side story2 ログマの自分研究ノート




 二一二二年十月十九日。


 日記を始めることにした。気が向いた時だけ書く。理由を記録しておくが、既にダルいからすぐやめるかも知れない。


 昨日の通院で、感情表現が一向に伸びないねーと言われた。アーデンのクソジジイ。てめえが殴られずに済んだのは俺が伸びてるからだってんだよ。だがアイツは専門家、発言には根拠がある。糧にしてやろう。


「感情の理解と発散が上手くいってないから、問題行動や不眠という形で発現してしまう。人に見せずに吐き出せるし、見返して自覚することもできるから、文章にしてみなさい」だと。


 試す価値はあると思った。教会にいた頃に散々読書したから、話すよりは書く方が向いてるかもしれん。出来事と感情を記録する形の日記にしてみる。記録が溜まれば自己管理に役立つか? 自分の研究ノートみてーなもんだな。


 つくづくめんどくせえ人生。こんなくだらん事が必要になってきやがる。だがもっと楽に生きるためなら仕方ないと思ってもいる。俺は今生きてて苦しいってことか。書きながら早速一つ分からされて屈辱だ。余計に腹が立ったんだが、本当に楽になるのか?


 今日の出来事に、特筆することはない。今の感情は、すげえムカつく。以上。





 二一二二年十月二十二日。


 昨日から一泊二日の社員旅行だった。疲れたが、いつもと違う刺激があって気分は悪くない。


 滝が凄かった。初めて見た。紅葉と合わせて良い景色だったが、丁度いい言葉が浮かばん。


 カルミアが妻は死んだと話した。悲しい気分になった自分に驚いた。何か言うべきだと思ったが、考えているうちに話が終わった。今も少し気にかかっている気がするから、一応書き残しておく。


 分からなかったのがもう一つ。旅行の始めにルークが、楽しもうと言った。俺が最後に楽しいと思ったのはいつだ? 楽しいという言葉を使っていないだけか?


 だが終わって振り返れば、この旅行は楽しかったと言えるような気がする。後々訂正するかも知れないが、暫定記録。





 二一二二年十一月一日。


 金曜だからと、レイジとダンカムとカルミアが出掛けて行った。あのおっさん共は定期的に三人で飲みに行く。酒飲んで話してるだけらしいが、行きも帰りもえらく楽しそうだ。


 俺にとって飲み会は社会生活をする上で発生するタスクでしかない。酒には弱くないし嫌いでもないが人と話すのは難しくて疲れる。仕事終わりに飲み会があったらダルくないか? 想像だが。


 分からん。書いてみたが、不思議だという感情しか湧かない。

 




 二一二二年十一月五日。


 胸糞悪い事件があった。チームに愛着が湧いていると最悪の形で認めさせられて、正直堪こたえた。


 ケインが、以前社員が首を吊った時以来の動揺を見せた。宥めるダンカムも泣いていた。見ていたくないと思ったからその場を離れた。


 レイジ曰く、ウィルルは元々狙われてたんだそうだ。対策の甘さを指摘したら、今まで見た事のない顔で謝られた。俺が許したって仕方ねえだろうが。


 ストレス発散に、裏庭で散々暴れてみた。イライラが引いてきたと思ったら、今度は苦しくなって力が抜けた。仕組みは不明だが事実として記録しとく。


 そのタイミングでルークと鉢合わせたから不手際をなじってやったが、なんとなく対応を間違えたような気がしてる。


 全てにおいて不快な日だ。今夜はしばらく眠れそうにない。





 二一二二年十一月九日。


 ああ、イライラする。頭の血管が切れそうだ。攻撃性を抑えて下さるハズの頓服が効かねえぞ、どうなってんだよ。何もかも腹立つな。


 特にルーク。やっぱり嫌いだ。何より、人を勝手に観察した末に心を見透かして、ぺろっと言語化しやがるのが本当に嫌だ。難なく自然にやるから防御が間に合わん。


 次に、攻撃した時の反応。素直に凹むから後味が悪い。言い返して来たと思っても敵意がない。殴りかかった拳を抱き込まれてキスされるみたいな気持ち悪さ。防御しろよ。殴り返して来いよ。戦闘は得意なくせになぜ対話だとそうなる? 不愉快だ。


 今日見せちまった隙はたった一言。なのにまんまと付け込まれた。カルミアに対して押しても引いても反応がなくて、考え方も接し方も分からなくなって、自分が悪いのかと思い始めているのを全部一気に察しやがった。化け物じみてる。クソがよ。


 人には見せない文章に表してすらこの程度の解像度なんだぞ。何でお前は言語化して寄って来るんだよ。破裂しそうな所に体当たりしてきやがって、殺す気か?


 不眠とストレスで吐き気が凄い。だが吐いたところで喉を痛めるだけで楽にはならない。眠剤を多めに飲んで気絶することにする。ルール違反もリスクも承知だが、無理だ。全てがキツい。耐えられん。





 二一二二年十一月十日。


 カルミアが殺人犯だと打ち明けた。あんな今にも自殺しそうな自責を感じ取ったら、罪だなんだと言う気は起きようもない。やはり悲しくなったが、また何も言えなかった。


 ケインが「話してくれてありがとう」と言った。俺が言いたかった事に一番近い気がした。


 どうやら、その場に居なかったルークが何かしたらしい。昨日の事もあって無性にムカついたが、今日のこれは悔しさだと気付いて殴る気が失せた。悔しさを片付けるには努力しかねえと知ってるからな。


 今日はウィルルが割と普通に過ごしていた。嬉しい。今、自分で嬉しいと書いた事に驚いている。俺は、他人の元気を嬉しく思える事があるのか。この気付きは、日記を始めた成果だろう。





