190話 削り合う
※ 予約投稿失敗してました。ごめんなさい!
ダンカムさんと俺が共有した不安は、徐々に膨らんでいった。
朝食に限らず、誰かの姿が見えない時が増えていく。社屋内が荒れ始め、社内業務の修正点も目立つ。各々が不調や悩みで余裕がない。
そうなれば、普段は起こらないような小競り合いも起こる。今日の昼食時はまさかの対戦カード。ケインとカルミアさんが言い争いになった。
発端は雑談中のカルミアさんの何気ない発言だった。
「――ケインは引き摺るタイプだからなー」
「……え、そんなことないし」
「そう? 結構根に持つじゃん。俺が忘れちゃった頃の話をされて驚くこと、よくあるよ」
斜向かいの俺からはケインの表情が見える。引き摺る、根に持つという表現が気に
だがその時のケインには我慢ならなかったらしい。静かにフォークを置いて、少し低い声で言った。
「――カルさんってさ。たまに凄く無神経だよね。悪気がなければ何言ってもいいと思ってる?」
いつになく嫌味な言い方だったこと、カルミアさんも上手く受け流せなかったのは不幸としか言いようがない。
「……あら、ごめんね。でも、そうやって煽られるだけじゃ何が悪かったのか分からないな」
「そのユルい謝罪、余計にムカつく……! 煽りたいわけじゃない事くらい分かるでしょ?」
「分かるけど、そう言いたくもなるよ。突然無神経だとか言われて、意味も分かんないし、謝りようもない」
普段から二人を和ませているウィルルの不在をこんなに辛く感じたことはない。俺はまあまあと連呼して必死に場を収めようとした。
「ケインは具体的に伝える、カルミアさんは言葉遣いを謝る。譲歩し合ってさ――」
「理屈じゃ片付かない感情もあるの!」
ケインに射抜かれて閉口する情けない俺。見かねたログマが慣れない仲裁を試みる。
「どっちも一理あるから喧嘩になるんだろ。感情先行で張り合うなよ」
「喧嘩っ早いログマに言われてもねー」
カルミアさんに一突きされてログマも黙り込んだ。なんなら少し苛立ったように見える。延焼しないでくれ。
邪魔者が黙れば戦闘再開である。
「今の事だけじゃないの。カルさんっていつも適当に喋るじゃん。相手を傷付けない言葉選びくらい出来るくせに、ちょっと周りの優しさに甘え過ぎなんじゃない?」
「へえ……。そう思ってたんだ。後からまとめて言われてもどれの事か分かんないって。具体的で建設的な話をしようよ。そっちの態度こそ甘えでしょうが」
ログマが火に油を注ぐ。悪癖が出た感じだ。
「さっきから言ってんだろ、どっちもどっちって。メシをマズくしやがって、巻き込まれる側の迷惑も考えろよバカ共が」
「はぁ?」
「これだから――」
身内の血みどろの戦闘を見ている俺の方が心労で死にそうだ。たまらず立ち上がって声を上げた。
「解散! 終戦! おしまぁい!」
ケインの弓が俺に向かって引き絞られる。
「平和至上主義者は黙ってて……!」
「無理やり仲良くしろって話じゃない! ダメだこの流れは! 全員一旦部屋に戻れ! 俺が片付けとくから!」
カルミアさんの槍先も静かに俺に向いた気がする。
「はは、流石にこのままじゃ終われなくない?」
「終わらせるんだよ! 時間を置いて気持ちを落ち着かせて、それでも言いたい事があるなら冷静に話し合ってくれ! 今のこれはただの削り合いだ!」
俺の怒鳴り声で静まり返った食堂。それぞれの言いたい事が山ほどあるのはよく分かったが、それをこの場で出されても絶対に良い方向にはいかないのだ。
それは俺の発言にも言える。言葉を選び静かに口に出した。
「先月はずっと緊迫感があった。そんで最近急激に寒くなった。疲れて調子崩れてんだよ、皆。不調を支え合って仲良くなってきた俺達が、不調を理由に傷付け合ってんの……見てらんねえよ……」
凛々しく言うつもりが、なんか湿っぽくなってしまった。色々と悲しくなってきたところで、カルミアさんが席を立つ。
「はーあ。仰る通り。今話しても無益だね。喧嘩したい訳じゃないけど、今のメンタルだと流せないや。ごめんなさいね、仕切り直すよ」
手を振って去る彼。雰囲気はいつも通りに見えたが、食堂のドアを閉める音は少し大きかった。
黙り込んで俯いていたケインが、その音を聞いて涙を一粒零した。
「……私だって、喧嘩したい訳じゃなかった」
ログマが顔を顰めながら口を出した。
「お前が無駄に挑発する奴じゃねえってことは全員分かってる。カルミアも普段ならあんな喧嘩腰じゃない。異常事態って事だ。だからこそルークが解散させたんだ、一回忘れて落ち着いて来いよ」
