139話 ジャンネ、来社



 本当に十分ほどで、固定連絡機が玄関ベルの音を鳴らした。皆の期待と応援、ヘマするなよと言わんばかりの圧を背に受け、応接間へと赴いた。



「いらっしゃいませ。御足労頂き感謝です」

「突然すまないね。失礼するよ」


 ジャンネさんは今日もフル装備。彼女は俺に似た戦闘スタイルなのだろう、剣士にしてはかなりの軽装備だ。



 彼女を奥の席に促して下座に座る。腰に提げたレイピアが邪魔になったらしい彼女は、それをベルトごと外して、壁際に置いた。いやいやいや、ここはルーク容疑者の本拠地でもあるんだぞ? 本当に大丈夫かなこの人……。


 揃って着席してすぐ、満面の笑みのウィルルが見慣れない花柄のティーセットを載せたトレイを持って入って来た。……それ、来客用備品じゃなくて私物だろ。いいのかな……。


「ジャンネさぁん!」


「おお、ウィルルさん! 元気そうだね!」


「えへへ、ジャンネさんのおかげ。ありがとうございました。これ、私が育てたハーブのお茶なんです。お礼に、飲んで欲しいなぁ」


「是非頂くよ! 私はハーブティーに目がないんだ」


「やったあ! 気に入りますように。ルークも飲んでね?」


「あ……うん。ありがとう。貰うよ」


 うっきうきで去るウィルルを見送りながら、ああ、俺が先に飲んで見せれば安心して貰えるのか、と気づいたりした。そこまでの工夫や配慮は必要なさそうだが。



 ポットの茶を注ぎながら、話を切り出した。


「防衛体制の件、改めて、ありがとうございます。俺達も警戒に疲れてきていた所だったので、助かります」


 ジャンネさんはふふん! とこれでもかと胸を張った。見せつけないで欲しい。


「安心してくれ。帝国防衛戦士団の警備だからな! 大船に乗ったつもりでいるといい! 腰が重くて後手後手と言うだけではないところをご覧に入れよう」


 前回言った事、ちょっと根に持たれてるな……。苦笑して、華やかな香りの湯気が立ち上るカップを差し出した。



 彼女はきりりとした精力的な顔つきで話し出す。羨ましいなぁ。若々しくて元気そうだ。俺は今この瞬間も横になりたいのに。


「御社の代表取締役レイジさんと、うちの北区支部副長――エバッソがやり取りさせて頂いている件。部下である私にも情報は共有されているんだが、その……申し訳ないね」


「と言うと?」


「多分、彼はあまり誠意のある対応をしていないだろう? エバッソ副長は、支部内の立ち位置こそ中立を装っているが、貴方達を味方する気はないんだ」


「ああ……まあ確かに、あまり協力的ではないのかなと、弊社でも感じてはいました」


「そうだろうな……。あけすけに言えば、損益に敏感で結果至上主義な人でね。小さな民間企業である御社を守るより、囮として泳がせて、下手な真似をした時は捕まえる方が功績になると言っていた。酷い話だよ、全く」


「あ……はは……そうなんですねえ」


 あけすけ過ぎるだろ……。とか思っているうちに、ジャンネさんが俺より先にハーブティー飲んでほっこりしてるし。なんなんだ。



 ログマの言う通り、余計なことを考えずに話した方が良さそうだな……。俺だけが過剰に気を張って自滅しているようだ。一息ついて、気を取り直す。


「でも、エバッソさん? にはそのスタンスで居られた方が、俺達は動きやすいかも知れないです」


何故なにゆえ?」


「俺達がヒュドラーを探る中で、逮捕できるほどの強い証拠を掴まれなければ、基本的には囮として泳がしておいてくれるということかな、と」


「なるほど。確かに、ルークさんへの疑いが晴れたわけではないが、追求は後回しにする方針になっているよ」


「何よりです。もしまた濡れ衣を着せる方針が強くなった時は、ジャンネさんが内部から助けて下されば大きな問題にはならない。そこは頼りにさせて下さい」


「ああ、それは協力するよ」



 あっ、と彼女が思い出したように言った。


「そうだ。利益や結果を重視するエバッソ副長が、わざわざ御社と長らく協力関係を続け、情報交換をしていた理由が分かったよ」


「おっ。気になってました」


 ジャンネさんが険しい顔をする。


「どこかの人身売買組織に、帝都の貴族のご令嬢が拐われているらしいんだ。もう四年前だから半ば諦めてはいるものの、何か情報があれば喜んで貰える。それを狙っていたようだね」


「ああー……」


「だから、この前そちらの取締役からヒュドラーという具体的な組織名を聞けて喜んでいたよ。どこかで令嬢の情報に繋がるかも知れない、この調子で泳がせようと言っていた。……聞いた時は、不誠実さに腹が立ったが、ルークさんの言う通り、動きやすいとも言えるのかもしれないね」


「ほ、ほーん……そうですね……」


 さっきから聞かない方がいい話を沢山聞かされてる気がして、俺の方が勝手にしんどくなってきた。情報共有という意味ではありのまま伝えてくれていてありがたいのだが、なんと言うかこう、もう少し婉曲えんきょく的な言葉を使ってくれないかな……。



 笑顔の口の端をストレスで震わせていると、彼女に身を乗り出された。


「そちらの情報収集はどうだ? なにか収穫や進展はあったか? エバッソ副長に明かせないことも、私とルークさんの間では話して欲しい。そのために二人で話しているんだ」


「あぁ、そうですね――」


 話していいんだよな? 防衛団……というより、ジャンネさんに知られて困る事はないもんな。……どこまで協力してもらえるかは分からないが。



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