136話 次々と話しに来る
ソファで上体を起こしたまま準備を見守っていると、今度はログマが寄ってきた。
……嫌だな。つい身構えてしまう。昨日のあれにはちょっと傷付いているし、彼にとって適切な距離感というものがまだ分かっていないから。
だが、彼もまた、距離感の調整はド下手だと思う。近くに来てすぐに睨みつけられた。一応挨拶してやるか。
「……おはよう」
無視である。なんだこいつ。俺に身体を向けつつも顔は斜め下へ逸らし、腕を組んで膝を揺らしている。何か、言うべきだけど言いたくない事があるんだろうな。内容は見当がつくけど。
その態度じゃ埒が明かないよ。ため息をついて、こいつのペースを脱した。
「ログマ。昨日はごめん。俺、距離感を勘違いして、余計なお世話を言った。お前、そういうの嫌いだよな。今後は気をつける」
ログマは少し顔を顰めた後、小さく言った。
「分かればいい」
一応仲直りできたか。お前の目的もこれだったんだろ? 後は適当な悪口で会話は終わりかな、などと緩く構えていたら、今度はこちらがペースを崩された。
「昨日の発言を訂正しに来たんだ」
「え」
「『俺の事を分からなくていい』と言った部分だけは、撤回する。――期待はしてねえし、馴れ馴れしいのも嫌いだが、分かって貰わないと困る部分はある」
「……お、おう……」
「ルークはバカで鈍いが、俺についての理解が間違ってるわけじゃない。昨日は、行動と発言が不快だっただけだ。……だが、理解の部分まで否定してしまった。悪かった」
謝られた……!
唖然とする俺に、彼は決まりが悪そうに続けた。
「理解するのはいい。だが俺のことを言葉に出されたり、過度にお節介されたりするのは物ッ凄く腹が立つ。だからやめろ」
今度は自己開示だと……!
ログマのぶつかり方は派手で乱暴だけど、その後でちゃんと建設的な改善策を出して来てくれる。俺がこいつを嫌いになれない理由の一つだ。
「……分かった。教えてくれてありがとう。また一つ理解出来て嬉しいよ」
ため息の後、額を指で弾かれた。予想した数倍の痛みに悲鳴を上げた。
「いぃっだ!」
「そのコブと痣はなんだ? 頭突きでもしたか?」
「えー……あっ! した!」
「……酒場で何してんだよ。後で話せよ」
満足したらしい彼は踵を返した。……コブになる前に回復術で応急処置すべきだったな。忘れていた。
俺から離れたログマが何か言った後、ウィルルが駆けてきた。……次々と話しに来るなぁ。なんでだろう。嫌ではないが気になる。
彼女の手には薬箱があった。
「額、湿布……。貼った方がいいって、ログマが」
なんでウィルルに頼んだのかな。回復役だからか? 何はともあれ、久しぶりの会話が嬉しかった。
「持ってきてくれてありがとう。欲しいと思ってた」
「あっ、わたし、貼る……」
「ほんと? 助かる」
ウィルルは湿布をハサミで切りながら、ぽつぽつと言った。
「私、皆に沢山迷惑かけちゃったね。ルークも凄く疲れてるって聞いたよ。ごめんなさい」
「謝らないの。悪いのはお父さんとヒュドラーだからね」
「……でも、私、沢山気を遣わせちゃった」
「俺もこの前死にかけて気を遣わせたし、皆も定期的に倒れるだろ。ふふっ、気にし始めたらキリがないよ」
「えう……」
額にウィルルの細い指が触れた後、次いで湿布の冷たさを感じた。
「ありがとう」
「どういたしまして……」
ウィルルは薬箱を閉じた後、心配そうに首を傾げた。
「……ルーク。嫌な夢、見てた?」
図星を突かれてぎくっとした。
「あぁ……うん。まあ。なんで分かったの?」
彼女は悲しげに言った。
「な……涙、出てたよ……」
「うっわ。マジで? 恥ずかし……!」
「あとね。『寂しいなぁ』って言ってたよ。私は昨日のこと分からないけど、皆、それ聞いて、謝らなきゃって反省してた」
「そんな寝言、皆に聞かれてたのかよ? うわああ最悪……」
ダダ漏れじゃないか。次々話しに来たのはそういう事か。両手で顔を覆った。そんな俺を見て慌てたウィルルは、謎の励ましをくれた。
「だ、大丈夫! ルークが優しいのも、頑張ってくれてるのも、皆分かってるよ。ちゃんと、大好きだよ。ちゃんと、仲良しだよ!」
「あ、ありがと……なんか余計に恥ずかしくなったのはきっと俺の問題だよね……うん……」
決まりが悪い俺は早々に目線を逸らしたが、ウィルルにはまだ言いたいことがあったらしい。もじもじと躊躇うように身動ぎした後、上目遣いで言った。
「エスタがね。今度、ルークと二人で話したいんだって」
「え、どうして?」
「分かんない」
「あれっ。二人は感覚や記憶を大体共有してるんじゃなかったっけ」
ウィルルは物憂げに目を伏せる。
「……最近、ちょっと変わってきてるの。エスタの考えてることと、記憶が、ぼんやりなんだあ」
首を傾げる。彼女の病状の変化について、俺からは何も言いようがない。
「そうなんだ。病院で相談しなきゃだな」
「うん。今度する。ミロナさんにも、カウンセリングで話そうと思ってる。でも、エスタは、その前にルークと話したいんだって」
理由は気になったが、なんでもいいと思った。
「勿論いいよ。またエスタの都合のいい時に声を掛けて」
ウィルルは嬉しそうに頷いた。
薬箱をしまいに行った彼女を見送り、ソファから立ち上がった。こうなったらあんた達とも話したいよ。
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