191話 愛に溢れた家族
かくして道中の歓談はエバッソ副長との読み合いから始まった。
「ルークさんはロングソードが大層お得意だと聞きました。出身はロハ市なのでしょう? ご病気もありながらどうやってその腕前を?」
「……指導者や環境に恵まれた、それに尽きますよ。と言っても田舎の凡夫に過ぎません。因みに、エバッソさんのメインウェポンをお伺いしても?」
「あぁ、私は色々齧りましたが、最近は専ら片手剣と盾ですね。仕事に合わせて色々試してます。この歳になれば前衛を張ることは随分減りますがね。ははは」
「おお、努力とセンスの賜物じゃないですか。俺は同じ長剣でも重さや長さが変わるだけで自由が利かなくなりますから、憧れます」
「おや……光栄です。普段そんなに褒められることは無いから、ちょっと気恥ずかしいね」
「確かに歳と共にあまり口に出さなくなっていきますよね。でも戦士たるもの、格上をリスペクトしてこそでしょう?」
こんな調子で適当に話したが、存外手応えは悪くなかった。流れは来ていると判断し、懐に踏み込む。
「うちの会社を守ってくれてたエバッソさんが強くて優しい方でよかった。今後とも頼りにさせて下さい」
少し最初より柔らかい笑顔が俺に向いた。
「ああ。俺も、気の良い若者と仕事ができて嬉しいよ」
気易いタメ口に移行されたな。狙い通り親しくなれたのだろうが好きじゃない。
後ろを歩くガノンさんがふっと笑ったのが微かに聞こえた。君は全て見通せちゃうし、その上で黙っててくれるよな。そんな気がしてた。
……ああ、ろくでもない。俺は、嫌いな相手と話す時の軽薄な俺が大嫌いだ。
しかし媚びを売った甲斐はあったようで、そこから雰囲気に一体感が出た。ここで知ったが、三人は既にアピラ様奪還の流れでロデュセン家の面々とは顔見知りだそう。
「俺だけ初対面ですか。少し不安です」
素直に零すと、エバッソ副長が意外な兄貴肌を見せる。
「話は俺が回すから任せなさい。君達の貢献も予め軽く伝えてある。スムーズに進むさ」
しばらく東へ歩き、高級住宅街に入る。集合住宅かと見紛うような大きな個人宅ばかりだ。背の高い街路樹と美しい建物が立ち並ぶ景観、静かな空気感に、独特の圧を感じる。
景色に慣れる前に目的地に着いてしまったらしい。上着を脱いで腕に掛けつつ、屋敷を見上げた。少し年季を感じる、上品なデザインの良く手入れされた三階建てだ。
エバッソさんの先導で挨拶し、執事らしき年配の男性に案内される。
「おかけになってお待ち下さい」
執事は恭しく礼をして去る。ごく自然に高級ソファーに腰掛ける防衛団メンバーに倣った。
間もなく、今度は若い女性のメイドがティーセットを運んできた。彼女がティーカップを配って去るまで、目線が宙に浮いて居心地が悪かった。
メイドを見送ってようやく息をつく。住む世界が違うと言う雰囲気を全身で感じている。
俺の緊張に気付いたらしい、隣のガノンさんが小声で笑いかけてきた。
「貴族も案外、話が通じる人が多いよ。ロデュセン家の人達は特に穏やかで優しいから大丈夫」
「う、ありがとう……堂々としてなきゃな」
やがてドアが開き、年配の男女と俺より少し年上くらいに見える青年が入ってきた。ロデュセン家一同であろう。
俺達はさっと立ち上がり、深く礼をする。代表として口を開くのはエバッソ副長だ。
「この度はお忙しいところ、
あちらもまた上品に礼を返し、淡い紫色の短髪と黒い瞳を持つ青年が代表する。
「礼を述べる立場でありながら足を運ばせてすまないね。恩人達と話をできる機会を頂いて、本当に嬉しいよ」
