194話 聞かせて頂きましたわよぉ!



 この話に防衛団は絡まないのだから、勝手に話をまとめないで欲しい。そういう顔を向けたが、エバッソさんは堂々と俺を諭すように言う。


「ルーク君。このまま不安を抱えた生活が続くと君達にも良くないだろう。リスクを負うべき時なんじゃないか」


「元々リスクまみれの俺達だから怖いんです! 共倒れになったらどうします!」


「自信を持ちなさい。『君達の力を見出し、ロデュセン家の救済へと導いた』のは他ならぬ私だ。君達ならば悪い結果にはならないと保証するよ」


 俺達をエサに無責任な言葉で自分の好印象を稼ぐな! 額に浮いた青筋が前髪で隠れている事を祈りながら、逃避に方針転換した。


「い、一度持ち帰って上司に相談――」


「ルーク君には現場責任者の権限があるだろ? それにレイジ取締役は、契約と金の話さえ整えれば現場の意思を尊重してくれる良い上司じゃないか」


「………………そっすねー……」


「使用していない社員用個室が一部屋あるだろう、そこを貸してくれ」


 クッソ! ウチの事よく知ってんな! 確かに社員用個室は六番まである……!



 助け舟を出してくれたのはジャンネさんだ。


「――アピラ様にお会いさせて頂けませぬか」


 お母様が不安げに返事をする。


「出来るとは思うわ。でも、なぜかしら」


「皆様がイルネスカドルさんにお嬢様をお任せしたいと思えたのは、先日の報道に併せ、この場でルークさんの善良な人柄を確認できたからでしょう。ルークさんもまた、アピラ様と話すことで安心できると思うのです」


 待てよ? 会った上で辞退するなんて失礼な選択肢は無いも同然。助け舟どころか退路を断たれたか?


「……もっともな話ね。では、本人に確認して来ますわ」



 お母様が椅子を引いた時、応接室のドアが勢い良く開いた。



「話は聞かせて頂きましたわよぉ!」



 明るい声と共に颯爽と現れたのは、可愛く活発な印象のドレスを着こなし、淡い紫色をしたウェーブの長髪と黒い瞳を持つ若い女性。



 彼女は呆気に取られる俺達の机の横まで来て、膝丈のスカートの裾を摘んでお辞儀して見せた。


「皆様ごきげんよう。ルーク様、初めまして。アピラ・ロデュセンと申しますわ」


「あ、えっ……ごきげんよう……? 初めまして……」



 彼女は腰と胸に手を当て、豊かな胸を張ってえっへんと自慢げなポーズを取って見せた。


「私はこの通り! 活力に満ち溢れた心身ですわ! 人柄については、既に私の愛する家族が絶賛致しましたから充分でしょう! その期待を裏切らぬ事を誓いますわ!」


 そして彼女は一番下座――最も近くの俺の手を取り、小さな美しい顔を寄せて来る。揺れた髪から良い香りがした。


「ね、ルークさん。私、貴方達と良い友人になれると思いますの。学びに行かせて下さらない? 互いに実りある時間となるよう善処致しますし、ゆくゆくは貴方達の邪魔をする不届き者に鉄槌を下してご覧に入れますわ」


 丁寧で独特な個性に圧倒され、俺の頭が過負荷を訴えている。言葉は何も出てこない。



 ゼアナクス様がため息をついて尋ねる。


「アピラ……どこから聞いていたんだ」


「最初っから全部ですわ!」


「……やれやれ。止めない執事達も大概だが」


「聞いていれば、私が同席していても問題ない話だったじゃないですの。変な気遣いは逆に意地悪ですことよ」


 ぷいと兄から顔を逸らした彼女は再び俺の目を見つめる。彼女の大きな瞳が俺には眩しすぎて失明しそうだ。



 快活な彼女が次に放ったセリフは、俺の心に刺さった。


「ね、ダメかしら? ――貴族としての『普通』から一度外れた私が、元に戻された今、どう生きていいか分からないんですの……。助けて下さいな」


 言われると突然、彼女の指先の氷のような冷たさが気に掛かり始める。若干オーバーな印象を差し引いても、切実な願いだと分かって同情してしまう。気弱な仕草、甘えるような声、ほっとけない表情。絵に描いたように可愛い。コイツ、強い……!


 周りの人々は俺以上に心を揺さぶられていた。ジャンネさんが真っ先に身を乗り出し、燃え上がる正義感を口にする。


「ルークさん! この無辜むこの民の純真なる願いを無下にすれば、正義の戦士としての名がすたるというものだぞ!」


「べっ別に俺、正義の戦士じゃ――」


 俺の反論を待たずに父母が嗚咽を漏らす。お父様が熱い言葉で娘に追従した。


「ううっ、私が代わってやれるなら……! 改めて頼む、心的外傷を力に昇華し救済をもたらす光の戦士よ! 我が娘に平穏な未来を!」


「うん? な、何て? 俺達も救済されたいくらいなんですけど――」


 気弱に言い返しても、周囲の変な盛り上がりに掻き消される。正面には上目遣いで俺の手を握るいたいけなご令嬢。


 勝ち筋がないと気付いた俺は、顎から音がするくらい強く歯を噛み締めた後、ヤケクソで屈服を宣言した。


「こっ……この度賜りました類稀たぐいまれなるご縁を……共存共栄の未来へと繋げるため……! つつしんでお受け致しましょう!」


 俺はこれ以上なく苦い顔をしていたと思うが、周囲からはわっと歓声が上がった。



 アピラ様はメイドが速やかに用意した椅子に落ち着き、彼女を中心にどんどん話が纏まっていく。その中でガノンさんだけが俺に苦笑を向け、小声で呟いた。


「なんか……苦労するように出来てんね……」


「そう思うなら助けろよ……」


「ちょっとこれは無理っしょ……愚痴とか相談ならいつでも付き合うからさ、なんとか踏ん張って……」


 頭の中を駆け巡る膨大な不安になぶられながら、ガノンさんとはなかなか良い友達になれそうだという微かな希望だけを握りしめ、呆けていた。


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