第4部おまけ 各々の物語の欠片
side story1 気まぐれウィルルは分かってる
-はしがき-
8/28はウィルルの誕生日なので、この回の更新日を合わせてみました。
* * * *
今日は曇りです。ちょっと残念。
沢山お世話になったケインちゃんの部屋から自分の部屋に戻れたけど、今はなんか気分じゃないなあ。畑に行こっと。晴れが続いてたからお野菜の
じょうろを持って裏庭に出たら、ルークが剣を振っていました。木剣じゃないのは、もうすぐ仮設アジト潜入作戦があるからだよね。……私も行きたかった、けれど……。
寒いのに半袖のルークは、私にすぐ気付きました。私から遠ざけるように剣の構えを解き、微笑んでくれます。
「あ、ウィルル。お疲れ」
ルークは他の人より沢山『お疲れ』と言います。どうやら挨拶みたいだけど、つい、何が? と思っちゃう。言うのは我慢です。
「こんにちは。邪魔しちゃった」
「邪魔じゃないよ。具合はどう?」
「元気だよ! 早く皆と――」
「うん?」
勢い余ったので言い直しました。
「……元気だけど……戦えない、かも」
ルークは優しく苦笑いしました。苦笑いも、他の人より沢山です。
「急いで戦闘に参加する必要はないよ。元気だって聞けて嬉しい」
申し訳ないなあ。でも、嘘をついて参戦すると足手まといになっちゃう。
「ごめんなさい。心配ありがとう。剣の練習、頑張ってね」
「……ううん。ありがとう、頑張るね」
ルークは、私が充分離れてから練習を再開しました。事件のことでまだ怖がりな私を心配した上に、自分の気遣いすら隠して自然な振舞いをしてくれています。
全て、私には分かるけど、出来ないこと。物凄く優しくて、かなり器用な人だと思います。ルーク本人は、俺は不器用だって苦笑いするけど、何か違う気がするなあ。
畑の植物に水を与えます。私も元気になります。もう寒いので水の量は控えめだけど。
カブはそろそろ収穫! 苗の育ち方がバラついてるのは、今年の反省。多分、土の耕し方にムラがあったんだと思う。
少し前に沢山植え付けたタマネギの苗、元気そうでよかった。収穫は来年の五月頃。タマネギは料理で大活躍だって聞いたから、楽しみに育てます。
嬉しくなって独り言が出ちゃう。
「来年が楽しみだなんて不思議だなあ」
今日の辛い事を振り返って泣いて、明日の辛い事に怯えながら眠る。そんな毎日が嘘みたい。
私はイルネスカドルに入れて貰えてから沢山変わりました。怒られたり殴られたりしてないのに、前よりも強くなった。出撃が増えてからは皆ともっと仲良くなって、さらに元気になれたと思う。
来年も皆で仲良くご飯を食べてるかも、と夢見るだけで幸せ。しっかり休んだらまた一緒に働きたいな、と思えるのも幸せ。
――お母さんに、会社の話、聞いて欲しいな。仲間が出来て、自分で稼いだお金で生活していること、きっと沢山喜んでくれる……。
あっ、何か飛んだ。オンブバッタだ! あれ? あの雑草、薬草図鑑で見たやつ? でも葉に切れ込みが……そういえばこの前薬草で汚した服、お洗濯しなきゃだ。わっ、どんぐり落ちてる! 動物が運んできたのかなあ――!
気付けば畑の周りで長い時間を過ごしました。何をしていたかと聞かれれば困ります。よくある事です。何となく楽しかったので、いいのです。……そう思えるようになってきたのです。
「おいウィルル。メシ!」
大きな声に振り返ると、勝手口からログマが呼んでくれていました。お昼ご飯みたいです。いつの間にかルークも居なくなってる。
走って行ってお礼を言ったけど、ぷいっとされちゃった。ログマは意地悪な良い人なので難しいな。でも、とっても照れ屋さんなだけで、私が嫌いだから無視してるんじゃないよね。
その証拠に、並んで食堂に向かってくれるし、私の独り言にもお返事をくれます。
「お昼は何かなあ」
「ケインがやる気ないってボヤいてたから、いつものパターンでパスタじゃねえか」
「わあい、麺類だいすき!」
「メシ一つでよくそれだけ喜べるよな……」
不思議に思って聞いてみました。
「ログマは好きなご飯が出てくると嬉しくないの?」
ログマの眉間に皺が寄りました。どきり。私、また空気読めてなかったのかなあ?
