隠し場所
翌日。
星社長の車に乗せられた智彦と上村は、プロダクションが管理する寮へと訪れた。
寮、と言っても高そうな大型のマンションだ。
入り口で羅観香と合流し、カードキーを使い、加宮嶺衣奈の部屋の扉を開ける。
「すごいな、こういうシステムの家始めて見るよ」
「アイドルだからね、こういうのいろいろ気を使わなきゃいけないの」
「家賃、想像もできませんぞ」
上村が漏らした言葉に、智彦は大きく頷く。
きっと、1日三食コンビニ弁当を食べてもお釣りがくるんだろうな、と目を輝かせた。
「ココは現場では無かったが、事件性があるものが無いか警察も調べた。その後私達も調べたが、何も出てこなかった」
「嶺衣奈の手帳も勿論だけど、PCのデータも、SNSにも、関係あるようなのは無かったよ」
星社長と羅観香の説明を聞き、智彦はざっと部屋を見渡した。
広い玄関の右側には、ユニットバス。
左は引き戸で、4畳半の和室となっている。
正面を抜けるとダイニングキッチンで、その奥に部屋……嶺衣奈の部屋があるようだ。
「同じ高校生なのに、この格差」
「相手はアイドルですからな、比べるだけ烏滸がましいですぞ」
ふと、智彦が足を止めた。
嶺衣奈の部屋から、妙な気配を感じたのだ。
後方の3人を片手で制し、一人、部屋へと入る。
すると、部屋の中央に、あの映像の中で見たような、霊がいた。
紺色のスーツを纏い、長髪の似合わない若い男性。
敵意を全く感じないその霊は、床から延びる荒縄に四肢を縛られ、濁った眼孔で、部屋の中を見ていた。
「……何かいるのですかな?」
「霊が一人。害はないみたいだけど…」
多分、部屋を監視し、使役する者へ情報を流しているのだろう。
それよりも、彼に絡まる荒縄を千切れば、開放できるはずだ。
早速行動に移す智彦だが、少し考え、あえて気づかないフリをし始める。
「大丈夫みたいだ。じゃあ羅観香さん。少し部屋を歩き回ってよ」
「う、うん、わかった」
智彦の指示通り、部屋の中を適当に歩き出す羅観香。
それに合わせ、部屋中央の霊も、目で追い始める。
「羅観香さん、止まって」
羅観香が化粧台の前に来た瞬間、嶺衣奈の視線が、その右端に鎮座するイルカのぬいぐるみへと動いた。
さすがに直接触るわけにもいかず、智彦の言葉を元に、星社長と羅観香がぬいぐるみを調べる。
「これ、初めてデートした時の……、水族館で買ったぬいぐるみだ」
羅観香が昔を思い出し目を細めていると、尻尾付近に固い感触を覚えた。
どうやら口から中へと繋がっているらしく、星社長がぬいぐるみの口に指を突っ込み、中身を取り出した。
「USBメモリ、か」
「これで、嶺衣奈ちゃんに何があったか解るんだ!」
一緒にいる時にはよく使っていたのだろう。
部屋にある嶺衣奈のパソコンを立ち上げ、羅観香はUSBを差し込む。
すると、無題、とメモファイルが一つだけ。
羅観香は緊張感を露わにし、メモファイルをクリックした。
その間、智彦は上村を呼んで画面から背を向け、部屋中央の霊から画面が見えないように壁を作る。
上村はそれを勘違いし、うんうんと頷いた。
「確かに、自分達が中身を見るのまずいですからな。お二方、読み終わったら教えて欲しいですぞ」
「うん……。上村君、八俣君、ごめんね」
しばしの沈黙。
羅観香がマウスをクリックする音。
時たま、星社長の低いうなり声。
「嶺衣奈氏の残したUSBに真実が隠されていて、事件解決。いやぁ、刑事ドラマみたいですな!」
「……死ぬ直前もしくは死ぬ覚悟ができていたなら、全てを書き記してる可能性はあるけどね」
そういや自分も、色々と恥ずかしい書置きを書いたもんだと、智彦は変な声をあげたくなる。
あの時はともかく、自分の存在を誰かに知って貰いたかった。
自分の存在を、どこかに残しておきたかった。
そう考えると、今生きてるのが奇跡だな、と。
智彦は目の前でこちらを凝視する霊へ、ニヤリと笑う。
「何かあると危ないので、そのデータは俺が保管しておきましょう!」
「うぇっ!?八俣氏、何を……?」
大きな声でそう宣言した智彦は、皆を監視する霊へと近づき、床から延びる荒縄を掴み、ぶちりと千切った。
束縛、いや、使役から解き放たれたスーツ姿の霊は、天井を仰ぎ見、そのままスーッと消えていく。
感謝の言葉は、無い。
智彦は、そんなものは必要としなかった。
「どうしたの?八俣君、いきなり大きな声を出して」
「すまないが、さすがにこれを預けるわけにはいかない」
「あぁ、いえ、言ってみただけです。気にしないで下さい。……それで、何かわかりましたか?」
おどける智彦の言葉に、二人は顔を曇らせた。
この調子では内容は聞けないだろう、と男二人は目を合わせる。
「肝心な事は書いてなかったの、でも、あの、ね。ちょっと気持ち整理する時間が欲しいかな」
「……嶺衣奈の死に関係がある可能性の内容、なんだがな。私達が欲する情報が無いのだ」
