141話 善悪
耳馴染みのない資格に、驚き切れない中途半端な反応をしてしまった。そもそも、どうしてここで資格の話になったか分からない。
剣技ダイヤモンド級の方は分かる。年一回のバヤト帝国剣技大会において、各性別、年齢層、部門ごとの優勝者のみが持てる資格。国内随一の実力者である証だ。女性ということを加味しても、俺では太刀打ちできないと思う。
しかし、後者の『光精霊スペシャリスト』は初耳だ。また俺の世間知らずが露呈するのか……。
「あの、すみません。その光精霊? とは」
「知らないか。まあ珍しい資格だからな。光属性の精霊感度がズバ抜けているという認定だ」
「ああ、そうなんですね。凄いなあ。……それで?」
「早い話、人に注目すると、思考や人格の善悪が大体分かってしまうんだ。一般的に善とされる心を持つ人ほど、光精霊と強く共鳴する。逆に、悪に寄るほど、共鳴が弱くなる。そういう仕組みを使って、御社に対して仄暗い考えを持つ者を遠ざけることが出来たと伝えたかった」
ただ唖然とした。そんなのアリかよ? 確かに、精霊は人の心と共鳴し力を発揮するものではあるが。
「じゃ、じゃあ、悪者の可能性がある俺の前で剣を下ろしたのも……」
「ああ、ルークさんの善性が見えていたからだ。丸腰のルークさんの警戒を解くためでもあったね」
自信満々で油断しきった言動の数々は、これが根拠だったのか……。いや、それを加味しても不用意な場面があった気がするけど。
にわかには信じられないのもあり、尋ねる。
「でも、以前握手した時、貴方は油断ならないとか何とかって。そういう、予想が外れることもあるんでしょ?」
彼女が口を尖らせる。
「それはあるよ。人の心というものは複雑で流動的だからね。この力は決して万能じゃない。でも、今回の協力者は、関係が長く、その中での善性のブレが少ない人だけにしているよ」
そして不意に、少し鋭い目付きを俺に向け、こう言った。
「……ルークさんを油断ならない人だと言ったのにも、ちゃんと理由があるんだ」
「えっ」
「釘を刺す意味でも言わせてもらおうか」
――この時のジャンネさんの言葉は、忘れられない。
「貴方の善悪の振り幅は大きい。基本的には強い善性を保っているが、突然、強い悪性を示す時がある。……だから、少し危険だと思ったんだ」
胸元を締められるような不快感を感じた。別に俺は自分を善人とも悪人とも思っていない。だが、善人であろうと振舞っている。そんな俺にとって、強く悪人側に振れている時があるというのは、ショックだった。それを自覚できていないこと含め、だ。
なんとも反応を返しづらく、適当に流した。
「あー……そう、なんですねぇ……」
だが彼女の言葉はそれで終わらなかった。この世の全てを見ている青空のような瞳が、真っ直ぐに俺を射抜く。
「何か、恨みを抱えていないか?」
返答に詰まる。具体的な心当たりは浮かばないものの、はっきりと否定することもできなかった。何も言わずに目を逸らしたのが彼女の気を逆撫でしたのだろうか、強い言葉を続けられる。
「貴方は、その恨みの強さのあまりに、出来るなら誰かを加害したいと思っているね」
愛想笑いが引き攣り目が泳ぐ。
「そっ、それは流石に――」
「いや、思ったことはある筈だ。腹が立つ、やり返したい、憎い、苦しめたい――殺してやりたいと」
「いや、いやいや……。ははは……」
やめろ、そんなことを言うな。何か、自分の中の奥底の、触れてはいけないものに触れられている気がして、強い抵抗を感じた。
微かに呼吸の乱れた俺を見た彼女は、ため息をついてハーブティーを飲み干した。
「……まあ、思うだけなら良いんだよ。心の中は自由だからね。貴方は幸い、その強い闇を、更に強い光で抑えつけて制御しているようだ。だから逆に信用できるとも言える。強い理性と正義感のある人だと言う事だからね」
「あり、がとう……ございます?」
彼女が手帳とペンをポーチにしまう。
「突然踏み込んだ事を言ってごめんなさい。少し、私なりにルークさんを試したんだ。でも、貴方はやはり信頼に足る人だ。今後も応援させてもらう。……よろしく頼むよ」
右手を差し出される。俺でも善性十割と分かる綺麗な笑顔を見て、その手を無性に払い除けたくなった。
そんな脳天気な笑顔を他人に向けられる貴女に、俺のことなんて、分かるわけないだろ。剣士としての実績も、精霊感度も、優れた外見も、他人を信じる度胸も、社会的地位と安定した生活も――健康な心身だって、未来への展望だって、誇りや自信だって、何でも持ってるくせに。
……なあんてね。言っても仕方のないことだ。色々足りない俺だからこそ持っているものだってある。ちゃんと分かっている。
例えば、心の闇と痛みを隠し通す、完璧で空虚なしょーもない愛想笑いとかね。
「こちらこそ、よろしくお願いします。信じてくれてありがとう。また連絡を取り合いましょう」
歯を軋ませながら、固い握手を交わした。今の俺はちゃんと善に見えているのかな、などと思いながら。
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