素材集め



緑青色のセーラー服を着た美少女達が、物珍し気に陳列された商品を見つめている。

移動販売車の簡易棚に並べられたのは、駄菓子だ。

美少女達は好奇心でそれらを手に取り、あまりの値段の安さに驚き、はしゃぎながら帰って行く。


「いやぁ、駄菓子を見た事も食べた事も無い子っているんですなぁ」

「そりゃそうだよ、都内有数のお嬢様校だもん。所謂上級国民ばっかだよー?」

「140円が安いって……、最近ほんと格差を思い知らされる」


智彦が再度格差社会を思い知っていると、チャイムが鳴る。

美少女達は黄色い声を響かせ、夏期講習へと戻って行った。


「ふぅ、やっと落ち着きましたな」

「まさかここまで売れるなんてねー。……で、智彦君、どうだった?」

「残念ながらいなかったよ。校内に居ればいいんだけどなぁ」


エプロン姿の智彦、上村、羅観香が、レンガ造りの荘厳な校舎を見上げる。

今三人がいるのは、都内屈指のお嬢様校の敷地内だ。


智彦画伯の絵を元に、なんとか探し人が通っているであろう学校がココだと解った。

あとは、顔写真付きの生徒名簿があれば、探し人を特定可能だ。

だが当たり前と言うか、ニューワンスタープロダクションの力を以てしても、個人情報の入手は無理であった。


ならば校舎内を探そう……も、さすがに無理。

かと言って正門に立って探すとしたら、まず間違いなく警備員を呼ばれるだろう。

ならばと、星社長のコネの力を使い「お嬢様方に庶民の味を知って貰うために駄菓子屋を開かせて貰う」という謎の方向に収まってしまった。

と言っても、今現在は夏休み中なので、確実ではないのだが……3人は縋る思いで、実行に移した。


羅観香に関してはライブの準備でそれどころでは無いのだが、変装し、マネージャーも付き添うという条件で、許された。

そのマネージャーはうまい具合に運転手として使われ、今現在はクーラーの効いた運転席でイビキをかいている。


「そういや謙介、裏サイトって今どうなってる?」

「えぇ、今それを聞くのは悪手ですぞ?」

「ん?え?何々?」


謙介が羅観香の方に目を向けるも遅し、結局。今智彦の身に何が起こってるのかを教える形となった。

渋い顔をしたまま謙介がスマフォを起動すると、智彦と羅観香が、画面をのぞき込む。


内容は特に変わってはいないが、二学期には智彦を無視しよう虐めようという内容は相変わらずだ。

藤堂と元カノである直海っぽい書き込みも健在だが、そこに横山も加わり、智彦は四面楚歌状態となっている。


「んー、酷いねー」


そんな地獄を目の当たりにした羅観香だが、感想は素っ気ないものであった。


「あいや羅観香氏、反応が軽すぎませんかな?」

「普通なら何らかの力になろうとするよ?でも、智彦君はあまり気にしてないかな?って」

「最悪、卒業に必要な日数出ればいいしね。それよりバイトして稼ぎたい所だよ」


羅観香の反応に、智彦は空を見ながらぼんやりと答えた。

智彦にとっては、高校はもはや枷だ。

母親との約束で、卒業だけはする予定ではある。

あの裏切り者たちと無責任にも同調するクラスメートも、もはや敵として認識している。

裏切った3人は、絶対に許さないと決めている。

智彦としては、今言ったように、異能を使い稼ぎたいのだ・・・母親を心配させない範囲で。


「羅観香さんはどうなの?学校ちゃんと行ってる?」

「あはは……、ちょっとさぼり気味。だけど、アイドル活動に配慮がある学校だから大丈夫よ」

「あぁ、あの学校ですな。周りがライバルだらけで大変そうですぞ」


智彦の今の状況に似た感じで、羅観香も身の回りも大変だと漏らす。

多くの生徒が芸能関係な為、謙介の言うように周りが我の強いライバル……、いや、敵だらけ。


嶺衣奈とは小さい頃から友人で、無理やり一緒の学校へと引き込んだらしい。

特殊な環境下、心の安寧は嶺衣奈のみ……そんな二人が依存し惹かれあうのは、必然だったのかもしれない。



「でも、あの件で心折れてさ。もう私も死のうかなって……最後に嶺衣奈との思い出のバーガー食べてたら、君達と会えたんだよ」

「ふぅむ、案外嶺衣奈氏が引き合わせたのかもしれませんな」


そんな事はなく偶然だ、と思うも、智彦は口には出さない。

智彦自身そういうオカルトを否定できる立場ではないし、この場の空気を霧散させる必要もないからだ。


蝉時雨に混ざり、チャイムが鳴り響いた。