「八俣君のおかげでコレが見つかったのはうれしいけど、……うん、悲しいし、きつい、よ」
「君達に内容を教えるべきか、羅観香と相談させて欲しい」
結局、女性二人はそれ以上を語る事が出来ず、そのまま解散となった。
とはいえ、さすが大手プロダクション。
バイト代という項目でお金を貰い、智彦と上村は、バッティングセンターで遊んだ後に牛丼屋へと足を運び、腹を十分に満たしたのだった。
「ふぅ、思いっきり遊びましたなぁ」
「だねぇ、久々に謙介と遊べて、楽しかったよ」
空には茜色が差し、周りからは夏色の音に紛れ、ヒグラシの声が聞こえてくる。
行き交う人々はアスファルトから照り付ける熱射に汗を滲ませ、逃げるように影を伸ばす。
「……で、釣れそうですかな?」
「ぇ、な、何を?」
上村の言葉に、智彦がたじろぐ。
「八俣氏は……智彦はずっと何かを見てただろ?多分だけど、何かがこっちを見張ってたんじゃないか?」
「……まいったな、なんでわかるんだよ」
「なんとなく、ですぞ。あの後USBを預かるように見せかけてましたからな。八俣氏を狙ってくるってわけですな?」
「うまく行くといいんだけどね…巻き込むつもりはなかったんだ、ごめん」
「気にしないで欲しいですぞ。てか、もう来てるようですな」
上村の言うように、何かの異能が働いているようだ。
先ほどからあれほどすれ違っていた人々が消え、同じような風景が続くループ状態となっている。
ふと、アスファルトに揺らめく逃げ水に影が生まれ、占い師のような姿の老婆が現れた。
さすがに上村は驚いたが、智彦は目を細めるだけだ。
「やぁれやれ、心が痛む仕事さね。坊、命が惜しけりゃ持ってるものをよこしな、解るだろう?」
老婆の体が、揺れる。
しゃがれた声が響くと共に、老婆の目の前が歪んだ。
同じく黒い影が生まれ、動き、3メートルはあるであろう肉の塊を作り出す。
裸の老若男女の霊を粘土として人型に作り上げたような、吐き気を催す様相。
四肢どころか全身に、荒縄が巻き付けてある。
「言っとくが脅しじゃないよ?さぁ、出すんだ」
「な、ななな、なんですかなあの気持ち悪い奴はっ!」
「……あれ?謙介、あの霊が見えるの?」
「ふひゃひゃ、私くらいの霊力があれば可視化できるし物質化もできるの、さ!」
老婆から放たれる、威圧。
だが智彦が右手を払うと、まるでなかったかのように霧散する。
「渡してもどうせ殺すんだろ?」
「さぁてね?だが、中身を見たんだろう?依頼主が困るだろうから、すまないねぇ!」
老婆の言霊に、肉の塊が動いた。
異音を轟かせながら肥大化した右手を、智彦へと突き出してくる。
「ひゃあっ!?」
「思ったより早い、けど、弱点丸出しのはどうかと思うよ」
驚く謙介の壁となり、智彦がその剛腕を受け止め、右手に絡まる荒縄を千切った。
呪縛から逃れた腕部分の霊が、無へと帰って行く。
「は……?な、なぜそんな簡単に縄を……?や、やめるんじゃ!やめろぉぉぉ!」
老婆が絶叫するが、智彦は次々と荒縄を千切っていく。
足、胴、肩、首……頭部。
荒縄という枷を外された霊達は、一部を残し、この世から去って行った。
「ウソ、じゃろ?南部家が代々霊力を注いできた封魂縄を、いとも容易く……?」
「呆けるのはいいけど、大丈夫ですか?どうやら御婆さんへの復讐に『執着』してる霊がいるようですが?」
低い唸り声に、老婆が弾かれた様に空を見上げた。
同時に、黒い靄となった霊達が老婆へと集着する。
「やめっ!があああああ!?私じゃ無い!お前達の、恨っ!先祖……が!だず、げ!」
黒い靄が縄のように絡まった老婆が、ズゾゾと、地中へと引き摺りこまれ始めた。
皺だらけの手で智彦へ助けを請うが、智彦は動かない。
助けるという選択肢もあったが、老婆に纏わりつく霊達を敵に回す方が厄介だと、本能的に解っているからだ。
「あ、あああ!はした金で!受け、じゃなかっがあああああああ!」
残ったのは、老婆が最後に放った死臭のみ。
異能が解け、智彦達の横を通行人が通り過ぎる。
「……智彦は、こんな世界に、居たんだな」
上村は流れる汗をタオルで拭き、からからに乾いた口からなんとか言葉を絞り出す。
智彦の話を嘘だとは思っていなかった。
だが、実際に見てしまい、異常な世界に震えが止まらなくなったようだ。
「理不尽さはあっちが上だったけどね。しかし、これで決定か」
「……ですぞ。あのUSBを見られるとまずい奴らがいる、って事ですな」
「裏の世界の人間を雇う程に、ね。さて、何が書いてあったのやら」
周囲から妙な気配が消えた事を確かめ、智彦は上村を家へと送り届ける。
その後、羅観香から「明日、事務所に来て欲しい」と連絡が来たのは、母親と仲睦まじく食事をしていた最中であった。
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