でも、ログマは何やら考え込んでいるみたい。そして、逆に尋ねてきます。
「……好きなご飯? はどういう基準で決めてるんだ?」
「へ? えと……分かんない……。好きな物は好き……」
「そうか……俺も分からん……嫌いな物は嫌いだが……」
私達の会話はたまにふわふわ。ログマは私から学ぼうとしてる気がするけど、上手く答えられなくて申し訳なくなっちゃう。それでも訊いてくるから、役に立ってはいるのかな……?
食堂に入るとカルミアさんが食卓に突っ伏していました。朝食には居なかったし、何かあったのかなあ。ログマにひそひそ聞いてみます。
「カルミアさん、元気ない……?」
ログマは少し不貞腐れたように言いました。
「昨晩の外出で悪酔いしたとよ。馬鹿が」
「あわわ、お疲れ様なんだね」
カルミアさんは楽しくて安心する人。それまで出会った歳上の男の人は、皆悪い事が目的だったけど、カルミアさんは全然違う。いつでも穏やかで会話が楽しくて、もうすっかりお友達です。以前、ウィルルの素直で優しい言葉遣いが好きと言って貰えた事は、一生の自慢です。
……でもカルミアさんは、相手に合わせて距離感を調整するから、寂しい時もあります。だからこそ、御家族の事と犯罪歴を教えてくれたのが凄く嬉しかった。特に、昔悪い事をしたってお話は、私なら嫌われるのが怖くなると思うから、教えてくれたのは私達への信頼だよね。
キッチンに向かいます。大皿のサラダを運ぶルークとすれ違い、お疲れーと言われました。何が?
キッチンではケインちゃんが、パスタを盛ったお皿にフライパンを傾けて、ミートソースをかけていました。
嬉しい!
「やったー! お昼、私の大好物だあ!」
「わあ! フライパン熱いから気をつけて!」
「ひえっ、ごめんなさい……!」
慌ててケインちゃんの背中から飛び退きました。迷惑をかけちゃったけど、ケインちゃんは怒ってないみたい。楽しそうに笑ってくれます。
「パスタ、作るの楽なんだ。ルルちゃんも喜ぶからいいやーってつい甘えちゃう」
「ケインちゃんのパスタ、すっごく美味しいよ。作るのも楽なら最高だねえ!」
「あはは! ほんと最高! ラッキー!」
私はケインちゃんが素直に笑っている時の綺麗な笑顔がだーい好き! 私達は全然違う性格だけれど、お互いの良いところを好きだと言い合えるのが嬉しくて堪りません。親友ってこんな感じなのかな、なんて……ふへへ。
……大好きだからこそ、本当は、もっと私を頼りにして欲しい。ワガママかなあ? 分かってるんだよ、前のリーダーが言った事、ずーっと気にしてるのだって……。
五人揃って昼ご飯です。レイジさんは外出、ダンカムさんは有給なのでいません。もちろん、いつも安心させてくれるお二人の事も大好き。七人でご飯を摂れる時はなかなかないけど、その分いつもと違う雰囲気になるのが面白いです。
美味しいご飯と、記憶にも残らないような会話に癒されます。でも、ちょっと空気が曇りました。原因はまさかのケインちゃん。
「ねえカルさん。昨晩は危険な事とかしてないよね……?」
カルミアさんはパスタを巻き巻きしながらぼんやりと返事をしました。
「うーん? 平和だよ。ヒュドラーの仕事の請け方を聞きに知り合いの店で飲んできた。もう少し裏が取れてから報告するね」
「……ありがとう。でもそこまで体調が崩れてると……流石に気になっちゃう」
ケインちゃんはとっても心配してるだけ。でも、カルミアさんには負担なようでした。
「むう……。飲み過ぎました。何種類も代わる代わる飲んだのが失敗でした。それだけです。とても具合が悪いのでとても反省しています」
優しい声だけど……。しょんぼりと黙って俯いたケインちゃんに、ログマが続きました。同じ気持ちだったんだね。
「お前が深酒する時は理由があるだろ? 今回は何なんだ」
「ひえー、許してよ。色々あるんだよ、場の雰囲気とか、自分の心身の調子とか、お店の都合とかさあ。わざわざ言いたくないなあ……」
「チッ……だから、それを――!」
「だ、ダメ!」
後先考えず口を挟んじゃった。皆の目が丸くなって私に集まります。注目される度バカにされてきたから緊張して変な声が出ましたが、放っておけないや。
「あ、あの。いくら心配でも、やだって言ってることを無理やり聞いちゃダメだよ」
ログマは不機嫌そうでちょっと怖い。
「…………共同生活にも仕事にも支障が……」
「でも私なら、秘密とか拘りとかにしつこく口を出されるのはとっても嫌。理由は関係なくたくさん怒る!」
「えっ」
「えっ」
ログマが珍しくきょとんとするから、つられちゃった。私、変なこと言ったのかなあ? でも、まだ終わってないのです!
