第6話 回想・これは《こんなこと》です

 クリスタは授業でもしばしば、


『よく見るとキミ、なかなか良い体してますね』


 などと生徒に対して艶めかしい視線を向けたり、卑猥な発言をしていた。

 だから服を脱げと言われた時も、また趣味の悪い冗談だと思った。


 しかし、クリスタは本気だった。


 ためらいも恥じらいも見せずに、彼女は上から一枚、また一枚と衣服を石の床に落としていったのだ。


 クリスタは長身でスタイルも良い。

 日頃から胸の谷間を横目で盗み見る男子生徒は少なくなかった。


 そんな彼女が目の前で脱衣している。

 男なら目が離せなくなって当然の状況だ。


 クリスタの一挙手一投足に生唾を呑み込んでいた男子生徒たちをよそに、女子生徒から悲鳴にも似た非難が殺到した。


『ちょ……っ! 教官、なにやってんの!』

『服! 早く服着てください!』


 するとクリスタは意に介した様子もなく、上半身に着ていた最後の一枚を手放しながら平然と言った。

 胸部の立派な両丘が、ぷるんと弾力を持って揺れる。


『みなさんこそ、なにをグズグズしてるんですか。私は服を脱いでくださいと言ったはずですよ?』


『理由を、せめて理由を教えてください!』


 訴え出たのは特に真面目な女子生徒だった。

 日頃から法を重んじ、規律を守っている彼女には到底、許容できる状況ではなかったのだろう。


『効率がいいからです。自分のなかに宿った色を知るためには、自分自身を深く見つめ直さなければなりません。自分は何者なのか。自分はなにをしたいのか。それを心の奥底にいる、もう一人の自分に問いかける……そんな作業なのです』


『それと服を脱ぐのに、どんな関係があるんですか!』


『服には、それ自体に色があるでしょう? 自問自答は繊細な作業です。自分に宿った色と異なる色を身に着けているだけでも集中できないこともあります。べつに私が裸を見せたいとか、男子の裸を見たいとか、そういうのは微塵もありません。いえ、ほんのちょっとはあるかもしれませんが……』


『ふざけないでください! だいたい、裸になったほうが集中できないわよ!』


『裸を見られるのが、そんなに嫌ですか?』


『当たり前じゃない! こっちにそんな趣味はないのよ!』


『だったら学園を去ってもらって構いませんよ』


 クリスタの口調は決して強くない。

 それでも冗談で言っていないのはわかった。


 同じことを抗議していた女子生徒も感じ取ったようで、彼女は大きくよろめいた。


『え……? 学園を? 教官、なに言ってるんですか……?』


『あなたはきっと《こんなことで》と思っているんでしょう。たしかにこれは《こんなこと》です。これくらいのことができなければ騎士なんて務まりませんよ』


『横暴だわ! 理不尽よ!』


『横暴、理不尽……そんなものは世の中にいくらでもあふれています。もちろん、騎士の世界にもです』


『こんなこと許されるわけないわ! みてなさい! お父様に言いつけて、あなたのほうを学園から追い出してやるんだから!』


 そう叫んだ女子生徒は勢いよく討闘技場から出て行った。

 すぐに彼女の後を何人もの生徒が追いかけゆく。


 残ったのは六十七人だけとなった。


 驚いた様子もなく、落ち着いた声でクリスタが言った。


『五十人以上も残りましたか。なかなか優秀ですね。それでは、授業を再開しましょう』


 これは後になって知った話だけれど、授業の方法は担当教官に一任されているらしい。

 つまり、裸にさせられたのはクリスタが担当を務める年だけだったのだ。


 けれど、それは学園が教官に与えた権利の範囲に収まる出来事でしかない。

 クリスタが学園を追い出されることも、この一件が問題になることすらもなかった。



●○●○



 闘技場で全員が裸になって瞑想するという異様な光景は二ヶ月間ほど続いた。


 そのなかで一番に自分の色を知ったのはトオルだった。


 自分の色を知ると髪などの体毛や瞳、もしくはその両方が自身に宿った色に変わる。

 そう事前に説明を受けていた。

 なのに、トオルには変化が一切みられなかった。


 理由をクリスタが説明した。


『ヒヅキ君の彩能は透明でしたね。珍しい色です。私も初めて聞きました。ヒヅキ君の体に変化が見られないのもそのせいでしょう。彩能で変色すると言っても、実際は髪自体の色が変わるわけではないんです。元の色に彩能の色を重ね塗りする、と言えばわかりやすいでしょうか。なので透明なヒヅキ君には目に見えて変化がないんです。透明を重ねても元の色が透けて見えるだけですからね』


 説明を聞いたトオルの内心では狂喜が乱舞していた。


(あの騎士が言っていたとおりだ! 俺には特別な力があったんだ!)


 この時までは信じていられた。

 うかれていられた。



○●○●



 全員が自身の色を知り、次の段階に進んでも瞑想は続いた。

 今度は制服の着用を許され、みんな心の底から歓喜した。


 真っ先に自分の色を知ったトオルは楽観していた。


(俺にはすでに力があるんだ。あとは、それを自覚すればいい。楽勝だな)


 しかし現実は、トオルの思惑どおりにはならなかった。


 一人、また一人と、同級生たちが彩能を目覚めさせていく。


 一学年中に彩能を発現させられなかったのは、トオルだけだった。



○●○●



 そんな状況は授業内容が様々な武器の扱いを学ぶ二学年に進級してからも続いた。


 この頃のトオルには、まだいくらかの余裕があった。

 大丈夫。四年あるうちの、まだ二年目だ。



●○●○



 授業内容が木剣や木槍での戦闘訓練が主体になる、三学年。


 やはりトオルは彩能が使えないままだった。


 現実に押しつぶされないよう、自分に言い聞かせた。


(いやー、まいったな。でも俺は追い込まれてから本気になるタチだからさ。だからほら、そろそろ本気を見せつけてもいいんじゃないか?)



○●○●



 戦闘訓練が本物の武具を用いた模擬戦闘訓練になる、最終学年の四学年。


 至極当然のようにトオルの彩能が目覚める気配はなかった。


 さすがのトオルも、ここまで追い詰められると開き直ることも言い訳する余裕もなくなっていた。

 ただただ、周囲から取り残されている現状に恐怖した。



●○●○



 そして年が明け、騎士選定試験が目前に迫る本日。

 トオルは、あのような暴挙にでたのだ。


『スカートの中を見せてください!』


 それもこれも、すべては――。

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