26章 温故知新
195話 ウザい男
まだ定時内だったが、帰社した頃にはもう陽が落ちていた。
俺は、真っ先に上司達に報告と
レイジさんは、眼鏡を外して目頭を揉む。
「減給していい?」
「それはちょっと嫌です……」
「嘘だよ。まだ不利益も出てないし。だが、時期がなぁ。上手く違う落とし所を見つけて欲しかったなあ」
「うう、ごめんなさい……」
ダンカムさんも苦笑していたが、言葉選びは優しかった。
「すぐ相談に来てくれてありがとうな。避けられなかった結果だと思うから仕方ないさ。それに、上手くいけばルークのためになる事なんだろ? 良い結果になるように一緒に考えて対応していこう」
レイジさんも足を組み直しながら頷く。
「うん、だな。防衛団と貴族の機嫌を損ねずに要求を突っぱねるなんて俺も自信ねえし、一人じゃちょっと重い仕事だよな。ははは」
俺は本当に上司に恵まれている。病気だけじゃなく、俺と言う人間を理解し支えてくれるんだから。
深く頭を下げた俺に、レイジさんが尋ねる。
「で、そのアピラ様が来るのは三日後だっけ?」
「はい。契約は後追いでもいいからと、至急の対応を望んでおられて」
「了解。――ダンカム、個室六番ってすぐ入れたよな」
「うん。あとは僕が明日明後日で生活周りを整えとくよ」
「頼んだ。滞在に関する取り決めは俺がやる」
メンバーを集めて共有したのは翌日の朝食後。これはお前の仕事な! とレイジさんに晴れやかな笑顔で言われた。
彼らは上司達と違って容赦がない。文句の瞬発力はやはりログマがダントツだった。そして一番グッサリと心に刺さった。
「何をどうしようと、ルークは俺に不利益をもたらす。よーく分かった。恩を
ケインも顔色と表情が良くなかった。
「不安だな。悪い人じゃないみたいだけど。私達、環境の変化に弱いとこあるから……」
カルミアさんはなんか笑ってた。
「二十三歳の女の子だっけ? 俺の約二分の一だねえ。あっはっは! 悪いけどおじさんは見守りに徹するよ!」
ウィルルは半泣き。
「学園で同じクラスだった貴族の女の子、意地悪だったから、怖いな……私、
俺はもう、ただ頭を下げ続けるしかない。
「皆、本当にごめん。元々、俺が過去を精算できてないせいなのに、下手な立ち回りでこんな迷惑を掛けることになった。全部俺のせいだ。詫びようがない……。それでもこうなったら、俺だけじゃどうしようもなくて。皆に協力を頼みたいんだけど……やっぱダメかな……」
俯いてボソボソと懇願した俺に、真っ先に返事をしたのはまたもログマの声だった。
「まだその段階の話をしなきゃいけねえのか? やる前提で文句を言ってるんだが」
キツい口調に身構えていたから、内容に驚いて顔を上げた。ログマは酷く不機嫌な顔で頬杖を付いている。聞き間違いかな。
「やる、て言ったか……?」
「あぁうぜえ。俺がダメって言えば断りに行けるのか? お前」
「……断ってみるよ」
「いーや無理だね。そもそもが、その場で精一杯断った末に敵わなくて敗走して来たって話なんじゃねえの?」
「ぐ……何で分かんだよ……」
カルミアさんが苦笑した。
「ログマの言い方は意地悪いけどさ。俺達全員、最初から協力するつもりってところは合ってるよ。ね?」
他二人も頷いて見せる。狼狽えてしまった。
「あ、ありがとう……いいのか……? なんで……」
またログマから「ああークソうっぜえー!」という声が上がった。カルミアさんとケインも顔を見合せ、くすっと肩を竦める。俺、そんなにウザいかよ……。
ウィルルが怪訝そうに答えてくれた。
「皆、私のために大変な思いをしながら犯罪グループをやっつけてくれたよ。ルークのための事でも一緒だよ!」
そしてハッと顔を輝かせて無邪気に言う。
「あーっ、分かった! ルーク、皆に『仲間だから助けるよ』て言って欲しくなったんだ! 寂しがり屋で心配性だもんね!」
こっちは真っ赤である。
「違ぇよ! すごく迷惑だから断られて当然だと思ってたの!」
「え……? ルークが『恩と迷惑を貸し借りしてやってくのが仲間』て皆に教えてたんだよ。なのに訊くのは不安だから、でしょ。……私、今回は間違えてないと思う……」
一瞬考えた。そして蘇る大恥の記憶。入社したての頃、皆を集めて鬱憤晴らしの説教をした時、ログマに言った内容。随分前の言葉を投げ返してくれたものだな。急所に当たったよ。
「確かに言いましたー! 間違えてません! よく覚えてるな畜生! そしたら今の俺、確かにウザいわ! 皆さん本当にありがとうございます! 以上!」
「あははは! なるほど、欲しがるねぇ。大事なナカマのお願いを断る訳ないデショー。これでいい? もっと?」
「くうう! やめろ! 恥ずかしすぎる!」
俺の醜態に、皆が楽しそうに笑う。それが落ち着いた時、ケインがおずおずと言った。
「……カルさんがこういうノリで雰囲気を柔らかくしてくれた事、何度もあるよね。なのに昨日は、すごく嫌な言い方しちゃった。ごめんなさい」
カルミアさんは柔らかく笑った。
「いいよ。俺の方こそ、嫌な思いさせて申し訳なかったね。何も考えずに喋ってた。寝たらスッキリしたし、もう水に流そうよ。俺は無神経で適当だからさ? あっはっは!」
「ちょっ、やっぱり気にしてるよね!」
「あぁごめん、冗談。ネタに出来ちゃうくらい、気にしてないし怒ってないってこと。でもこれからは、ぶつかる以外の甘え方が出来るといいよね、お互いにさ」
「……うん、そうだね。ありがとう」
いつもの二人らしい和解と微笑みに、ほっと胸を撫で下ろした。彼らを見守る他の二人の表情も仄かに温かい。
不安が和らいできた。想像に怯えてたって仕方ない。目の前の問題に一つ一つ向き合って、最善を尽くしていくんだ。そうやって、皆で闘ってきたもんな。これ以上元気の出る肯定は無いと言ってもいい。
「よーし、やるぞ! まずは食器洗いだ!」
わざとらしい気合いの入れ方を茶化してもらいながら、久々に全員で朝食の片付けをした。こんな事を言ったらまた笑われるだろうけど、水が冷たくて代わる代わる悲鳴を上げることすら楽しいと思えるのが、嬉しかった。
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