side story3 ケインは二十六歳女性である
うー、しんどい。最近鬱っぽくてつらい。
でも今日は、防衛統括時代の友達と約束があるからお出かけ。一ヶ月前から決まってた三人の会だから、欠けるのは気が引けて行く事にしたけど、正直今それどころじゃないな……と思っちゃう。
ルルちゃんは持ち直した。潜入作戦までまだ日がありそう。ログマにボヤいたら気分転換して来いって言われた。こういう行くべき理由で気力を支えて、なんとか向かってる。
今日は綺麗な晴れ。十一月って、服装が難しい。気に入ってる秋服を着て来たけど、今日はちょっと寒かったかも。今更だけど。
マイゼン大通り方面の話題のカフェに着く。予約の十五分前、二人はまだ来てない。良かった、人を待たせると私の気持ちが落ちるんだよね。
五分後に来たのは、ウェーブの黒い長髪と白い肌が素敵なイッちゃん。私を見つけて笑顔で駆け寄って来た。
「ケイン! もうすっごい会いたかったよー」
「ほんと久しぶりだねー! 春以来?」
「そんなだっけ! 道理で恋しいわけだよー」
「え、私への愛が凄くない? 嬉しい」
「あはは! 元々だって! もう私、ケインに喋りたい事ばっかり」
綺麗で優しい人気者だけど、実は色々抱えたり悩んだりしてる人。そんな彼女が私には心を開いてくれてるのが誇らしい。
イッちゃんは少し目を伏せて苦笑いした。
「……今日はあんまり深い話が出来なそうだけどね」
それだけで色々察しちゃうよね。悪口じゃないってのも分かるよ。私は少し困るけど。
「ふふっ。まあ今日はニーちゃんが主役の会だからさ。また別で約束しよ? ほら、ニーちゃんはお酒苦手だし」
「あぁ、嬉しいよー。飲みに行きたーい!」
会えなかった間に積もった話の中から、すぐ終わる軽いエピソードを選んで話す。気が合う人とはそれだけで楽しい。社内での会話とは別の楽しみだから、やっぱりコミュニティは色々持っておきたいなと思う。
そうして時間を意識して話す私達だけど、金髪ボブでスタイル抜群のニーちゃんが現れたのは予約時間から十分後。
「ごめん、お待たせ! ネイルが全然乾かなくてさあ」
自由な言い訳と、活発で愛嬌のある笑顔。とても若々しい人。……良くも悪くも。
でも私は大人。続くイッちゃんも大人だ。
「ニーちゃんのネイルいつも湿ってない?」
「心配したよー。お店入ろ」
「いつもはすぐパリパリだって! ほんとごめんねー」
賑わう華々しい店内に入り、席に案内される。四人掛けの席に三人で座る時、どう座るか一瞬ですごい迷う。今日は主催のニーちゃんに二人が向き合う形にした。
メニューを可愛いとか珍しいとか言いながら弄り回した後、それぞれ好きに注文。
ニーちゃんは店員が去るやいなや話し出す。
「二人とも、報告です! ――結婚決まりましたぁ!」
私達は驚き歓声を上げた。まずは全力でお祝いの言葉を贈る。
「えぇっ、おめでとう! 報告してくれてすっごく嬉しい! でもいきなりじゃん、詳しく聞かせて?」
気持ち良く語り出す彼女。
「夏に別の友達と二人で海に行った時、男性の二人組にナンパされたの。その二人の片っぽと意気投合してその日のうちに付き合っちゃった」
……色々置いておいて、続きを聞こう。
「超面白いしカッコいいし、相手も私にベタ惚れとか言っててぇ……。ふふ。先月プロポーズして貰ったの! もう舞い上がって、すぐ二人に会おうって連絡しちゃった!」
私が置いといた不安の一つにイッちゃんが触れた。
「なんか運命的だね! ……普段は何してる人なの?」
「機械の開発技師。小さい会社だけど期待されてるって!」
ほう。ちょっと思った方向と違った。じゃあこれを聞いてみようかな。
「なんか頼りになりそう。歳上の人?」
「そう! 三十六! 頼りになるし、余裕があるんだー」
