幽霊の声



『直海ちゃん可哀そう!』

『藤堂君大丈夫?顔にケガしてない?』

『2学期からは八俣ハブろうぜ』

『全員して無視しよう』

『あの貧乏野郎〆てやんよ』

『学校に来れないようにしてやろう』


智彦がスマフォの画面をタップしていく毎に、彼への悪意が溢れていく。


「コレは酷い」


智彦は、つい、言葉を漏らしてしまった。

裏サイトの存在にも驚いたが、3人の言葉を一方的に信じて正義に酔う連中に、ある種の感嘆を覚えたのだ。

しかも直海や光樹っぽい書き込みもあり、智彦の非道さが誇張を盛りに盛って書かれている。

こんなネット上で騒ぐくらいなら、直接言って来ればよいのにと、智彦は目を細めた。


とは言え、同じような事が起きれば自身もあっち側であっただろうと、苦笑を浮かべてしまう。

ふと、真正面から視線が向いている事に、気付く。


「……違う、んだよな?」


芝居じみた言い方を消し、上村が真剣な眼差しを向けていた。

あぁ、こいつは俺を信じているんだな、と。

疑いからでは無く、無実の確認の為に聞いたのだ、と智彦は申し訳なく思った。


「あぁ、違うよ。嘘ばかりだ」

「……何があったか、聞いてもいいか?」


智彦は少しの間、思案した。

あの三人の裏切りの件を詳しく伝えるとなると、富田村の事を話さなくてはならない。

だが特に隠す必要は無いかと、智彦はすべてを伝える事にした。


当然、上村はあまりの情報量に呆ける。

が、再度納得したように頷いた。


「信じがたいが、今の智彦を見れば、真実なんだろうな」


そう言い、上村は言葉を続けた。

以前の智彦であれば、たとえ内容が嘘であれこの時点で新学期への不安に押しつぶされ、視野狭窄へと陥る。

そして自分に非が無くても、関係を悪化させないように、自ら頭を下げに行ったはずだ、と。


「つまり死線を潜り抜け、精神的にも強くなった、って事だと思う」

「……そう、なのかな。ありがとう」


旧友の推測は当たってるだけに少しムッと来たが、それでも話を信じてくれた事への感謝が深くなる。

同時に、目の前の旧友と再び交友を深めたいと思いつつも、口に出せないでいた。


「とは言え、新学期からは面倒ですぞ?」


いつもの口調に戻った親友に、智彦は笑いながら首を横へと振った。


「まぁ学校は勉強する所だと割り切ってるから大丈夫だよ、あいつ等とも絡まないし。悪意と暴力にはやり返すけど」

「力を抑えないと死人が出そうですな、かと言って弁解を聞く連中ではなさそうですぞ。まぁ、昼飯ぐらい一緒に食べましょうぞ」

「……気持ちはありがたいけど、それは謙介に迷惑がかかっちゃうよ」

「気にする必要はありませんぞ、自分は親友と食事をしたいだけ、そう、それだけですぞ」


「……まだ、親友と言ってくれるんだね」


「当然ですぞ。自分はこんなオタクですからな、友人が少ないので、諦めて欲しいですぞ」


互いに、無言でバーガーを咀嚼し始める。

智彦は過去の自信を自己嫌悪しながらも、目の前の男と親交を再び得た事に、心が震えた。

くそったれな出来事が続いただけに、それは一入であった。


この親友の為なら、力を振るおう。

智彦は、そう決心する。



ふと、上村が頭を上げた。

どうやら店内に流れる歌に反応したようだ。


「コレは今の八俣氏にはピッタリかも知れませんな」

「ん?どゆこと?」

「この歌最近流行ってましてな、なんでも幽霊の言葉が混じってるそうですぞ。サビの最後辺りに「ゆるさない」って」


そう言いながら、二人は歌へと耳を傾けた。

死んでしまった大事な人の夢を、私が代わりに叶えてみせる、と言う内容の歌。

智彦は富田村での出来事を思い出しながらも、歌詞へと次第に同調し始める。

まぁ、代わりに夢を叶えてあげようと思った相手がくそ悪霊だったが、と思ってると、上村が人差し指を上へと上げた。


どうやら、サビのようだ。


異能である聴力を使い、智彦はサビ部分を聴いた後、その部分を耳でなぞる。

その様子を見て、上村はどうだ?という態度で挑んだ。


「ゆるさない、ってのは確かに聞こえたよ」

「おぉ!やはり!まごう事無き心霊現象ってやつですかな」

「いや、多分だけど故意に入れられたような感じだったよ」

「ふむ?」

「代わりに、『歌ってくれてありがとう、ゆい』ってのは聞こえたかな。謙介は聞こえた?」


智彦が唇を湿らせていると、上村の後ろの席から音が聞こえた。

どうやら座ってた人が飲み物を床へと落としたようだ。


「家で聴いた時も、それは自分には聞こえませんでしたな」

「なら、今の言葉が幽霊の声、だと思う」

「八俣氏が言うんならそうでしょうな。なんだ、幽霊っぽい声を入れたただの話題作りってオチか」

「はははっ、でも成功してると言えば成功してるんじゃないかな」


夕方六時を告げる音楽が、街中に響く。

2人は無意識にゴミを丸め、立ち上がった。

学生の代わりに増えた社会人を掻き分け、二人並んで外へと出る。


アスファルトに残る熱気で汗を滲ませ、二人は陽がやっと茜が差した空を見上げた。

吹き抜けるぬるくなった風にため息をつき、帰路へと進む。


「なぁ、謙介。よければ、明日遊ばない?金塊も見せたいし」

「別に見せなくても疑ってはいませんぞ?それより異能がどんな力なのか確かめ」


「ねぇ!そこの二人、待って!」


後ろから声がかかり、二人は振り向いた。

そこには、サングラスをかけ、キャスケットを被った女性。

グレーの薄着が汗で濡れ、濃紺の染みを作り出している。

先程の店で後ろの席に座り、飲み物を落とした人だと、智彦は記憶を辿った。


「なんでありますかな?」

「もしかして、何か忘れ物してました?」


智彦の問いに、女性はブンブンと首を横へと振る。

だったら何だろう、と二人は首を傾げた。


「違うよ!さっき店で流れた歌で、幽霊の声が聞こえたって言ってたよね?」


二人は顔を見合わせた。

(智彦は知らなかったが)巷では有名な事を聞いてきたからだ。


「えと、ゆるせない、って声の事ですぞ?」

「違う違う!そこの貴方が、別の事言ってたでしょ!」

「あぁ、歌ってくれてありがとう、ゆい、って声」

「それよ!ねぇそれについて詳しく教えて!ちょっと一緒に来てよ!」


やたらグイグイと来る女性に、二人は面食らった。

特に女性へ免疫の無い上村は、大量の汗を噴き出している。


「……あ、ごめん、私ったら。自己紹介、まだだったね」


女性は落ち着きを取り戻すと、サングラスとキャスケットを取り始めた。

茜色の髪が風に揺れる度、上村の顔が驚愕へと変わって行く。


「も、もしかして、夢見、ゆめ、夢見・・・!」

「あはは、初めまして。私の名前は、水無川唯」


驚きの余り震える上村と、キョトンとする智彦を前に。

女性は口角を上げ。



「夢見羅観香、って名前でさっきの歌を歌ってます!」



にんまりと、営業スマイルを浮かべきった。

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