非日常との邂逅


茹だるような蝉の鳴き声が降り注ぐ、下。

ガサリと葛を掻き分け、一組の男女が現れる。


「いやいや、危なかった。それを壊されると困るんだよ、少年」


サイレンサーが付いた銃を片手に大きくため息をつく、中年男性。

エンジ色のスーツに身を包んだ、カタギに見えない男は、蹲る智彦へと近づいていく。


「富田村から生還した者がいると式神から聞いて来てみれば、このような、モノの価値がわからぬ若造とはな」


男は智彦の前に転がる笛を取り、恍惚とした顔を浮かべた。

その後ろでは、付き添いのセーラー服の女性が顔を顰め、……ながらも、男と同じく笛を眺めている。


「先生、いくらなんでも撃つのは酷いのでは?」

「仕方ないだろう、あの伝説の特級祭具を壊そうとしたのだから」


男の言葉に女が、頷く。

そして折り畳み式のスコップを広げると、その先端を地面へと突き刺した。


「では、その男を埋める準備をします」

「頼んだよ、鏡花君」


土を掘り始める音が聞こえる中、智彦は男へと顔を上げた。

その眼には、侮蔑が含まれている。


「横取りは酷いな。一応、それの所有権は俺にあると思うんですが?」

「すまんな少年、この笛は多くの者が追い求めてきたものなのだ。コレがあれば我が権力が増すのでな」

「なら、買い取るとか、譲って貰うようお願いするとか、あったと思うんですけど?」

「ふん、運よく生き延びただけの小僧に、私が?この逢魔崎秀麿が?頭を下げる?馬鹿も休み休み言え」


逢魔崎おうまがさきと名乗った男性が傲慢に笑い、智彦の腹を鋭く蹴り上げた。

智彦は悲鳴を上げ、地面を転がる。


ふと、鏡花と呼ばれた女が、土を掘る手を止める。

智彦が撃たれた場所に流血を認める事が出来ず、首を傾げたのだ。

カラン、と薄くつぶれた弾丸が、地面に落ちた。

だが男の方が気づかず、さらに智彦へと近づく。


「……貴方はこうやって、ハイエナみたいな事をしてたんですか?」

「賢いやり方だろう?富田村に関しては狙っていた同業者が多くてな、実に運がよかった。この笛を使えば蟲毒の作成を容」

「はぁ、じゃあ遠慮はいらないか。自動回復で傷も治ったし」


「先生!」


鏡花の声に、逢魔崎の視線が笛から智彦へと移り、顔に驚愕を張り付けた。

銃によって腹に穴が開いていた男が、何事もなく立ち上がったからだ。


素早く腕を前に出す、智彦。

逢魔崎はつい両手で体を庇うが、衝撃は無い。

代わりに、右手に収まっていた蟲笛が、智彦の手へと戻った。


「なっ!貴様っ!それは私のだ!返」

「ふんっ!」


智彦が右手に力を籠めると、蟲笛は容易く砕けた。

そして今までなかった風が吹き、笛の破片がキラキラと流され、消えて行く。


「あああ!?そんな!笛が、蟲笛がぁぁぁ!」


続けて智彦が、逢魔崎へと振り向く。

体の芯から凍えるような恐怖を感じた逢魔崎は、懐から動物の形をした紙を2枚取り出した。


「くっ!行けっ!王狼!黄泉狐!」


2枚の紙はひらりと宙を舞い、大きく膨れたかと思いきや、それぞれが黒く歪みだす。

現れたのは、人の丈ほどある金色に輝く狼と、真紅の狐だ。

2匹は周りの空間を揺らすほどの殺気を放ち、智彦へと飛び掛った。


「ふははははは!楽に死ねると思うなよ小僧!笛を壊した事を後悔」


2匹の獣が智彦へ襲い掛かった、その瞬間。

パァンと小気味良い音が響き、狼と狐は仮初の肉体を爆散させ、この世界から消滅した。


「まだゲームの世界、にいるんじゃないよな?俺。てか、リアルにこういう人達居たんだな」


智彦は両手をぶらぶらさせつつ、逢魔崎の前へと立つ。

逢魔崎は見事に放心しており、大きく開いた口からは、心もとない呼吸音が短く響いていた。


「とりあえず、貴方が俺を殺そうとしたのは事実なんで、それだけはやり返させて貰いますね」


軽く微笑んだあと、智彦は逢魔崎の両肩を掴み、そのまま両腕を上げる。

すると、逢魔崎の体がぶれ、彼の霊体が体から引き剥がされ始めた。


「っ!?……!!!!…… ……!?」


声にならない悲鳴。

逢魔崎は目をぐりんと白く裏返し、失禁しながらその場へと倒れた。


「干渉ってこんな使い道あるんだ……さて、えと、ちょっと尋ねたいんですけど」

「ひゃ、ひゃい!」


逢魔崎の霊体を戻し、次に智彦が目を向けたのは、セーラー服姿の女……鏡花だ。

一連の流れを見ていた彼女はスコップをがらんと地面へと放り投げ、直立不動の状態となる。

そこに叛意は皆無で、従順な犬に徹しようとしていた。


「えっと、貴女達はどんな職種の人、なんですか?」

「ひゃい!あ、えと、退魔師、です!」


聞いたことないなぁ、と首を傾げる智彦に、鏡花は言葉を続ける。


「あの、その、所謂、裏の仕事で!怨霊とか、怪物などと戦う、と言うか。陰陽師みたいな!」

「裏の仕事!さっきも思ったけど、本当にあるんだなぁ」


心なしか嬉しそうな智彦だが、鏡花をみるその目は笑ってはいない。

鏡花も自分が敵と思われていることを察し、可能な限り質問に答えようとしだす。


「あ、でしたら、そういった人達の伝とか、そういうのありますよね?」


智彦が近くに置いていた風呂敷を取り、広げる。

中にはいろんな物……富田村の犠牲者の遺品に加え、金塊などの財宝も混ざっていた。


「この金塊や宝石を換金して、遺品と一緒に、この人達の家族へ返して欲しいんです」


あれがあれば一生遊んで暮らせる。

鏡花は唾をごくりと飲み込むが、智彦の足元で痙攣している師を見て、邪な思いを一掃した。


それよりも智彦が頼んだことが、どんなに困難な事か。

富田村関係で行方不明になった人数を、ある程度知ってる身。

作業量を考えると、鏡花はこのまま全て投げ出し逃げ去りたい気分となる。

いやそれよりも、まずあんな重いモノ持ちたくないと内心悲鳴を上げる。


「可能な限り!やらせて頂きます!」


が、この男は逃がしはしないだろう。

鏡花は下着が汗で濡れる嫌悪感を必死に隠し、智彦へと頭を下げた。


「良かった、じゃあお互い、これで手打ちという事で。この人にもそう伝えておいて下さい」


智彦は金塊を一つだけ掴むと、鏡花に頭を下げ、その場を去ろうとする。

彼の頭からは、もはや今しがた襲ってきた暴漢の事は奇麗に消え去っている。

あるのは、この金塊を元に、母親に楽をさせてあげられるという安堵のみだ。


「うん、……よし、帰ろう」


ココから家まで距離はあるが、全力で走れば1時間もかからないろう。

智彦は脚力を使い、駆け出した。


鏡花は目の前で人が消えたと、驚き。

未だ口論する3人は、突風が吹いたと服を抑え。

高速を走るドライバー達からは、新たな都市伝説が生まれた瞬間だ。


まだまだ続くであろう、夏休み。

明日から始まる、世界が変わった日常に、智彦は胸を弾ませた。

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