197話 俺の時とは違う



 食堂のドアをノックして声掛けののちに入室。皆がテーブルを囲んで腰掛け、不安げにこちらを見ている様子が無性に懐かしい。でもきっと、俺の自己紹介の時とは違う雰囲気になるんだろう。ちょっと楽しみかもしれない。



 テーブル横まで行って、皆を見回した。


「今日の予定は、自己紹介の後で雑談して、そのまま昼食。午後は自由。アピラ様はこの時間に荷解にほどきなどどうでしょう? 夕飯時にはまたお声掛けするので、集合をお願いします。明日以降の予定も俺が組んで連絡します」


 今日はあらかじめミロナさんの予定を合わせて貰ったので、昼食の準備を心配せずに済む。今もキッチンにはテキパキと料理に励む彼女の姿が見える。



 小柄なアピラ様の顔を覗き込んだ。


「簡単に自己紹介をお願い出来ますか」

「承知いたしましたわ!」


 精力的な返事に皆が身じろぐ。分かるよ。



 彼女は、今日は丈が長めのスカートを少し摘んで広げて見せ、可憐なお辞儀を披露した。


「ゼフキ北区伯爵ロデュセン家の長女、アピラと申します。皆様、わたくしの人生に自由を取り戻して頂いた事、心より感謝申し上げますわ。この度、社会復帰に向けた学びの機会を頂戴致しましたので、互いにとって有意義な経験となるよう努めます! どうぞ仲良くして下さいまし」


 カルミアさんが「伯爵か」と呟き、怯えていた筈のウィルルは「可愛い……」と釘付けになっていた。


 社員の紹介に移ろうとしたが、彼女が俺と皆を見回して笑顔を振りまいた。


「一つ皆様にお願いがございますわ。わたくしに対しての敬称と敬語はご遠慮下さいまし。互いに気兼ねなくお話したいのです。お願いしますわね」


 ログマがケッ、と不穏な反応をした。お前は悪い意味で安定だな。


「ご自分はガチガチのお嬢様言葉なのに、平民の敬語は外させるんですのねー。やりづれえですわー」


「あぁ、わたくしのこの言葉使いは趣味ですわ。お気になさらないで下さいまし」


「趣味ぃ……?」



 ログマが奇妙なものを見る目で黙った隙に、流れの主導権を引き戻した。


「よーっし! アピラ様――アピラ、ありがとう! じゃあ次は女性達から! 名前と……何か一言!」


「何かって何よ……!」


 文句を言いながらも一番手をになってくれるケイン。


「ケインです。えーっと……女性の少ない会社なので、こんなに可愛らしい人が来てくれて嬉しい。楽しんで貰えるといいな。仲良くしてね」


 優しく微笑んでみせるケイン。高揚した表情でコクコク頷くアピラ。流石、うちで一番の社会性の持ち主だ。



 誰にも促される事なくウィルルが口を開いたのは意外だった。


「あ、あの! 私、ウィルルです! 私もアピラちゃんすっごく可愛くてお人形さんみたいって思う! あのね、ケインちゃんはすっごくオシャレで、私も可愛いものが好きだからね、三人でお茶会とか、してみたいなって……楽しみです! ……えと、終わり!」


 たどたどしくも好印象全開で話す彼女に、アピラもまた好印象を持ってくれたようだった。


「ええ、ぜひ! 嬉しいお誘いですわ」


 ウィルルはケインの袖を握ってワタワタとはしゃいだ。繊細な彼女だが、アピラの応対には悪い感情が見えなかったのだろう。女性達が上手くやっていけそうな事に、ひとまずほっとした。



 さて、やばいのは後回しだ。

「じゃあ、次は……」


「俺か、りょーかい。カルミアです。社歴も人生も長めだから、若者は怖いでーす。優しくするから、俺にも優しくしてね!」


 アピラは可笑しそうにくすくすと笑う。年齢を強めに意識しているらしいカルミアさん。歳下からすると凄く話しやすいのにな、と思う。まあ俺も既に十代の子と接するのは不安だし、色々気を遣ってくれてるのか。今更気付いた所で、だが。



 最後に残ったログマに、平和への祈りを込めた目線を向ける。彼は口の端を歪めて返事をした。


 案の定、祈りは棄却ききゃくされたらしい。


「ログマだ。とにかく金に困る環境で育った。だから裕福な貴族様の頭の中が全く分かんねえ。わざわざこんな所に来て『学ぶ』だなんて、社会科見学か? 見下してんじゃねえ。信用できねえなァ」


 否応なしにピリつく空気。嫌な懐かしさだ。


 アピラは指先を口元に当てて少し考えた後、温和に話し出した。


「うーん……なら、無理に信用して頂かなくても結構ですわ」


「えっ……!」


 驚きの声は俺。ログマは無言で眼差しを鋭くした。だがアピラは何でもないように続ける。


「仲良くして下さいと申しましたが、強制するものではございませんわ。ご気分を害したこと、お詫び申し上げます」


「おい! 勝手に話を終わらせんな!」


「ログマさんは強い言葉をお使いになりますね。私と同じく、ご趣味でしょうか。でもちょっと怖いですわ。お話を続けたくなくなってしまいます……」


 俺は仲裁ちゅうさいも忘れて感心していた。彼女はログマの喧嘩腰に対抗するでも傷付くでもなく、正々堂々と回避したように見える。やはりこの人は俺の理解の外にいる……!



 ログマもまた怒りを引っ込めて、困惑の表情を浮かべていた。そして暫し顰めっ面で目を伏せて考えた後、腕と脚を組んでため息をついた。


「……悪い。攻撃性の高さと制御は、俺の課題だ。言葉を選び直すが…… 金持ちや貴族とは無縁だったからか、目立った理由もなく気分が悪い。だが……まあ……こうなったからには仕方ねえから、上手くやりたいとは、思ってる」


 アピラはふふ、と嬉しそうに笑った。


「それを聞けて良かった。もう嫌われてしまったのかと思って悲しかったですわ」


 小さく舌打ちして決まり悪そうな顔をしたログマ。相手の対応のお陰もあるだろうが、彼も以前より随分と自分を制御出来ているような気がする。相変わらず態度は悪いが。



 ――入社当時の俺も、アピラの見本を見ていたら同様に対応出来たのかな。真似するだけなら……いや、それでも出来ない気がする。何故だろう……。



 気を抜くとすぐ考え込んでしまう。ハッとして、女性達の隣の空席を指し示した。


「挨拶は全員済んだし、座ってくださ……れよ」


「ええ! そうさせて頂きましょうか」



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