134話 向き合った結果は
「……ふうー」
軽い調子のため息。それが、カルミアさんの返事かよ。
ああ、やっぱり俺なんかじゃ駄目なんだ。全力の、心の底からの、正直な態度で向き合ったけど、それでも力不足だったようだ。もう本当におしまいなんだ、俺達の関係は――。
いっそう項垂れる俺に聞こえたのは、拍子抜けするような調子の声だった。
「随分重くて面倒臭い男に好かれちゃったもんだね」
予想外の雰囲気を訝しく思い、俯いた顔を上げる。
カルミアさんから、妙に楽しげな雰囲気は消えていた。複雑そうな、気まずそうな、困ったような苦笑は、これまた見たことがない表情だった。
彼はその表情のまま、飄々と話し始めた。
「真面目で繊細なルークのことだから、動揺させて人殺しだって明かせば簡単に幻滅してくれると思ったんだけどな。予想以上に愛が重いね。こっちがドン引きしちゃった」
「え」
「ずっと話して欲しかったとか言うけど、ルークだって俺に話してくれないよね。未だに、何がどう辛くて自殺しようとしたか、何も知らないんだけど。なんでそんなに威勢よく文句が言えるのか疑問だよ」
「あ……」
「挙句、友達じゃないって言ったら許さないって? 四十五のおっさんには青すぎてキツいなぁ。そっちは言ってて恥ずかしくないわけ? 二十六にもなって……」
「ぐぅ……!」
そう言われると物凄く恥ずかし――いやそれよりも。これはどっちだ? 伝わったのか、伝わってないのか。いやあるいは、伝わったけど効果がなかったのか。
カルミアさんは、ゆっくり距離を詰めて、俺の頭に優しく手を置いた。
「ごめんね。……全部ルークの言う通りだ。恐れ入ったよ」
ガシガシと荒く大事に撫でられるのは、何度目だったかな。撫でる手と自分の髪のせいで、カルミアさんの表情はよく見えなかった。でも、頭に触れた手が、何よりも雄弁に、俺が彼に向き合った結果を伝えてくれていた。
それでも不安で、撫でられながら顔を上げると、目が合った。酷く自嘲的で、それでいて毒気の抜けたような柔らかい瞳を細めて苦笑し、彼は言った。
「騙してた皆に本当の俺を見せて謝ったら、すぐ退社したいってレイジ達に話してたんだ。その後は息子に遺せるもんだけ用意して、どっかで死ぬつもりだったんだよ。ここ数日、一刻も早く死のうって、それしか考えてなかった。それくらい自分に絶望したんだ」
彼は目を閉じ、ため息をつく。
「なのに、良い人の俺も本当だなんて言い聞かされたら、未練が残っちゃうじゃん。……もう少し『良い人』をやっててもいいかなってさ……。ウィルルのことも気掛かりだし、他にも色々やり残したことを思い出しちゃったりして。台無しだよ。ほんと、やってくれたね」
くすくすと笑うカルミアさん。からかい半分の口調に滲むのは、俺がずっと恋しかった親しみだ。
「思ってたのと全然違う流れにされたから複雑だけど……ありがとね。ルークの言葉、なんていうか、響いたよ。お陰様で死に損なっちゃったみたい。……この際、もう少し知って欲しくなっちゃったなぁ。今度聞いてもらおうかな。結構ダルいよー? ちゃんと聞いてくれる? 重くて青臭い友人くん」
弛んだ涙腺が、今度は嬉し涙を瞳に浮かべた。
「……へへ。望むところだよ。楽しみだ」
言うと同時に、膝がかくんと折れた。
床にへたりこんだ俺を見て、カルミアさんが慌てる。
「ちょ、ちょっと? そんなに怖かった?」
「とんでもなく怖かったよ……ホント勘弁してよ……そもそも、今日はとっくに疲れ切ってて……」
「あ、そうなの? そういや俺、今日のルークが何してたか全く知らないや。ごめんごめん」
いつもの、どこか適当な優しい口調。ああ、良かった。行動の正誤はともかく、俺にとっては紛れもなく成功だ――。
瞼が落ちるのを感じながら、笑った。
「俺の話も、色々、すっから……聞いて――」
全ての力を完全に使い果たした俺は、綺麗に気絶した。
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