side story4 酔いどれカルミアの夜





 持論だけど、木曜日は一人で静かに酒を飲むのに向いてると思ってる。


 他人と飲むなら金、土がいいよね。次の日が気にならないし、疲れを発散するタイミングとして最適。実際皆そう思うのか、どこも賑わってる。休日が土日固定じゃない人が相手なら、俺はいつでもいいんだけど。


 一人で飲む時は、賑わってるタイミングは避けたい。じゃあその他の曜日でって考えると、やっぱ木曜なんだよ。一週間の疲れが出るし、週末の約束に備えたりで、人出が少ない。良い店も空いてる。俺みたいなのが一人で飲んでても店の迷惑になりにくくて気楽だし、程よく静かで声を張らなくて済む。何より落ち着くよ。




 というわけで、本日十一月二十一日、木曜日。人身取引オークションで大暴れしますとかいう、若者達の無鉄砲に付き合って死ぬ前の飲み納め。因みに、終わって生きてたら祝杯ね。何もめでたくないけど。



 俺は酒が好き。美味しいのは大前提として、強い酒が喉を焼く感じも、弱い酒が後から騙し討ちしてくる感じも、なんかいいよね。身体の強ばりも弛むし、心身共に手っ取り早く楽にしてくれる。生きてる限りやめらんないね。ごめんなさい。



 ……でも最近はちょっと飲みすぎかなー? 今夜も現在進行形でやらかしてる気がする。こないだもケインを心配させちゃったのにね。


 視界がぼんやりしてるし、さっきトイレに向かった時、角に思い切り膝をぶつけた。多分明日、身に覚えのない大きな痣に首を傾げるんだろうな。と思った事も忘れてるんだろうなー。



「……カッちゃん、お冷出したから、ちゃんと飲みなさいね」

「はぁい」


 マスターがなんか言ったからとりあえず返事した。身体が勝手に水を飲んだ。えっ、お水、美味すぎ。


 口に出てたらしい。小言を言われる。


「水が美味しいって……バーテンダー泣かせだね。流石に飲み過ぎなんじゃないかしら」



 ここのおじいちゃんマスターの、中性的で上品な喋り方が好きだ。俺が通い始めた時からずっと変わらずおじいちゃんだし、つい安心してしまう。


「……いやぁ、最近ちょっと辛いことが多くてさー。マスターのお店にお金も落とせるしいいでしょう?」


「はいはい、ご愛顧いただき助かります。……辛いことなんてしょっちゅう、なんじゃなかった? 最近どうしたのよ。丁度他のお客さんはいないし、話してご覧なさいな」


 あれ、気付けば俺一人? まだ時間もそこまで遅くないのに。じゃあ、流れが来てるって事で。


「甘えちゃおうかな。マスターも一杯だけ付き合わない?」


「ちょっと。言いたかぁないけど……病気とか、マレット君への仕送りとか、色々あるでしょうが」


「最近不本意にでかい仕事ばかりで儲かり過ぎてんの。こうして普段の礼を還元しないと居心地悪いんだよ」


「……はぁ。ご馳走様」


 マスターはあんまりけてないウイスキーでハイボールを作り、俺にグラスを差し上げた。



 何を話そうかな。自分語りを避けて来たから、こういう時に分かんなくなるんだよ。辛い事と言えば何もかも辛いしな。


 でも、誰かに助言を貰いたい事と言えば、これかなぁ。


「俺、社内で一番年配なんだ。戦闘に出るメンバーなんか余計若者ばっかだし、もう長老みたいなもん。あんまり馴れ馴れしくしても老害みたいでヤダなーと常々思ってるわけ」


「まあ……戦闘職でその歳まで最前衛を張ってる人は少ないし、若者との距離感には悩みそうだね」


「でしょ。なのにさ、少し前に入った子が変わっててね。いや……むしろ凄く普通か……? その子に随分慕われちゃって、調子が狂ってきてるんだよ」


 あまり表情の動かないマスターが、驚いたように眉毛を上げる。


「なあに、あのカッちゃんが再婚に動き出したの?」


「そんなわけ! 男の子だよ。俺からすれば若いけど『子』って歳でもないか」


「あんた両刀じゃなかった?」


「よくそんな話覚えてるね……? 昔は好奇心旺盛だっただけ。ティフィと会ってからは一筋。今もね」


 マスターはなんとなく残念そう。この人、上品な割に下世話な話が好きだよなぁ。喜ぶのを良い事に話し過ぎたかも。若気の至りとお酒の過ち。……言い訳の手札が多いね、俺。


 彼は軽くため息をついて続きを促した。


「……それで? 恋愛じゃないなら、その子の何が気になってるの」


「最初は、気が合うって程度だったんだ。なのにガンガン詰め寄って来て、ついに俺も赤裸々に自分語りしちゃった。若者に擦り寄るみたいで嫌だよ。ホント困ってる」


「やっぱり……」


「違う! 両刀から離れろ! ああもう、俺の話す順番が悪いのか? その子は俺以外の社員にもそうなの。男女、年齢不問で。……なんなら関係性すら不問か? 最初は敵対してた社外の相手でも、気付けば懐に入ってたりする」


