137話 雨降って地固まる



「レイジさん」



 呼びかけると、彼はやれやれという顔で近づいてきた。

「おはよう、ルーク。……昨日は」



 片手で制す。俺がしたい話は、それじゃない。


「帝都軍事依頼所に、俺の情報が何回も晒されていたの、ご存知でしたよねえ?」



 彼はビジネススマイルを浮かべた。


「へえ! それは知らなかったなぁ。まさか、ルークが良い広告塔になって営業活動が楽だなんて、そんなこともなかったしなぁ」


 案の定である。睨んで不満を訴えた。


「くそ……俺が無知なのをいい事に!」


「ハハハ! 諦めろ、時既に遅しだ。そもそもルークが勝手に目立ってたんだし、俺は悪くない」


「教えてくれたって良いでしょう。何も知らなくて、酒場で大恥かきましたよ!」


「ぶふっ、なんだそれ。詳しく聞かせろよ」


「……情報共有の時にね!」



 笑い続けるレイジさんをその場に放っておいて、もう一人へ文句を言いに向かった。


「おい、カルミアさん」



 何もなかったかのような微笑みがこちらへ向く。

「やっほ。突然倒れるからびっくりしたよ」


 間を詰めるが、彼は油断しきっているようだ。回し蹴りを放つと、綺麗に脇腹に入った。


 カルミアさんが呻いてよろめき、周りから驚きの声が上がる。


 ふん、と鼻で笑ってやった。

「加減したから大して痛くないでしょうが」


 彼は困惑の顰めっ面で脇腹をさすった。


「それなりには痛いよ! 何? ログマの真似? 悪い見本の影響を受けたもんだねぇ……」


 少し軽くなった胸を張った。


「ものすごーく心労を掛けられてムカついたから仕返し! ちょっとスッキリした。これでチャラにしてやるよ」


 カルミアさんは腕を組んで不服を示す。


「一方的だなぁ。驚かせたことは謝ったのに。その他の心労はルークが勝手に気を揉んでただけでしょう? 周りをほっとけないのはルークの問題だよ……八つ当たりじゃんか」


「ぐっ……それはそう……!」



 論破されて謝りかけたが、さっき片手間に悪い見本と煽られたログマが援護に入ってくれた。


「いーや、今回はルークに一票。勝手なのはカルミアだ。組織の和を乱しやがって」


「いや待て。それ、お前が言うの?」

俺が入社した日、お前に言い聞かせたやつじゃん。


 ツッコミを無視してログマは続ける。


「組織で大事おおごとに当たろうって時に、単独行動と秘密主義が過ぎる。そのくせ完全には隠さねえから、ルークでなくても気になるってんだよ。蹴り一発で済んで良かったな」



 ケインも乗った。


「そうだよ! どれだけ心配してたか! 同僚なんだし、会社に影響があることは説明してくれないと困るの! 私だって矢の一射や二射くらい食らわせたいよ!」


 流石に制した。

「射るのはやめてあげて……」


 彼女は少し涙ぐみながら続けた。


「私、犯罪は嫌いだよ。でも、カルさんは大好き。前科くらい、早く打ち明けて欲しかった。内緒にして、一人で危ないことしてる方が、嫌だよ」



 カルミアさんは頬を掻き、へらっと苦笑した。


「……そっか。ほっといてくれないのね。俺は皆に離れていって欲しかったんだけどな。勝手に心配されて、説教されるんじゃ、ありがた迷惑だよ」


 まだ俺達を突き放してるな……。皆の顔を曇らせやがって。もう一発蹴ってやりたくなってきた。



 素直すぎるウィルルの目が回り出す。


「ふぁええ? め、迷惑だったの? 心配じゃなくて、ほっとかなきゃいけないの? 私、ずっと間違えてたかも。大好きだから心配するのは、ダメだったの?」


 流石のカルミアさんも慌て出した。


「ああ、えっと、そうだな、いやそうじゃなくて、あぁ――」


そしてついに、こう言った。



「……ダメじゃない。迷惑でもない。……うん。本当はこう言うべきだ――皆、心配かけて、ごめん。気にかけてくれて、正直嬉しいよ。ちょっと暑苦しいけどね」



 俺達メンバーの顔は、晴れやかに緩んだ。イマイチ分かってなさそうなウィルルだけは、不安げに首を傾げていた。



 成り行きを見守っていたレイジさんとダンカムさんが、泣きそうな顔で静かに笑い合っているのを、俺は見逃さなかった。



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