「……だ、だからね。私はね、カルミアさんが会社の外に持ってる世界を邪魔したくないの。カルミアさんは私達との世界も大事にしてるから、ほんとに必要な事は言ってくれるよっ」
カルミアさんは何やらほっとしたような笑顔を向けてくれました。
「有難いなー……! やっぱりウィルルとはどこか通ずるものがあるよ、分かってるう」
「ふへ……! 私、分かってた?」
ログマは半目で椅子にもたれてぼやいてる。
「…………人付き合い、分からん……」
その隣のルークは綺麗な顔で虚空を見つめてる。あれは脳内裁判で自分を裁いている時の顔です。何か思い当たる節でもあったのかな。そっとしておきます。
ケインちゃんはふうと息を吐いて、雰囲気を元に戻してくれました。
「もう……ルルちゃんに免じて見逃すけど、私達にご飯の準備丸投げの酒カスだって事は自覚してよね」
「ごめんなさーい。……ところでこのパスタ、絶品ですね? シェフを呼んで頂ける?」
「あら、お上手。許して差し上げるわ」
ルークが吹き出して、皆笑いました。いつも仲良しで終われるのは、皆が皆と仲良くしたがってるから。私はそれが凄く安心します。
……大好きなこの会社も、前は色々大変だったからなあ……。今のとっても素敵なチーム、大事にしたいな。
片付けが終わると、またそれぞれの生活に戻ります。私は部屋に戻りました。
机の引き出しから短剣を取り出して握ります。幸せを感じると失うのが怖くなるから、守れますように、のおまじない。
でも、事件があってから、上手く安心できなくなっちゃった。
鍛えた精霊術が使えなかった。短剣を持ったエスタでも敵わなかった。恥ずかしくて怖いことをされた。皆に迷惑をかけた。……また自分を嫌いになった……。
「エスタ。私、皆と一緒に戦いたい……なのに怖い……でも皆が死ぬのはもっと怖い……ねえ、助けて……」
最近のエスタはあまり主張してくれません。前は助けを求めるとすぐに意識を引き受けて代わってくれたし、私の心を揺さぶるくらいの気持ちを伝えてくれたのに……。
「寂しいよ……」
不安で、心細くて、私の頭は散らかりました。どうしたらいいの? 目と鼻が熱くなってきちゃった。
『――ウィルルなら大丈夫だよ』
あっ……エスタが言葉をくれた。……でも、助けてくれるとは言わなかった。私が今までずっとダメだったこと、一番良く知っているのは、私とエスタのはずなのに。……だからエスタは、ずっと守ってくれてたんでしょう……?
それ以上エスタの返事はありませんでした。目を拭って短剣をしまいます。結局安心は出来なかったなあ……。
午後はお裁縫をしようかな。難しい所で一旦投げちゃってたから。
会社の皆に向けて、色違いのお揃いのお守りを作っているのです。学園では、仲良し同士で物をお揃いにしているのをよく見たので、憧れなの。出来たら、皆は受け取ってくれるかな。
こうして私は、また楽しい方へ逃げてる。頭が勝手な方向に流れるのを止められない。分かっているのに、どうにも出来なくて、辛い。
辛い気持ちが隠れるまで、黙々と縫います。色々なことを放っておいても、いいのです。怒られないから、いいのです。――それでいいと思える幸せを、今は噛み締めさせて欲しいのです。
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