第3話 回想・キミは二つの道から選ばなくちゃならない
ドーランド大陸。
四方を海に囲われた島には、大小様々な国々が点在する。
三桁にも及ぶ国々の中でも人口が三十万を超える国が四つあった。
いわゆる四大国だ。
その一つ。
トオルが暮らすルビス王国は、季節の寒暖がはっきりとしたドーランド大陸西部地方のほぼ中央部に位置している。
ルビス王国は、騎士の国としても有名だった。
騎士とは職業の名称だ。
犯罪者を捕縛し、外敵の恐怖を退け、困っている人を助ける。
ただ強いだけでも、ただ優しいだけでも務まらない。
三年間続いた内戦を終えられたのも騎士の働きが大きかった。
強くて誇り高い、慈愛に満ちた騎士の雄姿は国民にとって希望の象徴であり、子供の、とりわけ男児にとっては羨望の対象だ。
男なら一度は騎士に憧れる。
トオルも幼い頃は騎士に焦がれ、騎士になれると信じていた。
けれど《貧乏な家の子供は騎士にはなれない》という現実を知り、真っ二つに折れた心が戻ることはなかった。
あの日までは。
内戦が終結した年。
その年の秋に、十歳になろうとしていたトオルはカレンの家――サクラノ家に引き取られた。
引き取られてからひと月も経たない、ある日。
一人の男性がサクラノ家を訪ねてきた。
赤色のマントを羽織った男性は、自分は騎士だと名乗ったあとで告げた。
『キミがトオル君、だね。キミには特別な力があるんだ』
身に覚えのないトオルに、男性騎士はゆったりとした穏やかな口調で続けた。
『本当なら、その力は訓練を受けないと使えないモノなんだ。でも、なかにはキミみたいに訓練なしで力に目覚める人が稀にいる。だけどね、その力は危険でもあるんだ。誤った使い方をすれば、この前みたいに酷いことがまた起こるかもしれない』
そこで一息つく。
トオルが何も言わないでいると、
『だからトオル君、キミは二つの道から選ばなくちゃならない』
男性騎士は、ここからが本題だとばかりに眼力を強める。
それから右手の指を一本立てて言った。
『一つは、力の使い方を覚える道。王立サンドラ学園で騎士を目指すんだ。学費なら心配しなくていいよ。騎士の推薦があれば免除されるからね』
男性騎士が二本目の指を立てる。
『そして二つ目は、力があったことを忘れて、これまでの穏やかな生活に戻る道』
男性騎士が右手を下ろし、真剣な眼差しのまま続けた。
『この二つの道。どちらかを選んでもらわなくちゃならないんだ。今すぐに答えを出せとは言わないけど、そんなには待てないよ。そうだね……十日。十日後までに答えを出してほしい。もしそれまでに答えが出ていなかったら、二つ目の道を勝手に選ばせてもらうよ。力のことは綺麗さっぱり忘れてもらう』
初めてトオルは質問した。
記憶を忘れさせる、その方法を問うたのだ。
『少し記憶をいじらせてもらうんだ。ああ、そんなに怖がらないで。記憶をいじると言っても頭を割って脳味噌をいじるわけじゃないから。痛みもないし、一瞬で終わる。世の中には、そういうことの出来る力があるんだ』
長々と説明されてもトオルには実感がなかった。
まるで意味がわからなかった。
トオルには、男性騎士が言う特別な力を使った覚えがなかったからだ。
そうしてトオルに自分が特別だという実感が湧かないまま、約束どおり男性騎士は十日後にサクラノ家を再訪した。
『トオル君。答えは、出たかな』
『ぼくは……騎士になりたい、です』
自分に特別な力があるとは信じられない。
だけど憧れて、焦がれた騎士になれるかもしれない。
その可能性が、すっかり諦めていたはずの夢に灯をともらせた。
『騎士はキミが思ってるよりも大変な仕事だよ? それでも目指すのかい?』
『はい!』
『勘違いしてるかもしれないけど、学園に入学したからって全員が騎士になれるわけではないんだ。それでもかい?』
『それでも、です!』
『学園では生まれ持ったモノの差を感じることになるよ。血筋や素質……そういった、努力ではどうしようもない理不尽な違いに直面する。それでも、行くのかい?』
『はい、行きます!』
『わかった。だけど王立サンドラ学園には他の学校とは色々と違った決まりごとがあってね。新入生は三年に一度しか取らないし、十歳以上しか入れないんだ。だからトオル君が入学するなら……今から二年後、かな。それまでは、できることを頑張ってね』
『二年後、ですか。わかりました』
『でも正直よかったよ』
と、男性騎士が笑顔を見せた。
『なにがですか?』
『ここだけの話、内戦で騎士の数もかなり減ったからね。トオル君みたいに強力な力を持った人材は大歓迎だよ』
そう言って男性騎士が隣の部屋を見やる。
視線の先には、茜色の髪をした女の子がベッドに座っていた。
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