夢への執着


乱暴な音が、鼓膜を震わせる。

応接間へのドアが開き、肥え気味の男性が闖入してきた。


「羅観香!無事か!」

伊丹いたみさん!?」


一目でブランド物だと解るスーツが着崩れながらも、羅観香と智彦達の間へと割って入る。


「伊丹!ノックも無しに勝手に入って来て何だ!」

「すみません社長!ですが、羅観香が怪しい奴らと一緒に居たと聞いて!」

「え?違うよ伊丹さん!彼らはその、えっと、嶺衣奈ちゃんの知り合い、なの!話聞いてたの!」


羅観香の口から嶺衣奈と言う言葉が出て、伊丹と飛ばれた男性は目を見開いた。

そして、智彦と上村を凝視し始める。


まぁ件の嶺衣奈さんが目の前にいるし嘘では無いな、と思いつつ。

智彦は彼からの無遠慮な視線を、どこ吹く風と受け止めた。


「伊丹、彼らは大丈夫だ、そもそも私がいるから変な事はさせやしない」

「ですが社長!えと、時間も遅いし、羅観香を送ってあげないと」

「それも私が手配する、羅観香の事が心配なのはわかるが、落ちつけ!」


星社長に諫められ、落ち着きを取り戻しだす男性。

彼の名前は、伊丹義和。

羅観香のマネージャーであると、智彦達は紹介される。

ただそれでも、智彦達への嫌悪感は隠そうとはしない。


「丁度よかった、伊丹。来週放送の映像持ってるだろう?少し早いが見せてくれないか」

「え、えぇ、では退社前にいつもの場所へ送っておきます」

「助かる。来週の放送内容は、例の怪奇現象だったかな?」

「はい、そうです。いやぁ、今回も数字が取れそうですよ!何せ嶺衣奈の怨霊がバンバン……」

「伊丹!」

「あっ…!す、すみません!……すまない、羅観香、そういうつもりじゃあ」


星社長の短く鋭い怒号に、伊丹は体をビクンと震わせた。

伊丹も失言と気づいたようだがすでに遅し。

俯いた羅観香を一瞥し、謝罪を置いてそのまま部屋を出て行った。


「……ふぅ、不愉快にさせてしまって申し訳なかった」

「いえ、しかしマネージャーという立場ながら、羅観香氏の心情を察してないようですな」

「嶺衣奈と競わせた結果、どうも敵視してしまう傾向にあってな。嶺衣奈はマネージャーを付けず自身で管理してたから、余計に、な」


俯いた羅観香が、小さく頷いた。

やや空気が悪くなった中、智彦は気持ちを切り替えるべく、口を開く。


「先ほどの話でしたが、嶺衣奈さんの霊に、話を聞いて欲しい、でしたね?」

「……うん、できるかな?私、知りたいの!嶺衣奈がどうして、あんな……!」

「羅観香さん、ごめん。それは無理だと思う」


智彦のバッサリとした否定に、羅観香の顔が失望に染まった。

だが、星社長は少し思案した後に、智彦へと尋ねる。


「無理というのは、君ができないという事か?それとも嶺衣奈が話さない、という事だろうか」

「後者です。えっと、何と言っていいのか……今の嶺衣奈さんの状態って、執着、なんですよね」


智彦は本能で生きる中で萎んでしまった語彙力を駆使し、何とか説明しようとする。


「えっと、まだこっち方面の知識が浅い故の愚考ですが、霊の中には、死ぬ瞬間の欲求に執着するのがいるんです」


例えば、と智彦は続ける。


何かを伝えたい霊は、その言葉を垂れ流すだけ。

何かを守りたい霊は、その場に留まり対象をじっと見つめる。

所謂自縛霊も、この一種だ。

智彦はこれらの類の存在と、嫌と言う程あの地獄で接してきた。


「ふむ?コレは私見ですが、基本的に生きたい、死にたくない、と執着するモノだと思いますぞ?」

「そうだね、でもそういう執着は次の生を生きる為に、所謂輪廻転生って奴かな?そういうのに組み込まれてるんじゃ、って思ってる」

「まぁ、幽霊のまま生きるってのは、ある意味矛盾でありますからな」

「そういう存在もいる事はいるけどね。えと、つまり嶺衣奈さんは、そう言う欲求より羅観香さんの傍にいたい、って執着してるんです。こうなるとこちらに耳も傾け無……んん?」