 二一二二年十一月十一日。


 ケインが以前から決まってた友人との約束に出掛けていいものかと悩んでいたから、気分転換は会社のためにもなるから行けと言った。良い事を言えたと思っていたが、帰って来たあいつは不機嫌になっていた。やはり俺には人が分からん。





 二一二二年十一月十二日。


 ウィルルが「とっても嫌なのでたくさん怒る」みたいな事を言ったのが衝撃的だった。ウィルルにも怒りがあるのは考えてみれば当然だが、備忘録。


 追記。ならば俺にもウィルルと同じ感情があるはずと考えたが、幸せだなあとかだーいすきとか言う日が来る気がしねえな。





 二一二二年十一月十五日。


 潜入作戦で好き放題やってやった。いつもの戦闘以上にスカッとした。ようやく安定し始めた生活を邪魔しやがったゴミ共に暴言と暴力で反撃してやれて気分が良い。俺はつくづく戦闘向きで、性格が悪い。


 だがケインのキレ方が気にかかる。あいつの家庭事情を前に聞いた時は、もう今と未来に集中するんだ、などと言っていたが、精算できているようには見えなかったな。カルミアを擁護したかったというのは前提としてもだ。


 俺も母親を思い出してみたが、クズだと認識しているだけで感情は動かない。無関心だ。ケインの参考になる事を思い付いたら伝えてみるか。と書いてはみたが、撤回。俺も引き摺っている存在があるのを思い出した。


 追記。女装は嫌だったが、ストレスは残らなかった。俺が初めてあいつらを大笑いさせたのが少し嬉しかったのかも知れない。それはそれとして二度とやらない。





 二一二二年十一月十六日。


 良く眠れたので情緒が安定していた。結局俺の目下の悩みは不眠だと再認識したが、医者の話を聞く限り、不眠は結果であり、元凶は複雑なようだから厄介だ。日記はしばらく続けてみるつもりだ。


 気まぐれや偶然かも知れないが、一応記録。俺は自分の事を、嫌いな存在を傷付けたがる奴だと思っていたのだが、再考の余地を見出した。


 今日、嫌いなルークと穏やかに会話したことを不本意だとは思ってないのが理由だ。考えれば、ルークと喧嘩してもスカッとはしない。嫌いだと言う認識に間違いはないのに、謎だ。


 まあ、俺はルークを傷付けたい訳じゃないって発見はお互いの利益になるだろ。感謝しろ。





 二一二二年十一月二十一日。


 さっき、カルミアが深酒して帰ってきた。食堂に戻って来た理由は知らんが、俺以外部屋に引っ込んでたから介抱した。ありがとうとは何度も言われたが、苦労した。あの酒クズ。


 しかし俺はこんなに面倒見の良い人間だったか? 事件あたりから色々おかしくなってる気がする。困惑? 戸惑い? が正直な感情だ。


 追記。事件当日の日記に「チームに愛着が湧いている」と書いてあった。恥を曝した気分だ。自分を理解するのは、発見がある反面キツい。





 二一二二年十一月二十五日。


 ヒュドラー人身取引チームを全員逮捕してやった。防衛団に交渉を持ち掛けることも出来た。作戦は俺が立てて、令嬢の情報も俺が手に入れた。随一の活躍だろうが。


 なのに色々あった。そのせいで眠れなくて、今これを書いてる。


 まず説教を食らった事。問題行動を起こす度にダンカムに咎められてきたが、悪いと自覚してない事を諭されたのは初めてだ。俺の強さで全て守るって考えは独り善がりらしい。


 あれは俺の為にと教えている態度だ。教会の親父に似ていたからな。呑み込むべきと思いつつも苦しくてその場から逃げた。捨て台詞も吐いた。やはり俺は性根が曲がってんだ。


 人目のない場所で落ち着こうとしたが、息苦しかった。そこにケインが来やがったから暴言で追い払ったが、あいつは散々言い返しながら隣に座りやがった。意味不明で迷惑なのに、気付けば礼を言っていた。笑われたからまた口喧嘩した。不思議な思い出になった。この時の感情はいずれ言語化すべきだと思うから、詳細に残しておく。


 そして次。カルミアが勝手に決着を背負ってやがった。ルークは礼と謝罪を口にしていたが、俺が感じたのは悔しさだ。俺を計算に入れていれば、カルミアなら別の考えも浮かんだんじゃねえのか。そうならなかったのが悔しい。やはりダンカムの言う通り、強いだけでは足りねえらしい。


 カルミアに関してはここ最近随分考えた。だからこの時、歩み寄ろうとして「信用してる」ことと「俺を頼れ」ってことを言った。笑いやがってあの野郎。ムカつくが、殺人の理由も吐いたし、手応えは感じた。嬉しい。





 二一二二年十一月二十六日。


 全てが終わって気が抜けたのか、今日は妙に柔らかい言葉が浮かぶ。


 ウィルルがフードなしでケインと出掛けて行ったのを見て、本当に良かったな、楽しんで来いよ、と思った。


 ルークの誕生日が昨日だったと聞いておめでとう、と思い、俺のせいで出来た首の痣を見てごめん、と思った。


 いつか口に出せるようになるだろうか。そうすれば少し楽になるだろうか。羞恥で苛立つのが耐え難くて今は言えないが、言えるようになれば何か変えられるんじゃねえかと思わんでもない。


 この後の夕飯は五人揃う。少し楽しみに感じる。ウィルルの猿真似をして、美味しいと言ってみるか。それくらいなら、言えるかもしれない。


 追記。実際に美味かったが、夕飯作りを担当したのがルークだったから言わなかった。




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