抗い
先程「奴」と遭遇した、場所。
智彦は建物の中から微かに揺れる灯りを見て、胸に希望を宿す。
(誰か、居るかも知れない!)
この村に住む人か。
それとも、同じ様に迷い込んでしまった人か。
智彦は殆どがひび割れている玄関を開け、すぐさま閉める。
そしてバケモノが入らぬよう、昔見たねじ込み式の鍵を、汗まみれの手で回した。
ヴェハッ ヴァアアアァ!
遠くから聞こえる化物の声に安堵し、智彦は建物内を静かに歩く。
灯りは無く暗い……が不思議な事に、薄らとではあるが、周りが見える。
(廃墟、だよなぁ)
キィィッ床が軋む中、智彦は建物内を注意深く眺めた。
どれもこれも、今ではドラマでしか見ない古い家具に、埃が厚く積もっている。
武器になりそうな鎌や鉈もあるが、どれも錆びついていた。
(武器は必要だな)
錆びた鎌を手に取り、進む。
人の気配は無い。
智彦は、灯りが漏れていた2階への階段を上がって行く。
ミシッと音が響いた。
足元を見ると、小柄な靴の新しい足跡が、上へと続いている。
やはり、誰かいる。
このままでは相手が逃げるのでは、いや、最悪あの化物と勘違いされるのではと考え、声を上げた。
「誰かいますか?あの、僕、化物に追われていて!」
……反応は、無い。
智彦は首を傾げつつ、2階の、ぼろぼろとなった襖を開けた。
「失礼しま……っ!?」
ぬるい空気と共に鼻腔へ浸透する、血の匂い。
ぐちゃぐちゃに荒れた室内。
ぬるく気持ち悪い風が入る、壊れた窓。
散乱するガラス。
壁や天井、床に刻まれた鋭い傷。
そして……頭の上半分を失った、セーラー服姿の女性の死体。
加えて、その死体には、あの社内で見たような虫が、ウネウネと張り付いていた。
(……っ、う、うぇえええ!)
智彦は、吐き気へと必死で抗う。
同時に、生きる為に、この赤い部屋から情報を探る為に目を動かした。
(死体は腐っていな、い?て事はまだ新しい?それよりも、この部屋の傷、さっきの化物のだよな?)
死体から流れた血は、未だ湿っているように見える。
張り付いた蟲は、骸を食べる……と言うよりは、吸い付いている感じだ。
(そもそもここは何処なんだ?いや、いつの時代、なんだ?)
昔の時代へタイムスリップ?
だが、化物の存在が、それを否定する。
目の前の死体も、明らかに自分がいた時代の人間のなれの果てだ。
(あのバッグはどこかの学校指定のだな。ノートやスマフォがはみ出している)
ガラスの下敷きになっている死体の私物を手に取ろうと、智彦が足を踏み入れる。
散乱したガラスが、パキンと割れた。
音に反応し足元を見渡す智彦だが、散乱物よりガラスが一番上にある事へ気付く。
(これ、もしかして、アイツが外から窓を破って、襲い掛かって……!)
ズシンと、家が揺れた。
『ヴェハハハッ!ヴァハハハッ!』
「うお、うあああああ!?」
外から聞こえる、化物の声。
智彦は慌てて、窓から顔を出す。
「おいおいおいおいおい!家を壊す気かよ!」
智彦の視線の先には、人間部分で立っている化物が、ハサミ部分を建物へと打ち付けているのが見えた。
智彦は窓から飛び降り……る事はせず、階段の方へに逃げようと、踵を返す。
が、轟音と共に、部屋の一部分が崩れた。
「ちょっ、嘘だろ!あ、ああああああ!?」
一瞬の浮遊感。
智彦は身構えるが、暴力的な破壊音と共に、強かに体を打ち付けていく。
腕に、脚に、背中に、激痛が走る。
「がはっ、ぁ……いでぇ、ぐぞぉ」
息をするのもやっとではあるが、命の危険を感じた智彦は、すぐさま立ち上がろうとする。
幸いにも瓦礫には挟まれてはいなかったが、激痛と鈍痛で、まともに立てはしない。
『ゲハッ ゲヘヘヴァアアア!』
すぐ横で、化物の声が聞こえた。
これではもはや、逃げられない。
(畜生……!)