「物凄く雑食の変態プレイボーイってこと?」


「もしそうなら俺が困る! もう面白がってるよな? 本っ当に普通の子!」


 くつくつと笑うマスターを尻目にため息をついて、自分の発言に首を傾げた。


「……でもだからこそ不思議なのかな。下心とか一切なく、善意だけで突っ走って来るというか……情に厚過ぎるというか……とにかく、心に踏み入ってくる力が凄いんだ」



 何だかんだ、マスターは話をよく聞いてる。


「今までカッちゃんの口から聞いた事のないタイプだね。そういう暑苦しい人、あんた遠ざけるでしょう」


「うん。……でもあの子、暑苦しくも鬱陶しくもないな。感情任せじゃないから――うん? 変なのはそこかな? 感情もだけど、理屈やら行動やら、本当に使えるものを何でも使って親しくなろうとしてくる」


 本人には鬱陶しいって言ってるけどね。俺の些細なプライドって事で。笑って流してくれてたし、いいか。


 マスターはその説明だけで、興味深そうに唸った。


「ふうん。確かに困りそうだ。あんたは特に調子が乱されるでしょう」


「そーなんだよー! でさ、俺だけじゃないの。他の社員も、あの子の体当たりで少しずつ変わっていってるんだ。この歳で未知のタイプに出会って、自他共に変化を起こされて振り回されてるって話。助けてよマスター……」


 冗談半分で泣きついて見せたけど、困ってるのは本当。数少ない頼れる歳上だ、何か教えてくれないかな?



 マスターは無言でハイボールを飲んだ後、尋ねてきた。


「その変化、嫌な感じはする?」


「うーん……困るけど嫌ではないな。露骨に抵抗して攻撃してる子はいるけど、全体的な社内の雰囲気は良くなってると思う」


「どんな風に」


「仲良くなったってのが一番分かりやすい変化かな。それで最近は、各々が少し精力的になり始めた」


「ふうん……確かに良い事だね」



 俺は正直、ルークが自殺未遂をした時の皆の動揺に驚いたんだ。俺は既に仲良かったしトラウマ刺激されたしで普通にダメージ受けたけどな。まったく。


 皆、社員との死別を何度か精算してるはずなのに。ボロボロの姿に取り乱して、目を覚ました時はあれだけ泣いて怒って喜んで。ルークがたったの半年で皆の心に食い込むような関わり方をして来た事の証左でしょ。


 精力的って話で言えば、特にウィルルだ。あんな目に遭って、あんなに強く立ち直れるとは思ってなかった。今まで寄り添い続けたケインの力は相当大きかったと思うけど、ここ数日見られる活力を与えたのはルークの仕業だと思うんだよな。多分。



 それぞれ考えを巡らせる時間が少しあった。そしてマスターは質問を続ける。


「――ふむ。次ね。カッちゃんはなんでその子に自分の事を話そうと思えたの?」


 言葉が出てこなーい。そもそも酔ってんだよね。結構ほったらかしてしまった手元のジントニックを啜った。あ、余計酔っちゃうね。


「色々あったからな……。ああでも、純粋に俺を理解するために近付いて来てるのが分かったからかな」


「なぜ分かったの? そして、なぜそれに応えようと思ったのかしら」


「いや……。思い切り突き放した時に、泣きながらぶっ倒れるまで向き合って来たんだよ。ちょっと只事じゃないじゃん? ああこの子はマジで仲間が大事で、俺の事も大事なんだって思い知らされた。必死過ぎてほだされた感じ」



 マスターは愉快そうに鼻を鳴らした後、ハイボールを勢いよく飲み干し、皺だらけの口の端を上げた。


「――やっぱり、愛ね」



「………………お会計を」

「聞きなさい。真面目な話」



 むくれて不服を示しながら腰を落ち着けた。マスターは助言だか妄想だか分からない話を始める。


「その子の力は愛だよ。尋常じゃない友愛」


「友愛……」


「恋愛をよく知ってて、親子愛に悩んでて、基本的に人付き合いで一線を引きたがるカッちゃんには、あまり馴染みがないかも知れないね。と言っても、私も友愛の強い人はあまり見たことがない」


 マスターは手持ち無沙汰なのか、そんなに濡れてないグラスを磨きながら話す。


「人間って、美しいものじゃないでしょう。知れば知るほど愛せなくなることも珍しくない。丸ごと知った上で肯定するのは難しい。まあ友愛に限った話じゃないけれど、他よりも欲が絡みにくい上に、関係から逃れるのが簡単だから、難易度は上がるんじゃないかしら」


 知れば知るほどね。実際、退社して逃れようとしてた所だったね。今の俺には刺さっちゃうなー。


「……でもその子は、自分から他人を知ろうと行動して、色々知った後も傍にいるんでしょう。確かに鬱陶しいかも知れないけど、心に傷を負ったあなた達を包み込んで楽にしてる部分もあるんだろう。――と私は感じたよ」


