斯くして彼は異能となった
朽ちた社から飛び出した直海、光樹、愛の3人は、しばし無言のまま肩で息をしていた。
次第に落ち着くと同時に、先ほどの恐怖が蘇り、脚を震わせる。
「どうしよう、私……智彦を……」
直海の言葉に、光樹と愛は顔を歪ませた。
非常事態だったとはいえ、わが身の為に友人を犠牲にしたからだ。
直海に至っては恋人……だった者を生贄にしたのだから、その後悔は2人より大きい。
とは言え、智彦含めたこの4人の関係は、歪であった。
まずは光樹。
彼は智彦の事を友人とは思っておらず、「自身の価値を高めてくれる貧乏人」と扱っていた。
智彦の貧しさを見る度、自分が如何に恵まれているか、如何に幸せかを噛み締めていた。
同時に、貧しい智彦に愛情を向ける直海を時間をかけてこちらに振り向かせ、金の前に愛は無力と言う拗らせた感情を満たしていた。
次に、愛。
彼女は光樹の彼女と扱われてはいるが、実際はセフレな存在だ。
光樹との関係に愛は無く、金を貰うから体を捧げるというシンプルな関係。
そして、直海が徐々に光樹の色に染まって行く様を見て、他の3人を内心馬鹿にし、蔑んでいる。
光樹と直海を一緒に行動させるべく、最近は智彦と行動を共にしていた。
そして、直海。
彼女は智彦とは幼馴染の関係であり、中学時代に恋人関係となった。
人間的に智彦の事は好きであったが、やはり経済的な面に関しては一種の嫌悪感を抱いていた。
……のだが、彼の欠点まで愛する私はいい女、な自己陶酔を含んでいた。
光樹と愛からそこを付け込まれ、今では光樹との秘密の関係に酔いしれ、没頭する。
智彦に申し訳ないとは感じつつ、身も心も光樹に捧げている状態だ。
智彦はこの歪さを、無意識に感じてはいた。
だが、表面では4人とも仲が良いため、あえて見ない振りをしていた。
「……今日はもう帰ろう、そして、忘れよう」
「そうだね、私達は何も見なかった。智彦が勝手にいなくなった……それでいいよね?」
いくら歪な関係だったとはいえ、罪悪感はやはり拭えない。
となると、次にする事は、責任を押し付ける事による自己防衛だ。
「化け物と距離があったから、助けられたんじゃないかな」
直海の言葉に、光樹が顔を歪ませた。
「直海も手伝っただろ!と言うかアイツがいなくなって直海が一番安心してるだろ?」
「なっ!?違っ……!2人が戸を閉め始めたから、私も仕方なく・・・!」
「まぁ良かったじゃん?丁度二人の関係がバレたんだし、光樹と直海にはタイミング良かったかもね」
愛の言葉に、光樹と直海は怒気を含んだ視線をぶつける。
が、愛の言うとおりであったし、何より最後に智彦へと暴言をぶつけていた為、反論できずに口を噤んだ。
沈黙した3人へ、蝉しぐれが降り注ぐ。
忘れていた熱気に、各々の額に汗の粒が流れ始めた。
「……そもそも愛のせいだよ。愛がココに来ようって言わなければ、こんな事には!」
「それは結果論でしょ?皆賛成したじゃん?しかもあんたら、浮気のイベントにしたじゃんか」
「……もう、止めよう。今回の事はお互い忘れようぜ。……一応警察には届けた方が良」
ガラリ、と。
朽ちた社の戸が開いた。
3人は弾かれたように音の方へと顔を向ける。
「……あれ?時間はあの時のまま、なのか。一年は居た気がしたんだけどな」
3人は言葉を失った。
それはそうだろう、先ほど見捨てたはずの男がそこに居たのだから。
大きな風呂敷を背負った智彦は3人を一瞥し、しばし思考した。
その眼には何の感情も無く、責められると思い言い訳を考えだした3人には恐怖である。
「あ、あのね、違うの智彦!その、えっと、……違うのよ!」
まず口を開いたのは、直海だった。
だが、その言葉に内容は無く、青い空の下空しく響くだけだ。
「違うって、浮気の事?それとも俺を見捨てた事?何が違うの?」
「え? あ……うん、その、ね。光樹とは、その、冗談と言うか、そのね」
相も変わらず中身の無い言葉を垂れ上がす直海から視線を外し、智彦は朽ちた社の辺りを見回した。
先程まで居た理不尽な世界の風景や建物の位置を、脳内にてリンクさせ始める。
「と、智彦、よかった!無事だったのか!いや、誰か助けを呼ぼうとしてたんだよ!」