智彦は動く事を諦め、いつの間にか月が消えた暗闇の空を睨み、眼を閉じた。
どうせなら楽に、痛みが無いように殺して欲しいと祈りながら。
(……母さん、ごめん)
智彦の脳裏に、母親の顔が浮かぶ。
だがその顔は笑顔では無く、いつもの疲れ切った顔だ。
(……ん?)
智彦はふと、化け物の方へと顔を向ける。
彼の方へ襲い掛かるどころか、苦しそうな声を上げているからだ。
見ると、廃墟から崩れた木の柱が、化け物のハサミの下部分を貫いていた。
柱によって地に縫い付けられた化け物は、苦しそうに体を動かしている。
「っう……!」
逃げるチャンスだ。
智彦はそう考え、体を軋ませながら立ち上がった。
まるで標本となった化け物を一瞥し、その場から逃げようとする。
・・・が、それよりも、化け物への怒りが沸き始め、手元に落ちていた錆びた鎌を、握りしめた。
「フゥッ……!ハァ……!ぁ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
奇声。
智彦は一心不乱に、化け物へと鎌を突き立て始めた。
『ヴェハッ!?ヴモォォォォ!ゼハヴァァッ!』
「クソ!クソッ!クソ!死ね!死ね!死ね!死ねぇ!」
背に、肩に、ハサミの胴体部分に。
智彦は目を見開き、鎌を振り下ろした。
途中、サビた鎌がバキンと折れるが、智彦はすぐさま残った廃墟部分から鉈を持ち出し、同じように振り下ろす。
色が解らない血が零れ、化物の悲鳴が溢れる。
既に化物の四肢は無く、傷だらけの体とハサミ部分だけだ。
『ダズゲッ ヴェハッ ヴェウァ!ゲデ!』
「畜生!死ねよ!死ね!いい加減、死にやがれ!」
ハサミ部分を切り離すべく、智彦は執拗に鉈を振り下ろした。
肉が、筋肉が、そして骨が断たれる音。
固定されたハサミの胴部分が切断されると、ズルリと。
人間部分が崩れ落ちた。
『ゲハッ ヴェ…ハッ!ジニダグ ンヒッ!』
智彦は最早動かぬバケモノを足で裏返し、唇を震わせる人間の顔部分へと、同じく鉈を叩きこむ。
今までより一層鈍い音がすると共に、化け物の体は動かなくなった。
「はっ!はぁっ!……やった…!やったぞ!」
化け物ではあるが生きた生物を殺した事への忌避感。
若干吐き気はしたものの、生き残った事、自分を脅かした化け物を殺した事への感情が、智彦を狂気的に破顔させた。
少しの間。
智彦が冷静になりつつあると、化け物の体が薄らぎ、消えて行く。
そして、白い人魂がぽつんと浮かび、智彦の体へと吸い込まれていった。
「……なんだ?」
自分の中に魂がストックされるという違和感。
だが智彦は、不思議にもそれをすんなり受け入れる事ができた。
と言うより、もはや常識など通じなく、何が起きても不思議ではないという半ば開き直りした結果でもあった。
「……これからどうするか。あぁ、畜生。母さんにも会いたいけど、裏切ったアイツ等を殺してもやりたいな」
あえて心情を口へと出すと、その滑稽さに智彦の唇が歪む。
ふと、遠くに青白い光が見えた。
智彦は鉈を担ぎ、周りを気にしながらもその光へと進んでいく。
「……贄人の池?」
空気が一新し、ぬるく纏わりついた空気が消える。
そこには、6畳程の大きさの清く澄んだ池に、贄人の池と彫られた、苔生した石碑が建っていた。
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