がそう言いふらしたんだろ?何の用?」


智彦の中では、この3人は最早他人である。

いや、他人では無く、敵だ。

故に智彦から、無意識に殺気が漏れた。

寒気にも似た圧に三人、特に横山が体を震わせる。


「八俣氏、それ以上はいけませんぞ!」


上村の声の、ハッとする。

周りの無関係の人達が顔を青ざめてる事に気付き、智彦はなんとか自制する事が出来た。



「八俣……あ、あんた、何よ、その……」


横山は、智彦の何かに気付き、口を紡いだ。

だが、智彦に気圧されたのが気にくわなかったのか、藤堂は赤らめた顔を醜く歪める。


「ふ、ふん、お前達も夢見羅観香のライブか?よくチケットが取れたな」

「……智彦、生活苦しいんでしょ?そこまでしてライブ見たかったんだ?」

「どうせスタンド席だよ、直海。俺達はアリーナ席の真ん中だ、羨ましいだろう」


藤堂へ、周りから羨望の眼が集まった。

それにより自分達が優勢だと勘違いした三人が、さらに増長し始める。

ただ横山だけは、八俣に対し怯えているようだ。


「智彦と付き合ってたらアリーナ席だなんて絶対に無理だったよ、そう思わない?」

「やめとけよ直海、可哀そうだろ。そもそも一緒にライブに行くって発想も無いはずだ。なぁ、愛」


「う、うん、そう、だね。ねぇ、二人とも、そろそろ止」


「あ、もしかしてバイトに来てたのかな?ごめんね智彦、勘違いしちゃった」

「あぁ、そっちだったか。そうだな、ライブ見る金なんか無いよな。親ガチャ失敗すると哀れだなぁ!」


「……っ!」


藤堂からの心無い言葉に、智彦のこめかみがピクリと震えた。

藤堂の言葉……母親を馬鹿にされた事へ、智彦内の箍が外れ……。


「智彦君!謙介君!なんでそこに並ぼうとしてるの?こっちだよー?」


……ようとした瞬間、本日の主役の明るい声が響き、周囲がざわついた。

今ここで問題を起こせば、彼女達の夢が潰れてしまう。

智彦は両手に握り拳を作り、なんとか怒り収めて、笑顔を作る。


「こんにちわ羅観香さん、入り口、こっちじゃないの?」

「違うよ!マネージャーから連絡なかった?二人は関係者だから、こっち!」

「助かった……。さぁ、八俣氏、行きましょうぞ」


相変わらず嶺衣奈を背後に貼り付けた羅観香が、にこやかに手招きをする。

いきなり現れたアイドルに、周りは騒然だ。

智彦はちょっと躊躇してしまったが、上村から押され、羅観香の指さす入口へと足を動かした。


「ぇ?夢見羅観香!?本人、だよな?え?どうしてアイツなんかと!?」

「うそっ、どういう事?智彦と知り合い、なの?」


藤堂達の引き留める声が続いたが、それを無視して、会場へと入って行く。

智彦の横では、上村が大粒の汗を流しながら、息を吐いた。




「ふぅ、どうなるかと思いましたぞ」

「ごめん、謙介。羅観香さんのお陰で助かった」


あのままだと、藤堂を血祭りにあげていただろうと。

自分自身も以前は母親の事をああいう風に馬鹿にしてたクセに、と智彦は苦笑する。


「まぁ、さっきの事もだけど、あの長い列に並ばずに済んで助かった」

「ですぞ。とは言え、一部からは歓迎されてないようですがな」


上村の目線の先。

そこでは、羅観香と伊丹マネージャーが口論してた。


「どうして無視したんです?彼らは部外者じゃないって言ったじゃないですか!」

「部外者だろ!ライブに関係ない、むしろ邪魔になる!」

「社長からも許可出てます!何故そう敵視するんですか!」

「何故って……、あいつ等のせいで番組の方向性が」

「嶺衣奈の呪いのままにしておきたかったんですか?……轍プロデューサーと同じ事言うんですね!」

「俺はお前の将来を思ってだな……」


しばしの間言い争った後、二人はそのまま決別したようだ。

伊丹は去り際に、智彦達をじろりと睨んでいった。


「ごめんね、みっともない所を見せて。あの階段から降りれば客席だから」

「うん……なんかゴメンね、俺達をここに案内させたばかりに」


二人の争いは、いくらここへ誘導された身であろうと自分達のせいだ、と智彦と上村は謝罪する。

智彦と上村からの謝罪に、羅観香は困った顔で首を横へと振った。


「あの人は、番組のプロデューサーにべったりだから。今回の件が落ちついたら、マネージャーを代えて貰うつもり」

「良いんですかな?一応苦楽を共にした存在、なのでは?」

「最初はね。でも、嶺衣奈を貶す言動にもう我慢が限界なの」


羅観香が愚痴を零し始める。

今現在番組は、嶺衣奈の呪いを無かった事にして、死しても嶺衣奈は羅観香を応援してるという内容にシフトしている。

ファンやスポンサーも、それを望んでいたそうだ。

だが初期から番組に携わっているわだちというプロデューサーは、それが気にくわないらしい。


羅観香の視線を二人が追うと、いかにも業界人の様な中年が、不機嫌そうにふんぞり返っていた。

無精ヒゲを撫で、周りにいるスタッフに当たり散らしながら、ステージ上の照明を眺めている。




「負け組……つまり嶺衣奈が『悪』であれば番組は解りやすく盛り上がる。その分勝ち組の私が輝いて見える、ってわけ」

「ふむ、轍何某にべったりの伊丹マネージャー殿は、ソレを望んでるって訳ですな」

「うん、あの人にとっては私は踏み台なのよ。出世する為のね。商品としてしか見てないって、嫌でも解るからさ」


羅観香に先導され、智彦達は客席側へと降りた。

既に席が埋まり始まり、夏の熱気とはまた別の熱量が広がっている。


屋根が無い会場ゆえに、開放感は凄い。

熱中症となればライブを見れなくなるため、ファン達の熱射対策は完璧に近いものとなっている。



(何も起きなきゃ良いけど)



智彦は、「また後で」と別れた羅観香……の後ろ、嶺衣奈の事が気になり、ステージ上の照明を仰ぎ見る。

轍と言うプロデューサーを一瞥もせず、嶺衣奈はチラリと照明を見上げていた。



海からの風が吹き、照明が少し揺れたように、智彦は感じた。

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