49話 辛い時は頼ってよ



 今日はケインと二人で、近郊の平野のモンスター討伐に臨んでいる。


 近頃増えているスラッジを二十体討伐する。スラッジの種類は指定なし、廃棄物は放置でよい。有用な含有物があれば回収するようにとのお達し。難易度も危険度も低い依頼だ。



 ケインはあれから三週間休んだ後、体調が安定した。彼女自身が、それを一番喜んでいた。


「ふっ――よし、次」


 ケインは見つけたスラッジを淡々と射止める。核を射抜かれたスラッジは黒い霧となり消え、廃棄物を吐き出した。


 ケインが明るい声を上げる。

「あ、これ銀の指輪! 再利用できるかも」


 俺は彼女とは逆に、身体の調子が凄く悪かった。増えた薬も飲み続けているし、昨日はしっかり寝たのに。

 さっきから剣が重くて仕方ない。秋の始めとはいえまだまだ残暑は厳しいし、煌めく緑の広がりも青空も、全てが今の俺には逆風だ。


「もう俺、適当に回収してる……」


 ケインが、ぼーっと廃棄物の山を見つめる俺の顔を心配そうに覗き込んだ。


「……辛そうだね。他のメンバーに代わってもらえばよかったかな」

「そうかもね。朝はまだマシだったから油断した」

「残り五体だし、成果物も充分だよ。もう少しだけ、頑張ろ。頓服はないの?」

「最近、頓服はなるべく使わないようにしてるんだ。……あんまり、頼りたくなくて」


 ケインは物言いたげだったが、何も言わずに周囲の探索へ戻った。



 夕方に仕事を完遂した俺達は、軍事依頼所に戻って成果物を提出し、帰路についた。


 先程から冷や汗が止まらず、眩暈でたまにふらつく。額に手を当てたが熱はなさそうだ。頭が酷く疲労して、身体の調整が上手くいっていないかのようだった。


 ケインはそんな俺を心配してくれた。

「……二人で割ったらそんなに高くつかないし、広場で馬車を捕まえよう」


額の汗を手袋で拭い、首を振った。

「大丈夫。帰るだけだし。気を遣わせてごめん」


 ケインは少し迷った後に言った。


「ルーク。迷った時、辛い方を選ぶのはどうして?」


向けられた質問に、目を泳がせた。

「え……そうかな? なんでだろう」


ケインは、穏やかな口調ではっきりと話した。


「ルークは、自分に厳しいよ。頑張らなきゃいけない時はあるけど、少しでも楽な方法を選べる時は、そうしようよ。見ていて心配」


 がむしゃらに頑張りがちな彼女に、それを指摘させてしまった。頑張り方が下手なのは、俺も一緒なんだ。


 一瞬目を伏せて、笑いかける。

「そうだね。心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だから」


ケインは唇を噛み、黙ってしまった。



 会話がないまま大通りをラタメノ広場まで進むと、ケインは駆け出して馬車の往来へ手を上げた。


 追いつきながら声をかける。

「ケイン、いいって――」

「私が疲れたの。ルーク、半額出してね!」

そう言われては断れない。ズルいよ。


 ほどなくして馬車が停まり、乗り込む彼女に続いた。



 馬車はガタガタと揺れたが、腰を落ち着けたら幾分身体は楽になった。それに、休んでいる間に帰宅出来るということで安心した。


 ――彼女の言う通り、楽な方法を選んだ方が良い状況だったのだ。今更、自覚した。



 ケインは窓から河沿いの夕景を見ながら、話し出した。


「私の病気さ、調子の波が大きいでしょ。調子が上がりすぎると、その後の下がり幅も大きくて。その波をコントロールしたくて、色々と考えて調整してる」


彼女は、ふふっと悲しげに笑う。


「未だに上手くいかなくてずっと苦労してるけどね。こないだも迷惑かけちゃったし。――だからって言うか、ルークを見てると、ちょっと放っておけなくて」


 俺は席にもたれたまま、隣の彼女の揺れる栗毛を見た。


「ルークは、ずっと張り詰めて頑張ってるから、いつか大きな反動が来る気がして怖い。ヒビの入った足で走り続けてるみたいに見える」


 ……俺は、そんなに痛々しいのか。


 ケインは俺へ向き直って、言った。


「もう少し、私達を頼って。前に私に、持ちつ持たれつって言ってくれたじゃん。皆苦しい中で頑張ってる仲間だから、寄り添えるし、一緒に考えられる」


 彼女のまっすぐで優しい瞳を、見る事ができない。俺の顔も見られたくない。目を逸らして項垂れ、黙り込む。


「……私、ルークが倒れたら、悲しいよ。会社のため、私のためにも、お願い」


 優しさが、辛かった。本当にありがたいとは思う。だが、そんなに柔らかくて温かい言葉を貰っても、どうしていいか。その優しさに身を任せたら心が折れてしまいそうだ。それこそ、張り詰めた糸をつつかれるような苦しみだった。


 顔を両手で覆い、声を絞り出した。


「ケイン、ありがとう。でも俺、最近、自分の事が分からなくてさ。どうするべきかも、どうしたいかも、本当に分からないんだ」


自分の話に内容がなさすぎて悲しかった。それでもこれ以上、思考を言葉の形にまとめられなかった。


「――ごめん。助けて欲しい時は頼る。ちゃんと言う。今は、悩ませて……」


 ケインに肩をさすられた。少し寂しそうな、けれど明るい声をかけられる。


「分かった。約束だよ。私、ルークが頼ってくれるの、待ってるから」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る