第2話 パワハラ2 「昼食は上司と一緒に食べるものでしょ?」
午前中の仕事もひと段落し、部署の壁にかけられている時計の短い針は12時を少しすぎたところを指した。
俺は鞄から昼食のお弁当を取り出して、椅子から立ち上がる。
さて、今日はどこで食べようか。
俺が席を離れようとしたところ、サラッと黒い髪をなびかせた
「
「えっ? お昼を食べにですけど……」
「そうなの? 奇遇ね。ちょうど私も今仕事が終わったの」
「あっ、そうですか」
そっけなく返事を返す。昼休みは少ないのだ。早く食べなければ時間がなくなってしまう。しかし、離れようとする俺のスーツの裾を上司はビシッと掴んだ。
「私、今、仕事、終わったんだけど?」
「それさっき聞きました」
俺の返事に不満なのか上司は目線を下に向けて赤い頬をカエルみたいにプクーと膨らませた。可愛い。
「まだ何か?」
「普通、お昼を食べるなら、上司を誘うものじゃない?」
「誘うものなんですか?」
「誘うものでしょ?」
「普通は誘わないと思うですけど?」
「誘うの!」
力強い声で頑なに譲ろうとしない。まるで駄々をこねる子どものような力技だ。この人は本当に可愛いな。しかし、腕の引っ張る力が強くなっている。このままじゃ、俺のスーツを破きそうな勢いだ。
「わかりました。落ち着いてください。一緒に食べますからその手を離してください」
いつもは誘ってこないのに、今日はやけに押しが強い気がする。はっ! 俺は今……もしかして上司からパワハラを受けているのか?
「私も今日はお弁当なの」
「珍しいですね。いつも食堂なのに……」
上司が取り出したお弁当を見て俺は目を疑った。
誰しもお正月に家族みんなで集まって、3段重ねの黒塗りの漆喰で金の飾りが入ったお重で一度はおせちを食べたことがあると思う。
「お弁当、大きくないですか?」
「そう?」
上司が取り出したお弁当をはそのお重だった。
もしかしてそれ全部食べるの?
「張り切って作った自信作なの」
満遍な笑みで話す上司の言葉に、俺は普通はお重お弁当として持ってくるのは普通じゃないと言う事を語れなかった。
そして開かれたお重の蓋の中身に目を疑う。
海老、海老である。
ただのエビではない。伊勢海老である。
それもでかい。1匹1万は軽くする大きな伊勢海老が堂々とお重の中に入っているのである。
おかしい、伊勢海老ってお弁当にするものなのだろうか。
グラタンみたいになってるけどこれってもしかして冷凍食品で見るエビグラタンを真似たつもりなのか。
俺は感情を無くした声で棒読みするように言った。
「わぁ、すごい。美味しそうですね」
「そ、そうかしら」
そんなぶっきらぼうな俺の褒め言葉に上司は頬を赤めて本気で照れていた。
あぁああ!
素直な上司が可゛愛゛い゛ぃ゛。
俺は自分の弁当の蓋を開ける。
パカっ
そこには昨日の残り物の肉じゃがとカリフラワー、ブロッコリー、卵焼き、白身フライ、冷凍エビグラタン、枝豆が入っている。そして2段目には開けると梅干しが真ん中にあるご飯が目に入った。
「…………」
俺は上司のお弁当をもう一度見た。
2段目のお重が開かれ、大食いタレントが食べるような巨大ハンバーグが見えた。
おかしい、目の錯覚だろうか。
俺は自分の両目を左手の甲で擦る。
なぜだか知らないが視界が歪む。
自分のお弁当があまりにも惨め過ぎて目から汗が垂れてくるせいだろうか。
俺は上を見上げる。青空は見えない、見えるのは部署の白い蛍光灯と天井だ。
これが格差社会というものか。
「すみません。ちょっとトイレに……」
俺は席を立つと廊下に出て流れるようにトイレに駆け込んだ。
そして便座に座り、声を殺し、赤子のようにすすり泣いた。
神はなんて残酷なんだ。この世に格差を生むなんて。
今まで俺は上司のことを部署の可愛いマスコットだと思っていた。
しかし、現実は違った。
彼女はマスコットと生優しいものではなかった。羊の皮を被った狼だったのだ。
俺は狩られる獲物でしかない。
今までは遊ばれていたのだ。
ひどい、酷すぎる。
俺を弄ぶなんて!