わお、予想を上回った。十歳上か。面白くてカッコいい割に、三十六でナンパか。半年を待たずプロポーズか。ニーちゃんは頭も性格も悪くないけど、ちょっと夢見がちな面が……ううん、よそう。
外野はあれこれ想像しちゃうけど、良くないよね。人の魅力は、傍から見える属性や出来事で説明できるものじゃないもん。
お互い愛し合ってて幸せそうなんだから応援したい。過度に口出ししないで、もし何かあっても味方でいるのが、友達という理解者として適切な距離感だと思ってる。
……私自身、毒親育ちで精神障害持ちの二十六歳――交際相手として紹介した時に手放しで応援して貰える女じゃないし。
色々呑み込んで、親しみだけを全面に押し出て笑う。
「なかなか出会える人じゃないね。ほんとに運命的。幸せになってね。なんかあったらすぐ相談してよ?」
「あーもう、ほんとケイン優しい! 頼りにしてるよ、ありがとう!」
それだけで終わってくれればいいものを。
「ケインは良い人いないの? しばらく恋バナ聞かない気がする」
……適当に流せばいい。
「まあねー。仕事と趣味で精一杯かも」
「えー、勿体ない。ケインは美人で料理上手で優しくて、最っ高の人だと思うのにさー」
ニーちゃんは純粋に私を尊敬して、善意で言ってる。今自分が愛されて幸せだから、私にも幸せになって欲しいと思ってる。分かるよ。でもね――。
イッちゃんが良かれと思ったか口を挟む。
「……勿体なくはないよー。幸せって恋愛だけじゃないし。私もケインには幸せになって欲しいから、充実してるならいいと思う」
結構イラっとするなぁ、そのフォロー。私だって恋愛したいよ? 恋愛を放って他の幸せを追い求めてるみたいな言い方やめてくんない? それと私、精一杯だって言っただけで充実してるとは言ってないからね。
それにさ、イッちゃんはもう二年前に結婚してんじゃん。すんごい幸せなの、知ってるよ。なんなら防衛統括から転職して以来、仕事と趣味も充実してるよね? その立場から言っちゃダメなセリフでしょ。
「お待たせしましたー」
可愛い食器のスイーツと飲み物が運ばれてきた。店員に礼をしたり美味しそー! と言ったりする時間に少し救われた。
卑屈で感じ悪いことをそのまま言えるわけないけど、綺麗な嘘をつけるほど器用でもないから、言える部分だけ言う。
「――二人ともありがとね。良い出会いがあればと思ってるけど、探しに行く元気もなくてさー。……今日はニーちゃんの幸せオーラ、沢山浴びるよ! ご利益ありそうだし?」
「あはは! 私の幸せなら幾らでも分ける! ラッキースポットは海です!」
「探しに行く元気ないってば! 海遠いし! てか、私はナンパとかやだぁ」
イッちゃんが吹いた。
「ふふっ。私もナンパは嫌だなー。ニーの事も正直心配」
「えー! ホントに良い人なんだよ?」
「分かってるよー。大当たりを引ける確率が低いって話!」
いつも通りに二時間以上あれこれ喋った。楽しかった。面白かった。また会いたいと思う。でも、疲れた。
解散して一人になり、夕日を見ながら歩いていると、どうしようもなく虚しくなってきた。誰も聞いてないからと、小さく呟く。
「……私の話、やっぱり出来なかったな」
近頃はいつもの事。そして、二人が悪いわけじゃない。私が、二人に話せないと思って、話さないという選択をしているだけ。
二人はいわゆる『普通』なんだよね。私は『普通』を知ってて『普通』に擬態してるだけ。……『普通』への未練を手放せないだけの何か。
最初こそ防衛統括の同期として横並びで出会ったけど、今の私から出る話題は二人と違いすぎる。
毎日、一進一退の病状に悩みながら、命懸けの仕事を続けてる。最近は、会社の無垢な親友が性犯罪に遭って曇らされて、父親の恐怖を上書きしてくれた先輩が沢山のものを抱えてると分かって、何も出来なくてつらい。――なんて話、あの雰囲気で出来る? て言うか、したくない。
