終章

 それから……

「おひさしぶりです。百合流さん」

「来てくれてありがとね、葎花ちゃん」

 死闘から三年が経った。今、葎花は万月の墓前にいる。

「影狼さんの裁判が終わったそうです。懲役は十五年、今は本人の意志もあって独居牢で一昼夜、禅を組む毎日だそうです」

「十五年、長いのか短いのかわからないわね。その後の彼はどこで何をして生きるのかしらね」

「わかりません。彼自身が決めることです。ただ、出来ることなら明るい気持ちで生きてほしい」

 葎花は花向けの花束を百合流に渡した。

「綺麗ね。きっと、あの人も喜ぶわ」

「……あなたは、万月さんの妹なんですね」

 百合流はしばし何も言わなかった。それは肯定の合図だった。

「知らなかったのよ。お互いに。外見は似てないし、ただ偶然出会って恋をした。知らないままならよかった」

「離縁することを選ばなかったのはどうして?」

「離れたくなかったからよ。それだけ」

 三年の間、世界は少しずつ復興を続けていた。

 ほんの少しずつでも明るい方へ、明るい方へと。

 いつの世も変わらないのは月の光だけ。

「大好きだったのよ。あの人の笑顔が。だからこそかな。歯痒くて仕方なかった。どうしてそんなに自分を責めてしまうのかって」

 百合流は手を合わせた。

「私は、一度で良いからあの人の心から安らいだ顔が見たかった。そんなに申し訳無さそうな顔をしないで。誰もあなたを責めたりはしないから」

 馬鹿な人、「贖罪」の二文字に心を縛られた可哀想なほどに優しい馬鹿な人。

 葎花も手を合わせた。涙をこらえながら。


 夏芽、剣舞の大会で優勝。その後、幸せに生きる。

 真、中学・高校を首席で合格。その後、幸せに生きる。

 弥生と相楽、相も変わらず幸せに生きる。


「約束したんです。万月さんと」

「約束?」

 葎花は目を閉じた。そして晴天を仰ぐ。

 この広い空に眠る満月への供花。

「まだ夢を叶えていない。この世界にはまだ私よりも優しい人がたくさんいる。だから……」

 虹がかかっていた。悲しい雨が振らなければ決して咲かない鮮やかな七色。

「生まれてきてよかった。今ならそう言える。私は……この世界が大好きです」

 葎花は百合流のほうを振り返り、そして、微笑む。そして、願う。

 全ての生命が互いに憎しみ合うこともなく、ただ穏やかに愛し合えるように。


           完


 

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満月への供花 @shizunawakui

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