「そうそう!逃げ出せたんだね?良かったじゃん!」
光樹と愛が必死に取り繕うが、智彦は見向きもしない。
それが気にくわなかったのか。2人は媚びる態度を一変させる。
「んだよ無視かよ、確かに見捨てたのは悪かったが、お前が遅いからだろ?」
「私達も巻き添え喰らう可能性あったんだから仕方無いじゃん?ホント器の小さい男」
「そんなんだから直海が愛想尽かして俺に……」
2人の戯言の最中に、智彦が社から降り立ち、穴だらけの廃坑へと目を向ける。
そしてそのまま、遠い目をした後に、3人へと向き直った。
「お前達がやった事は許せないが、仕方なかったと思う。俺でも、あの世界に誰かがいれば、身代わりにしたかも知れないからね」
だが、と言葉を続ける。
「全く恨みが無いわけではない。とりあえず、互いに縁を切って今後干渉しないでおこう。多分それが最善策だと思う。今までありがとう」
唖然とする3人。
智彦は直海に顔を向け、微笑んだ。
「酷い裏切りにはあったけど、直海との思い出は確かに楽しいものだったよ。改めて、今までありがとうね」
すぐさま無表情の戻った智彦は、森の奥へ……先ほどは行き止まりだった方へと進み始める。
3人が何かを言ってはいるが、蝉の声同様に、彼には気にならない程だった。
(ここが旅館だった所、そしてあそこが井上さんが死んでた所か……ならば)
先程までは無かった道が現れ、智彦は奥へと進んでいく。
明るく、木々に囲まれてはいるが、そこは紛れもなく、智彦の「庭」であった。
(しかし……あの3人の顔を見ても、思ったより感情が湧かなかった、良い事なのか悪い事なのか)
結末がどうであれ、3人と楽しい時間を過ごしたことは事実だ。
それを手放す事を惜しむ思いがある事に、女々しいな、と智彦は内心苦笑する。
(まぁ、あんな目にあったし、彼女も寝取られたし、結局は元の関係には戻れなかったんだ、丁度いいのかもね)
そういえば、愛から微力ながらも「あっちの世界の力」を感じた事を智彦は思い出す。
あの女とはいつか道が交わる事があるかも知れないが、それは嫌だなと顔を歪めた。
やがて、葛に囲まれた開けた場所へと出る。
大きく凹んだ地面、そして、表面を苔で覆われた石碑が、無言で佇んでいた。
智彦は凹んだ地面の前にしゃがみ、手を合わせる。
この地面……池の跡には、無念を抱いたまま沈んでいった巫女が多く眠っているからだ。
「……さて、では今から皆さんの怨念を消させて頂きます」
風呂敷からサビた移植ごてを取り出した智彦は、石碑の足元を掘り出した。
額に大きな汗を流し、背中が濡れて行くのもかまわず、無心に掘り続ける。
(……あった、村にあった日記どおりだな)
ガキン、という鈍い感触。
智彦は土中の金属の箱を丁寧に掘り出し、蓋を開けた。
「これが、蟲笛、か」
古ぼけた、何処にでもあるような木製の横笛。
当時ひどい目にあった……結局は悪霊化し多くの人間を死地へと招き入れた巫女、すみれ。
コレは彼女の兄が、彼女の死後……村が異界化する直前に、ココへ埋めたモノだ。
蟲笛は、智彦が消した神の角で作られている。
当時の富田村では収穫祭でこの笛を使い、巫女に蟲を湧かせ、その命を村の繁栄に使っていた。
巫女が舞い踊っていたなんてとんでもない。
体の内から湧き生まれる蟲に苦しみ、激痛から逃れようと体を動かしていたのが真実だ。
この呪われた外道なモノを、すみれの兄は封印という形でここに埋めたと、智彦は村で見つけた日記の内容を記憶でなぞった。
(壊せなかったんだろうなぁ)
笛が存在すれば、あの村で好き勝手する人間が現れただろう。
外部に流れ、同じような悲劇を繰り返した可能性もある。
妹はアレだが、すみれ兄は立派だったと、笛が入ってた金属の箱へ、智彦は再び手を合わせた。
「さて、壊すか」
何をどう間違えたのか、智彦の体はもはや普通では無くなっている。
異能、とも言えるだろう。
容易く破壊できる、そう考え、智彦が右腕を大きく振りかぶった瞬間。
パスン、と。
まるで空気がため息をついたような音と同時に、智彦の右脇腹へ穴が開いた。
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