旧友
「うーん、困った」
蝉の音と、扇風機のカラカラと回る音。
日課の新聞配達を終え、母親の出勤を見送った智彦は唸っていた。
彼の眼前には先日手に入れた、一塊の金塊。
「換金、どうするかなぁ」
「質屋あたりで換金できる」と簡単に考えてた智彦だが、いざ色々調べてみると学生の身分ではかなり面倒だということが解った。
勿論抜け道はあるのだろう。
だが、法に背いてそれがバレたら母さんが悲しむ、という考えが、危ない橋を渡る事を躊躇させていた。
(母さんと和解できたから、早く楽な生活させてあげたいのに)
世界観が一変したあの出来事から、早数日。
あの後、智彦は唯一の家族である母親と、腹を割って会話をした。
母親を疎んでた事、内心馬鹿にしていた事、そして、今では感謝しかない事。
智彦の母親は彼の話を聞いた後、微笑を浮かべ、彼を抱きしめた。
智彦は高校を止め仕事に就く事を提案したが、母親はソレを認めなかった。
結局、母親に熱く諭され、バイトは増やしつつ、智彦は卒業までの青春を甘んじる事となった。
(んー、まぁ、すぐお金にできる財産があると考えればいいか)
そもそも、急に大金が手に入ったら、母親を逆に心配させてしまう。
以前の裏の仕事関係の女性と接する事があれば、伝手があるか聞いてみよう。
結局小市民感を捨てきれない智彦は金塊を隠し、短期バイトを探し始めた。
(……心穏やかだなぁ)
裏切った3人は、あの後特に干渉してこなかった。
元彼女である直海は近所だが、姿を見たいとは思わない。
思えば3人に合わせようと無理をし、それが当たり前だと錯覚していたな、と。
スマフォにて3人をそれぞれブロックしつつ、智彦は工事関係のバイトの募集を調べ始める。
(あの村で得た力を使えば何でもできそう、だけど……難しいもんだ)
智彦が得た、異能。
その力を使えば、……それこそ善悪を考えなければ、大枚をすぐ得る事が出来る。
だが、裏切られた事による「される側の苦しみ」を知り、それと前述したように親への想いが、力を持つ事による堕落を防いでいた。
(っと、うおっ!?)
スマフォを操作しようとした瞬間、着信音が鳴り響いた。
画面には「上村 謙介」と表示されており、智彦は懐かしい気持ちとなる。
電話の内容は、今日の夕方に時間が取れるかどうかの内容だった。
旧友の誘いを断るつもりは無く、智彦は彼と会う事にした。
時間としては、黄昏時。
フリーのアルバイト情報誌を鞄に詰めた智彦は、待ち合わせのファストフード店へと入った。
店内はやはりある程度混んでおり、その多くは学生だ。
店の奥の席に約束の相手を認めると、一番安いシンプルなバーガーを頼んだ。
トレイを取り、目的地の後ろの席、サングラスをかけた女性の横を頭を軽く下げながら通り抜け、席へと付く。
「あいや、八俣氏、夏休み前ぶりですな。壮健そうで何よりですぞ」
髪を短く刈り上げた少年が、智彦へと右手を上げた。
180センチと高身長で、筋肉質。
一見爽やかな印象だが、マイナーなアニメがプリントされたTシャツと芝居がかった物言いが、それらを台無しにする。
だが智彦は嫌悪感すら出さずに、上村の向かいの席へと座った。
遠くの席から、黄色い声が弾ける。
眼鏡をはめた女子と健康的な短髪女子の触れ合いを一瞥し、智彦は懐かしそうに目を細めた。
「謙介も相変わらず元気そうだね、また身長伸びた?」
「育ち盛りですからな、とは言え制服が合わなくなるのでつらい所ですな」
「こっちとしては羨ましいけどね」
おどける上村を見て、智彦は心を痛めた。
中学時代までは、彼とは親友の間柄であった。
上村は、所謂オタクである。
智彦は直海と付き合い、光樹と愛と絡むようになり、彼と関係は悪影響だと、また、クラスが違ったため次第に関係を希薄にしていったのだ。
「……さて、さっそくですが、八俣氏、彼女さん達と何かありましたかな?」
「え?何でそれを?」
智彦の様子に、上村は得心したような表情を浮かべ、頷いた。
そして、徐々に顔を曇らせながら、自身のスマフォを見せる。
「所謂、学年の裏サイト、ってやつですな」
「そんなのあったんだ……」
「どうも八俣氏が浮気した挙句彼女さんを振り、それを正そうとした藤堂氏達へ暴力を振るい、逆ギレして決別した、って事になってますな」
「……わぉ」
上村から受け取ったスマフォの画面を見て、智彦の顔はまるでチベットスナギツネの様相へと変わって行った。
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