こんなに胸の内はいっぱいいっぱいなのに、吐き出さないって決めてるのは、私。
でも独り言なら、もう少し言ってもいいか。
「…………私も、誰かに愛されたいな……」
結局本音はそれなんだ。最悪。惨めで、寂しくて、涙が浮かんだ。部屋に戻るまで我慢しなきゃ。ぐっと唇を噛んで胸を張って、帰路を進んだ。
会社に着いたのは夕飯の時間だった。応接間の天井から微かに複数の足音が聞こえる。そういえば、今日は夕飯要らないって言っちゃったな。まあ部屋で泣きたいし、丁度いいか。
社員用個室の並ぶ廊下に入って、食堂に続く階段を通り過ぎた辺りで、階段の上から凄く楽しそうな複数の笑い声が聞こえた。
……私抜きで楽しそうにしちゃってさ。
振り返って、階段を上がって、食堂のドアをばあんと開け放った。
食卓を囲んで座り、私を見て驚いてるのは、ルーク、ログマ、ルルちゃん。
近付いてく私にログマが言う。
「お、お前……トモダチと会って来たんじゃ」
「うっさいマイルドヤンキー!」
「マッ……」
ルルちゃんの隣が空いてたので座る。机に頬杖を付いて、ヤケクソで吐き捨てた。
「混ぜて。寂しい」
ちょっと私にビビってたルルちゃんだけど、それを聞いたら身体を弾ませて言った。
「ケインちゃん! ケインちゃんが! 私達を頼りにしてるよお!」
「そうよ。私はあなた達を頼っているわよ。私の機嫌を取りなさい」
ルルちゃんが天使のように私を抱きしめる。
「寂しくないよお。私達、そばにいるよ」
この人は何にも知らない。『普通』から外れた女の子の親友。卑怯な私はそれに甘える。
「………………私のこと好き?」
「へ? 大好きだよ! だいだい大好き!」
「えーん、ルルちゃん大好き……」
ログマが呆然とほざく。こいつは『普通』から敢えて外れようとする異端児。
「ケインもウィルルみてえな事訊くのか……」
「悪い?」
「い、いや別に……」
「あんたは私の事嫌いってこと?」
「えっいや……嫌いってわけじゃ――」
「じゃあ好きって言って」
「スッ」
ログマは息を吸ったまま無表情で動かなくなった。ルークが愕然とした表情で私達の顔を交互に見てる。
頼りない男二人に腹が立って言った。
「てかカルさんはどうしたのよ!」
ルークが苦味増し増しの苦笑で返事した。
「いやカルミアさんは潜入作戦に向けた情報収集で……」
「枯れてる既婚者に聞いて欲しい事があるってのに肝心な時にいないんだね! もう!」
下手に察しのいいルーク。腕を組んでうんうんと頷く。
「ああ、そういう時期だよね……。俺も返って来る見込みのない御祝儀を散々払ったし、親には孫の顔が見たいだとか――」
「それで機嫌取ってるつもり?」
「エッ……?」
「ルークは所詮男。賞味期限が長いワケ。戦闘職の男はそこそこ需要あるし、その中でもあんたは強いから稼げる。見た目も良い。常識もある。トータルで見て、愛される見込みがあるの。分かる?」
「エッアッ、ハイ……?」
立ち上がって回り込み、この比較的『普通』寄りの男のこめかみへ拳をねじ込む。鬱っぽい人間は特にここが急所。
「お前に私が救えるかああぁ!」
「ぎゃあああ痛い痛い! ごめんなさーい!」
謝ればいいと思ってるよね。男って皆そういうとこある。イラッとしたので拳を開き、頭の凝りやすい箇所を複数狙って指をめり込ませる。
「強くて見た目の良い男でゴメンナサイと?」
「違っ……! 何そこ痛い! めちゃくちゃ痛い! あああカルミアさん帰って来てー!」
ルークをいたぶって、ログマを言葉で弄んで、ルルちゃんとなでなでし合って、なんとなくスッキリした。何かを失ったような気もするけど、目を腫らさずに済んだ。
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