 この人、まるで見てたかのように話すことがあるんだよ。久々に聞いたな、この語り口。



 でもルークが泣く姿の頼りなさを知ってる俺としては、ちょっと反論したくなっちゃった。


「そうかなあ。確かに良い人だけど、やっぱり良くも悪くも普通の人だと思うよ。そんな大層な器があるとまでは思えないな」


 マスターはその反論まで見透かしてたってのかね? スムーズに言葉を続ける。


「……そうだね。カッちゃん、その子の様子を『必死過ぎる』と言ったでしょう? 何か、そうさせる理由や背景があるのかもしれない。現に心を病んでそこにいるのだから。――でも、愛で動いている事には変わりないよ」


 なんか腑に落ちたというか、腑に落とされたと言うか。複雑な唸り声を出す俺に、マスターが会計の手帳を差し出した。


「その子が心配するから帰りなさい。……いいじゃない? その歳で変化を起こされて、散々困ってみても。あんたとは違う生き様を、あんたの傍で見せてくれる人だ。あんたのを軽くするヒントをくれるかも知れないよ」


 言外げんがいに、妻と息子の話を滲ませるもん。やんなっちゃうね。芝居がかってて寒いし、それでいて耳が痛い話だった。この人の話じゃなきゃ最後まで聞けなかったかも。



 ――結局、俺も結構影響を受けてるみたいだね。人を頼って、お節介に感謝して、受け入れてみようと言う気になってる。誤魔化して笑える話にして、心は閉ざしてるって方が楽……だったはずなのにさ。


 会計の手帳に、端数を切り上げたお金を挟んで返した。チップと言えるほどじゃないけど、長話したし。


「ご馳走様。生きてればまた来るから、よろしくねー」


 いつもの捨て台詞と共に席を立ったけど、マスターが機嫌良く返事をよこした。


「今度連れて来てみなさい、その普通の子」


「えー、俺のホームでサシ飲み? 絶対大喜びして更に困らされるじゃん。嫌だ」


「いいじゃない。それこそ、あんたの口癖の『恩返し』だよ」



 眉をひそめて疑問を示すと、呆れたような溜息の後で補足してくれた。


「……その子。他人に与えるのと同じだけ、自分も愛されたいと思っているかも」


 苦笑してしまった。


「背負うもんをこれ以上増やすような事言わないでよ。勘弁して」


 そのまま踵を返して店を後にした。



 いつか、連れてこようか? でも喜んだ分、倍でお返ししてきそう。やっぱり鬱陶しい人だよね。ログマの気持ちも、ちょっと分からんでもないんだ。



 ――だけどやっぱり、俺は君を尊敬するよ、ルーク。





  *  *  *  *  *  


  第四部おまけ 完


  *  *  *  *  *  




< 御礼とお願い、次話以降の予告 >


【御礼・お願い】


 第4部おまけにまでお付き合い頂けた全ての方々に深く御礼申し上げます。


 本編は一貫してルークの一人称視点で進めますので、おまけを読めば少し本編の解像度が上がる、と言う内容にしました。……結構濃厚になってしまった気がしていますが。

 18000字超に及ぶおまけとは? と思いつつ、各キャラクター達の人生の一場面、楽しんで頂ければと祈っております。


 拙作が更に多くの方にご一読頂けるチャンスを得るべく、☆とフォローのご検討を今一度お願い致します。

 既に頂いている方、改めて、ありがとうございます。その1クリックが今の作品と作者を支えています。



【第5部予定】


 9月いっぱい執筆のお時間を頂きたく存じます。ストックが払底しました。

 第4部のうち約15万字を丸々書き直すと言う大幅な改稿を行いながら毎日連載を続けた事が大きいです。自滅です。反省しております。


 第5部開始は10/1を予定しています。また毎日連載にて公開するつもりです。

 今までで最も長い休載期間ゆえ色々と不安ですが、良い作品をお届けすべく力を尽くしますゆえ、何卒お待ち頂ければ幸いです。



【第5部予告】


 前進し始めるルーク、変わり始めるチーム。名声と注目、貴族との繋がりを得て翻弄されながらも、自分や仲間と向き合う日々。

 しかし訪れるのは冬。――試練の季節。

 自ずと突き付けられる病状、各々の課題。それぞれの調子が低空飛行となり、時に削り合ってしまう中で、更に変化が舞い込む。それがもたらすのは光か闇か。

 食いしばり、次へ。変化と忍耐の、第5部。




 第3部・第4部に比べれば平和で気軽な話になる……と思っています。しかしその中で変化は確実に起こっていく。その様を楽しんで頂けるような話になればと。




 重ねて申し上げますが、読者の方々には頭が下がります。一生足を向けて眠れません。

 今後もお付き合いのほど、何卒宜しくお願い申し上げます。


 それでは、暫し大人しくさせて頂きます。



 清賀まひろでした。


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