と、そこで智彦は言葉を止めた。

少し思案し、羅観香へと疑問を紡ぐ。


「羅観香さん、そういや彼女との約束云々言ってたけど、えと、一緒に歌う~みたいな、アイドル活動に関係ある?」

「う、うん。一緒にユニット組んで、大きな会場でライブしようねって。一緒に作った、歌で」

「成程。だから羅観香氏の歌に反応したわけですな?」

「うん、羅観香さんと一緒に居たいって言うより、夢を叶えたいって執着かも知れない」


「えと、つまり、嶺衣奈は何も教えてくれない、って事、なの?」


縋るような羅観香の眼を、智彦は真正面から受け止めた。

直接聞けなければ、情報を集めれば良い。

頷きながらも、言葉を星社長へと向ける。


「失礼な事を尋ねますが、彼女の部屋や遺品からは、何も?」

「あぁ。羅観香同伴で探したが、特に何も見つからなかった」

「誰かに荒らされた形跡もなかったよ?嶺衣奈の家の入室記録見ても、家族の人すら出入りしてなかったから」

「なら、私もそこへ連れて行っていただけませんか?執着してるとは言え、何かを隠してる場合、視線などで反応する事があるんです」


故人ながらもアイドルの部屋に、無関係の人間を入れる。

星社長はさすがに渋ったが、羅観香の説得により、許可を出す事となる。


出発は明日の午前。

星社長が迎えの車を出すという事で、今日は解散する事となった。


(そういえば……)


智彦は、先ほどの伊丹マネージャーを思い出す。

あのマネージャーに対し、嶺衣奈が一瞬ではあるが、嫌悪感を露わにしたのだ。

アレは何の意味があるのだろうと思考の海へ飛び込む瞬間、智彦は星社長の声で我へと帰る。


「あぁ、送りの車を手配する前に、上村君、八俣君、これを見てくれないか」


星社長が、2人を自身の机のPCの前に呼んだ。

そして画面上のアイコンをクリックすると、ある映像が流れる。


「ほぉ、コレは羅観香氏のレッスンルームですな?」

「レッスンルーム?」

「番組内で映される、羅観香氏のレッスンやトレーニングをする部屋ですぞ」


見ると、羅観香が腹筋ローラー等を使いトレーニングをしている映像だ。

羅観香の体は思った以上に厚く、やや腹筋が浮き出ている。


「……霊、ばかりだな」

「ん?八俣氏、何かいるのですかな?……おや?」


画面の中で、部屋の電気がジジジと点灯し始めた。

同時に、周りから所謂ラップ音が響きだす。

壁に張られた鏡にヒビが入り、勾配も無いのに鉄アレイが動き出した。

時たま画面にノイズが走り、一瞬だが眼孔の黒い女性の顔が映っている。

画面の中の羅観香は、恐慌状態だ。

壁に掛けられた時計がガタリと落ち、羅観香の足元に落ちる事で、その騒動は収まった。


「霊が見えない自分には、まさに怪奇現象にしか見せませんぞ」

「テレビ局はコレを嶺衣奈の呪いとして放送する予定らしいが、どうだろう」

「どれもこれも霊の仕業ですね。とは言え、なぜこんな……?霊を操ってる存在がいる?」


それは智彦にとって、衝撃だった。

まるで羅観香を脅かせという命令の元、画面内の霊は統率されていた。

智彦が知る霊は、各々の執着で行動する。

こちらを襲ってくる霊はいても、使役されたような霊は見た事無かったからだ。


「ねぇ、八俣君。嶺衣奈が私の後ろにいるなら、コレは違うよね?嶺衣奈は関係ないよね?」

「うん、むしろ嶺衣奈さんは羅観香さんを守ろうとしたよ。時計が落ちた時、背中を引っ張られた気がしなかった?」

「……嶺衣奈が、引き留めてくれたんだね?」

「うん、あのままだと頭の上に時計が落ちたんじゃないかな?」


映像が終わると同時に、星社長が大きくため息を吐く。

眉間に刻まれた皺の意味を、上村と智彦は何となくだが理解してしまった。


「今回の騒動は、嶺衣奈氏の呪いを演出する為の霊を操る存在が関わっている、って事ですかな?」

「そのような裏の仕事があると聞いたが……本当にいるとは。あのプロデューサーの仕業か?とにかく、止めさせないとな」

「酷いよ。そりゃ番組は盛り上がるかもだけど、嶺衣奈が完全に悪者になっちゃうじゃん……!」


裏の仕事。

その言葉を聞き、智彦の脳裏にあのハイエナ野郎の顔が浮かんでくる。

このまま進むと、同じような人間と邂逅する可能性が高い。


(……まぁ、その時はその時か)


道が交わるか、重なるかは解らない。

だがそれより。

使役される霊を……無理やりこの世に縛り付けられた魂を、智彦はただただ哀れに感じた。

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