彼らが席に着くのを待って俺達も腰を下ろす。再び傍らに控えたメイドが紅茶を用意するのを待たずに、年配の男女が机すれすれまで頭を下げた。
「改めて、御礼を言わせて下さるかしら。本当に……アピラを助けてくれてありがとう……」
アピラ様の母であろう紫色の髪の女性の涙声に俺達は狼狽える。真っ先に声を掛けたのはジャンネさんだった。
「頭を上げて下さい。我々はこの国の平和を守る組織。当然の事です! むしろ四年も離れ離れにしてしまった事、お詫びさせて頂きたい」
エバッソさんが便乗する。
「我々もお嬢様の安否をずっと案じておりましたので、ようやく良い報告を出来て嬉しく思います」
温かい声掛けにご両親は頭を上げる。今度は父であろう銀髪の男性が話し出した。
「正直私達の方が諦めかけていたのだ。無事を祈ることに疲れ切っていた。我が家の宝物を取り戻せた実感がようやく湧いてきたここ数日は、まるで夢のようだよ」
顔が緩んでしまう。自分達の身を守るための戦いだったが、この愛に溢れた家族が共に救われたのだと思うと嬉しかった。ログマにも伝えなくちゃな。
エバッソさんの手が俺に向く。
「本日は、犯罪組織制圧を先導し、アピラ様の保護奪還に大きく貢献した者をご紹介させて頂きます。――ルーク君」
「はい」
会社に今更用意して貰った味気ない名刺を各々へ順に差し出した。
「株式会社イルネスカドルから参りましたルークと申します。本日は貴重なお時間を
深く下げた頭を上げたら、貴族の面々の驚いたような目線が一身に注がれており身体が強ばった。思わず聞いてしまう。
「俺――私は既に何か無礼を働きましたでしょうか……!」
慌てた俺を見て貴族の三人は柔らかく楽しそうに笑った。青年が代表する。
「ふふふ。いや、民間の軍事系組織のリーダーの男性と聞いて想定した振る舞いとは随分違ったものでね」
「ああ……『戦士らしくない』とよく言われます。頼りない印象を与えてしまい情けないばかりです」
「そんな事はない。確かに珍しい戦士だという所感はあるが、謙虚で角のない態度にはむしろ好感を覚えるよ」
卑屈な事を言って盛大にフォローさせてしまった。縮こまって頭を下げるしかない。
小さくなった俺に青年が続けた。
「僕も貴方に名乗る必要があるね。アピラの兄、ゼアナクス・ロデュセンだ。
「全く困った息子だ。既に老体の私を死ぬまで引退させないつもりなのだからな」
場は温かい笑い声に包まれる。お父様は苦笑していたが、生き生きとしたゼアナクス様を見る黒の瞳は非常に優しい。
しかしその目は物憂げに伏せられる。
「――アピラも、ゼアナクスと同じ研学機関に入学するのを楽しみにしていたのだがな。入学直前に拐われたのが悔やまれてならない……」
研学機関は、国民の義務である十二年間の学園とは別で存在する、高等教育および学術研究機関である。学力の高さ、高額な学費、熱意と功績が求められる厳しい場所だ。
貴族はここで功績を残し『
硬い語彙を自在に使うゼアナクス様は、厳しい研究活動を楽しんでいるようだ。きっと妹のアピラ様もまた、
少し憂鬱に曇った流れで、ガノンさんが口を開いた。
「……あの。ご帰宅してから、アピラ様のご様子は
父母は目を合わせ、お母様が
「今回はその話で皆様をお呼び立てしたの。相談しても良いかしら」
「是非」
「……ありがとう」
父母の様子からするに、アピラ様の状態は芳しくないのだろうか。勝手に心配して沈んでいる俺に、お母様の真剣な眼差しが向けられた。
「ルークさん。貴方に聞いて頂きたいお願いがあるわ」
「はぇ?」
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