お弁当

十四たえこ

弁当

 「一緒に、ご飯食べよ」

 保科瑞季が近寄ってきたのは突然だった。

 いいけど、と引け腰に応じると、保科はオレの手をつかんだ。

 女の子と手を繋ぐのなんて小学生以来だろうか。思春期に差し掛かってからはトントないことだった。

 保科瑞季は友達の少なそうな女の子だった。対してオレも友達が少ない。いないとは言わないが。

 連れ出された先は音楽室で、吹奏楽部のやつらが集まって食事をしていた。昼休みになると散り散りに散っていくのでみんながどこにいるか知らなかったが、部の活動場所というのも一つの場所なのであろう。

 保科は吹奏楽部なんだな、とオレはそこで初めて認識した。吹奏楽部の連中はオレをちょっとおもしろそうに見て、わかったような顔をして自分たちの話に戻った。

 「ちょっと待って、おれ、昼飯買わなきゃ」

 「二人分あるから。あげる」

 オレの弁当を女の子が?

 「弟の分なんだけど。今朝、作ったんだけど、今日休むっていうから。余らせてもと思って」

 言い訳がましいその態度。それで話したこともないオレに弁当を差し出そうという気になるだろうか。オレのこと好きなのかな?と話しかけられた瞬間から頭を渦巻いてた疑問を胸中で言葉に落とす。

 「ありがとう」

 もごもごと返事しながら、差し出された水色の巾着袋をあける。少し年季の入った、幼稚園から使っていたんじゃないかというようなほんのりと黄みがかった色合いだ。黒い箱に透明な蓋のついたシンプルな弁当箱。水滴に曇るその弁当箱の半分には白いご飯が、もう半分には黄色と茶色、緑と赤ががみえる。ケチャップらしき赤も蓋の裏に見えるので、ハンバーグかもしれない。愛らしいもののない日常的なそっけなさに、弟の分、というのが嘘ではなさそうだなと感じる。

 「弁当ひさびさだなぁ。オレ、いつも買い食いだから」

 白々しく、緊張を紛らわせながら話をすると、うん、と知ってるようにうなずいた。「晴れてると、そこのベンチで食べてるでしょ」

 窓から指差された場所はたしかにいつもの休憩スポットだった。日当たりも悪く、人通りが少ないため、寂しい昼食だと思っていたが人に見られていたとは。恥ずかしさがこみ上げてくるが、知られずに昼飯を食べる姿を見てるだなんて、やっぱり気があるのだろうなとしみじみと思う。浮いた話など自分に降りかかるとは思っていなかった。

 保科とはこれまでろくに話したことはないが、吹奏楽部で、兄弟の分のお弁当まで手作りしていて、さりげなく手を繋ぐことのできる、おもいのほか人間関係に積極的な女の子であることがわかった。好きになるには十分だ。というか、一言二言だって好きになれるので、ここまでくればもう好きだと言って差し支えない。

 それはそうとして、お弁当をあける。

 蓋につくほどつめこまれたご飯、卵焼き三つ、小ぶりなハンバーグ四つ、ほうれん草のごまあえ。ミニトマト二個。ご飯のすみには昆布がそえてある。

 普通だ。

 ちょっと感動していた。弁当のない生活を送っていただけに、家庭的を絵に描いたようなお弁当に憧れがあった。なにも不幸な家庭環境というわけではないが、弁当だけは用意されない家庭であった。

 早速ハンバーグを食べてみる。ご飯も一口たべる。

 うまい、というほどでもない。普通。しかし、普通というのはうまい。

 「うまい」

 ちらっとオレをみて、うなずいた。いただきます、とおなじくらいの感じで捉えているようだ。この感動をもう少し伝えたかった。

 「料理できるの、すごいよ」

 面食らったような顔をされる。

 「料理なんてもんじゃないよ。そんな、ちょちょっとしたもん」

 ちょちょっとした。変な言葉だけど、こんなものはチョチョイなのだろう。

 「二十分もかかってないんじゃないかな。玉ねぎ切るのが、ちょっと手間なだけだし」

 たまねぎ。どこに入ってるのかと思えば、ハンバーグだろう。

 「気にしないで、弟の分だし」

 まじまじとハンバーグの工程を想像しているオレに、彼女はミニトマトのヘタをとりながら言った。

 料理って、簡単なんだ。言葉を素直に受け取って、オレは不思議な気がした。なんでこれまでやってこなかったんだろう。

 「今度、オレ作ってこようか?」

 「いいよ、そんなの」と、保科はなぜか笑いながら答えた。

 「なんでだよ」

 「そんなつもりであげたわけじゃないし。なんか、お礼とかいらないし」

 お礼、言われて初めて気づいた。何かお礼をしたほうがいい。当たり前だ。しかし、発言したときそんなことは考えてなかった。ただ、憧れを抱いてしまった。だから、もう作ることに決めたのだった。それなら、別に作ってきてあげることなども必要ないのだ。

 次の日、一緒にご飯を食べようと言ってくれることを期待したが、昼休み早々に保科はいなくなっていた。弟の分の弁当箱も持って行ったから、弟に届けに行ったのだろう。

 想像するに、弟は朝練でもあったのだろうか。それであとから弁当を持っていく。

 そういえば、母親がいなかったりするのだろうか。そんなヘビーな話は想定していなかったが、弟の分の弁当まで作るのは大変だ。

 その日から保科のことが気になって仕方がない。保科が弟の弁当を作って持ってきていることを知っているのは、このクラスに何人いるだろう。友達と飯を食べてるところを見たことがない。

 とはいえ、吹奏楽部なのだ。知らなかっただけで、それなりに友達はいることだろう。音楽室でご飯をたべる。

 なんの楽器を吹いてるのだろう。

 仲良くなりたい。

 これが恋なのか。と、普段抱かない感情になれない名前をつけてみたが、恋というほど甘いときめきではない。なんだか気になる。どんどん気になる。一回お弁当を恵んでもらっただけですっかり虜だ。

 一人でパンを頬張る。音楽室の窓に目をやる。外を覗く気配はない。あっちは座ったまま見れるが、こっちからでは何も見えない。

 気まぐれだったのだろうか。話しかける勇気がなかなか出ない。話題がない。そうだ、料理をしてみるのだった。

 次の日、朝台所に立ってみたが、何をしていいかわからなかった。スマホで調べていると、気がつけば登校の時間だ。帰りしな、スーパーに寄って冷凍食材を買った。

 そして翌朝、ついに弁当を完成させた。

 キッチンを漁って、タッパーを見つけ出し冷凍のハンバーグをあたため、冷凍のおひたし、えだまめをパッケージにあるようにそのままいれ、ミニトマトをそえた。ご飯を詰め、梅干しを乗せる。ふりかけも一緒だ。これで、俺の昼ごはんは完成だ。あっという間だった。弁当は、たしかに簡単かもしれない。

 弁当、作ってみたんだよね。

 話しかけるシミュレーションをしてみる。なかなか難しい。お返しに手をつかんで連れ出すということも考えたが、さすがにいきなり女の子の手をつかんで動き出すことはオレにはむりだ。悲鳴をあげられたら終わりだ。というか、そうじゃなくても勇気がない。振り払われたら、とかじゃない。ただ、そんなことできない。

 最悪話しかけられなくてもいいだろう。オレは、弁当を作ったのだ。

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