おお、汲み取ってくれたのか……。ケインはログマの言葉に頷いて目元を拭い、立ち上がった。
「二人とも、巻き込んでごめん。色々ぐちゃぐちゃしてる。また後で、改めて話すね……」
彼女はとぼとぼと去った。ドアを閉める音は酷く静かだった。
大きなため息をついて座り直し、ログマに声を掛ける。
「ログマが参戦した時はどうしようかと思ったけど、最後は一緒に収めてくれて助かったよ……」
彼もまた複雑そうな顔でため息をついた。
「……不本意だが、お前が必死に俺のカバーをしてる時の気持ちが少し理解出来た」
「はは、怪我の功名だ。はぁ……早く仲直りしてくれるといいけど……」
ログマが席を立つ。
「片付け、俺もやるよ。お前、午後はあれだろう?」
机に額を打ちつけて頭を抱えた。
「そうなんだよ! なんで今日に限ってこういう事が起こるのかなあ! もう疲れた!」
「愚痴っぽさを炸裂させてる暇ねえだろ、さっさと終わらせっぞ」
「うう、俺の予定のために家事を手伝ってくれてるログマが優しく見える……いよいよ俺もキてるのか……」
「今度はお前が喧嘩売ってんのか?」
「ちょっと売った……痛っ」
言葉通りに喧嘩を買われて頭を叩かれた。冗談が通じないのはいつもの事。
そう、今日の午後はロデュセン家屋敷への訪問の予定が入っている。防衛戦士団と肩を並べ、貴族に拝謁する、ストレスフルなイベントが待ち構えているのだ。
ログマが得た情報によって、ロデュセン家のご令嬢アピラ様は無事身柄を保護されたらしい。大々的に報道はされないが、ジャンネさん達は約束通り俺達の働きをロデュセン家に伝えてくれた。
この度改めて防衛戦士団と話す場を希望されたとの事で、声を掛けてもらえたという流れ。ウッズとの因縁と対立に関してどこまでの助力をお願い出来るかは、その場の空気次第だから確約できないと言われている。
ログマの戦果を俺が横取りする形になるのがスッキリせず、何度も遠慮した。だが彼は頑なに『自分が不利益を被るのが嫌だから』と本気で迷惑そうに言い張った。
スーツに着替え身なりを整えて応接間で待つ。屋敷は東区寄りにあるため、防衛団の面々が道中で会社に寄ってくれるらしい。時間より早く来客のベルが鳴らされた。
「いらっしゃいませ――」
玄関ドアを開けた先には、予想と違って三人いた。ポニーテールの金髪美女と、頭に小さな角を二本持つ黒髪の青年は、見慣れない正装ではあるが見知った顔。その横に、ガタイが良く表情の読みにくい緑髪緑目の壮年男性がいた。
怯む俺の様子はお構いなしに、自称正義の戦士ジャンネさんの綺麗な笑顔と明るい挨拶が向けられる。
「こんにちは、ルークさん! 良い天気だね!」
「……天気? ああ、そういやそうですね、こんにちは……」
察しの良いガノンさんが俺の疑問に答える。
「ご紹介しますね。こちらエバッソ副長。俺達の上長です。御社のレイジ代表取締役に懇意にして頂いてました。表彰の場にはいたんすけど、その時はご挨拶できませんでしたね」
「あ、あー、なるほど!」
事前に言ってよ! と目で訴えたら、色々あんのよ、ごめん! と同じ色の瞳で訴え返された。
何者か分かれば落ち着いて対応できる。エバッソ副長と言えば事件時の不誠実な対応が思い浮かぶが、先入観なしで様子見せねば。定番の愛想笑いで頭を下げた。
「長い間弊社がお世話になっていると聞いておりました。ご挨拶が遅れてすみません、本部チームのルークと申します」
「いや、こちらこそ。エバッソと言います。この度はお力添えありがとうございました。よろしくお願いします」
「……ええ、よろしくお願いいたします」
お力添え、か。部下と俺達の苦労を長らく安全圏で様子見していたくせに、良いご身分だな。
彼は心身共に硬そうな印象だが、物腰は異様に柔らかい。その様子から、ジャンネさんが以前言った通りの損得勘定が上手そうな難しい性格が透けて見える。しかし曲がりなりにも天下の防衛戦士団、北区支部副長。左手の指輪は所帯持ちの証。社会的な地位と能力を併せ持つ人だ。
――貴族に挑む前の肩慣らしだ。居心地悪くて仕方ないし、この人も味方に付けられるかやってみよう。レイジさんとは距離があったようだが、彼とは異なる俺のアプローチが効く可能性はある。適当に媚びれば警戒くらいは解けるのではないか。
相手の目は、既に俺の品定めを始めている。やってやろうじゃん。……身近な人間同士で削り合うのはダメージが大きいから、本当に勘弁なんだっての。
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