先ほどから校舎の窓からこちらを伺っていた女生徒が押し寄せるぞと、3人は水分補給しながら立ち上がる。


「なんですかな、ありゃ」

「あー、取り巻きってやつだねぇ」


意外にも、女生徒の波には乗れなかった。

と言うのも、女生徒の塊が店へと近づくにつれ、周りが身を引いて行ったからだ。

羅観香曰く、多くの女生徒がこの学内のカースト上位集団に遠慮して、距離を置いている、らしい。


「お姉さま!こちらです!珍しいものがいっぱいあるんです」

「なんでも駄菓子というお菓子との事で……私、あのような物初めて見ましたわ!」

「今なら空いております、さぁ、お姉さま!」


「ふふ、そんなに走ったら危ないですよ?あぁ、皆さんがそれほど心奪われるなんて、楽しみですわ」


まるで医療ドラマで見た総回診の御時間だな、と智彦が見ていると、塊の中央……周りからお姉さまと花香る言葉を向けられる長身の女生徒と、目が合った。



「あ、見つけた」


「え?ぎょええええええっ!?」



探し人……以前、富田村でハイエナと一緒だった、鏡花と呼ばれる女生徒。

智彦が指を差し嬉しそうに言葉を弾ませると、件の女生徒は、驚き1割恐怖9割の声を上げた。

鏡花の周りの女生徒は、何事かと驚き立ちすくんでいる。


「良かった、探してたんですよ鏡花さん!実はちょっと御願いが」

「お、おお、お待ち下さい?あ、貴女達、少し、離れて頂けません事!?」


様子を見ていた女生徒が「あの殿方、お姉さまを下の名前で」「ひと夏のアバンチュールですわぁ」のような声を零す中、鏡花は智彦へと顔を近づけ、小声で話し始める。


「な、何しに来たんですかぁ!もう、手打ちって言ったじゃないですか!私、頑張りましたよ!?」


この時の鏡花は、内心死を覚悟し始めていた。

今は無力となった師から離れたのに、今までの報いが襲ってきたのだと。


「それは感謝してます。でも、少し状況が変わりまして。えと、遺品の中にビデオカメラありましたよね?」

「ありまし、たけど、それが、ど、どうしたんですか?」


智彦があの地獄で集めた、犠牲者達の遺品。

その中に、旅館跡に転がる骸が持っていたビデオカメラがあったのだ。


内容は、持ち主が旅館跡に逃げ込み、そのまま発狂し自害していく映像。

その映像の中に、数多の悪霊が声を発しながら映っていたのだ。


当時、智彦は霊を視認する異能は持っていなかった。

同様に、霊が映像に映り込むことも、普通はあり得ない。


故に、智彦は考える。

あの地獄に長い事置かれたビデオカメラが『変質』し、霊を収める事ができるようになったのだと。


「アレがあれば、一人の夢を叶える事ができるんだ。素材として使えば、霊を映し、声をも拾えるかも知れないんだ」


「たしかに、可能性はありますけど!遺品ですし、取り戻すのは、む、難しいのでは?」


智彦の異常性を知ってるだけに、鏡花は迂闊な事が出来ないでいた。

目の前の人間は、笑顔のまま、敵だと認識した人間を簡単に殺せる化け物というのが、彼女の認識だ。

汗で下着が濡れていく嫌悪感を必死に隠し、どう逃げようか画策し始める。


「あ、勿論タダとは言わないよ。これで足りるかな?」


智彦がバッグから、金塊を取り出した。

青空から降り注ぐ陽の光を乱反射し、辺りに幻想的な灯りを作り出す。

女生徒達は、その価値を知っているだけに目を奪われた。


「八俣氏!?それ、大事なものでは!?」

「智彦君何それ!え、私の為に使っちゃうの!?ダメだよ!」


「俺が持ってても現状では役に立たないからね。羅観香さんと嶺衣奈さんの為に使った方がいいに決まってる」


星社長に経費として求める手もあった。

だが、遺品を返す時に金塊を使ったので、今回も金塊程のお金が必要だと智彦は思い込んでいた。


智彦が鏡花を見ると、彼女も周囲の女生徒同様に価値ある輝きに目奪われていた。

今にも涎をたらしそうな彼女に、智彦は追い打ちをかける。


「お釣りは必要経費として鏡花さんに差し上げます、どうかな?」

「やります!やらせてください!」


鏡花が両手で金塊を掴んだまま、勢いよく頭を下げる。

周りから見るとそれは、一種の婚姻的な契約に見え、黄色い声、時々悲鳴が沸き上がった。


「あ、あとこの飴もあげます。中にガムが入ってて美味しいよ」


「え、何それすごい」

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