「はぁ〜」
5分ほど座って俺は便座から重い腰をあげた。
部署に戻るのが億劫である。
現実とはなんて非情だ。
用も足していないのに長々と手を洗い、ハンカチで水滴がなくなるまで丁寧に拭くと、トイレを出て、とぼとぼと廊下を歩いた。
そうして部署に戻った。
「何してるんですか?」
「ふがふがっ!?」
上司が俺の白身フライを箸で持ってかぶりついていた。
俺に見つかり、フライを急いで噛んで飲み込むとする上司。しかし、中々飲み込めず、何回か口の中で咀嚼して飲み込むと、俺の弁当を元あった場所に戻した。
「…………」
「…………」
今頃、戻したって丸わかりなのは変わりない。
それにおかずが全て消えている。これは盗み食いしていた確実な証拠になるだろう。
「俺の弁当食べましたか?」
「食べてません」
「本当に食べてませんか」
「食べてません」
「正直に味の感想を言うと?」
「肉じゃが美味しかった!」
上司はハッとした表情になり急いで両手で口元を押さえた。
「食べてない!」
いや、食べたでしょう。口にフライのタルタルソースついてるし。
「もういいですよ」
俺は椅子に座るとおかずのなくなった弁当に箸をつけた。
うーん米の味〜
すると上司が声をかけてくる。
「藤次、もしかして私のお弁当が食べたいじゃないか?」
「それはもうおかずがないので、分けてもらえるなら分けて欲しいですよ」
「そうか、食べたいのか。私のお弁当をそんなに食べたいのか」
なんでこの人のご飯を食べといてそんなにご機嫌なんですかね。
「仕方がない。藤次、お前のお弁当と私の弁当を交換してあげよう」
俺は耳を疑った。
えっ、本当ですか? そんな豪華なお弁当と俺のお弁当が交換してもらえるですか?
もしかして3段目は空とかそう言うイタズラじゃないですよね。
「マジですか……?」
「ほら、早く昼休み終わっちゃう」
「それじゃぁ、お言葉に甘えて……」
いやいや、ちょっと待て、騙されるな俺。あんな量のお弁当どうやって昼休み中に完食する気だ!
「いや、やっぱりいいです」
「な、な、なんで!」
「だって食べれないです(量が)」
「た、食べてない!?(私の料理が)」
「ごめんなさい」
俺は頭を下げて丁重に断った。
「…………」
あれ反応がない……
「うぅ……ひっぐっ」
「なんで泣いてるんですか」
「私゛がんばっで……づぐっだのに゛」
泣いている上司も可愛い。だけどお願いです。泣き止んでください。部署内の女子の目が殺気だって怖いデス。
「食べます。食べさせていただきます」
「本当?」
あぁ、そんな瞳に涙を溜めたつぶらな瞳で見上げないで。可愛いけども般若のお面をつけた女性に全方位囲まれて逃げ道を現在進行形で塞がれています。
「でもこの弁当は一人で食べきれないから部署のみんなで食べてもいいですか?」
「えっ……」
「え?」
この人、もしかして俺に全部食べさせる気だったのか?
「あははははっもしかして一人で食べて欲しいと」
「…………」
その無言の目で圧をかけるのはやめてください。弁当に殺されます。
「…………」
えっ? 冗談ですよね?
本当にこれ一人で食べるんですか?
俺は上司の無言のパワハラに可愛くて逆らえなかった。
しかし、流石に一人で食べ切るのは無理だったのでみんなで仲良く食べました。めでたしめでたし。
上司のパワハラが可愛すぎて困る 二村 三 @333323333
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