142話 仮設アジト侵攻作戦



 ジャンネさんを玄関から見送り、ドアを閉めた瞬間、俺の表情筋は一斉に働くのを止めた。


 これはいつも通り。よそ行きの愛想笑いを止めただけ。……そう思いたかったが、さっきの彼女の言葉の数々が腹の底に渦巻いて、俺の無表情に不穏な影を落としている気がしてならなかった。

 大して親しくもない相手との取るに足らない会話に、大きく影響を受けた自分の心を不快に思った。


 ティーセットをキッチンに下げ、そのまま会議室に戻る。皆は盗聴内容を踏まえ、ざっくばらんに議論しているところのようだった。



 ログマへとまっすぐ向かい、自分の襟元のピンを外して返す。目を合わせずに言った。


「ログマの気持ち、身に染みて分かったよ。一方的に距離を詰められて、好き勝手に分かったようなことを言われるのは、本当に腹が立つな」


彼は少しの間の後、ふんと鼻を鳴らすだけで応じた。




 結局ジャンネさんの情報から得られたのは、防衛団側に利がある限りは泳がせて貰えるという安心感だけだったが、これが結構大事だそうだ。俺とカルミアさんの冤罪への心配が薄れ、動きやすくなるからだ。


 あと、現在の情報のみで仮設アジトを狙うなら防衛戦士団は頼れない、というのもはっきりして良かったとのこと。


 ――これにより、俺達自身が攻め入るしかない、と腹を決めることが出来る。



 作戦はシンプルで大胆に仕上がった。仮設アジトへ潜り込み、武力で以て制圧するのだ。



 稼働メンバーは、ウィルルを抜いた四人。


 数年越しに襲ってくるような奴らが、あの襲撃を機にウィルルの情報を手放してくれたとは思えない。彼女自身の精神状態も考慮し、ウィルルは待機とした。


 ウィルルはしょんぼりと縮こまる。


「ごめんなさい。私のせいなのに、私、何もできない。ごめんなさい……」


 ダンカムさんが太い首を横に振った。


「拠点での回復も重要な役割だ! 彼らが帰ってきたら沢山癒してもらわなきゃいけないと思うから、しょげてる暇はないぞぉ」


「……うん! 霊術力たくさんで待ってます。あっ、疲れに効く薬草も久々に調合しようかな」


 留守を頼むレイジさんとダンカムさんにも武技の心得はあるし、防衛戦士団の警備も整った。何より、ウィルル自身が充分に身を守れる術士に成長しているから、会社にいる限りはかなり安心と言えよう。



 最初に動くはカルミアさん。


「『裏』に詳しい知り合いを頼って、ヒュドラーの仕事の請け方について聞いてみるよ。仮設アジトに入れてもらう上でのルールがあるかもしれないから。ルークの話だと、今は細かく沢山の仕事があるみたいだし、間違って関係ないところに手を出したりしないようにしたいよね」


 心配になって問う。


「カルミアさんのツテばっかり頼っていていいのかな。人間関係を犠牲にしたりしてないか?」


彼は笑って答えた。……今回はいつもより、可能な範囲で濁さずに答えてくれたと感じた。


「大丈夫。俺も頼られたら助けてるし、そうやって持ちつ持たれつになってるんだよ。どうしてもって時は金で片付けるし、あまり気にしないで」



 カルミアさんの情報を以て、まだ顔の割れていないであろうログマが、裏仕事に興味のある一般戦士の振りをして仮設アジトへ潜入する。


 危険な役割を担うログマだが、彼は顔色一つ変えずに淡々と言った。


「色々聞けるだろうから、すぐ暴れずにその場の様子を見る事にする。場が整ったら何か合図するから、総攻撃を仕掛けるぞ」


 残りの俺達三人は、現場状況を見て場所取りし、ログマを極力近くで見守りながら戦闘に備えることになる。

 ケインは、ようやく活躍できると前のめりだ。


「ふふ。ルルちゃんと一緒に、対人の麻痺毒矢を薬草で作っておくの。殺さず捕らえるには絶対役立つと思うんだけど、そんな犯罪グッズは売ってないからさ」


「え! ケイン、そんなことする人だっけ?」


 尋ねると、ケインが初めて見る不敵な笑みを浮かべた。


「悪い事をするのは確かに嫌い。でも、ルルちゃんに手を出した奴らの方が絶対悪いじゃん。悪には悪だよ。絶対捕らえてやる」



 ここでヒュドラーの組員を一人捕らえられれば上々。防衛団へ利を生む存在としてのアピールになるし、その一人を尋問することで、ウィルルを守っていく方法のヒントが得られるかもしれない。ヒュドラーの逮捕、事件の決着も見えてくる可能性がある。



 レイジさんの判断で、実行は明日からになった。


「今日は各々、覚悟を決めて心身を整えろ。危険な作戦になるし、カルミアの方で情報が掴めなければ長期戦になる。焦らず構えておくように。――解散!」




 席に座ったまま大きく伸びをしていると、隣のカルミアさんに囁かれた。


「ねえ。俺のこと、まだ知りたいと思ってくれてる?」


「当たり前だろ。あんなハードな話の最後に、もう少し知って欲しいなんて言われたから、気になりまくりだよ」


「ははっ。じゃ、疲れてるとこ悪いけどさ。明日から俺はバタバタすると思うし、この後少し裏庭で話さないか?」


「あっ……うん! もちろん、ぜひぜひ! よっしゃ!」


「大袈裟に意気込まれても困るって。ふふ」


 冗談ぽく受け流されたが、俺にとっては決して大袈裟じゃない。カルミアさんの方から、俺に自分のことを話す機会を作ってくれたということが嬉しかった。


 ……きっと、重くてキツい話なんだろう。そして間違いなく、重要な話だ。でも、受け止める準備は出来ている。



 会議室を出ていく彼の背中を追いかけ、その隣に肩を並べて歩いた。





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