10章 業務提携、開始

50話 エースのレヴォリオ



 昼食後に会議室に集まり、レイジさんが司会台に立った。


「今日集まってもらったのは、仕事を受けるかどうかの相談だ。春頃、お前らの仕事が北区の報道紙に取り上げられたろ。あれからいくつか、大きめの仕事の相談が来るようになったんだ。一つ、お互いの条件が合う話があってな」


 レイジさんが俺に渡した紙を、正面の黒板に光術で投影した。


「映してもらってる通り、株式会社スパークルとの業務提携だ。ゼフキの西にあるメリプ市の、ニーモ遺跡原状回復依頼」



 冬頃、ニーモ遺跡の結界が老朽化した所から風竜が入り込んだ。今では住み着いて、ニーモ遺跡全域が不浄エリアとなっている。

 湧き出たモンスターは多く、竜は言うまでもなく強力だ。既に、メリプ市内の軍事系企業三社が返り討ちに遭った。このまま不浄エリアが広がれば、メリプ市民は別の街に移らなければいけない。


 市は帝国防衛統括機関に相談したが、対応は支援金の支給のみだった。ニーモ遺跡は帝国の史跡だが、解決に手間がかかる上に、権力者とその富との関係が浅い事案だからだろうとの事。


 ……あの機関はせっかくエリート集団なのに、民衆の声への反応が鈍い。民間企業以上に、権力と金との結び付きが強いのはなんなんだろうな。


 だがまあ、その支援金のお陰で、兼ねてから付き合いがあり、軍事企業激戦区のゼフキでもそれなりの実績をもつスパークルに声をかけることが出来た。


 そして現在に至る――という事情らしい。



 ニーモ遺跡は、俺でも知っている観光名所だ。そんな事になっているとは、知らなかった。


「スパークルへの直接依頼かつ大型案件だから受けたが、納期や他の仕事との兼ね合いで人が足りなくなったと。そこでうちに手伝って欲しいって話」


 レイジさんは指を三本立てた。

「達成目標は三つ。風竜を含めたモンスターの掃討。戦利品の回収。遺跡全体の浄化だ。市が行う清掃も手伝う可能性がある」


 そして、と彼は指を一本にした。

「お前らに確認したいのは一点。準備後二週間、泊まりでの仕事になる。これに参加できる人数」


 内容を考えれば長期出張は自然な事だけど、俺達にしては大掛かりな案件だ。


「稼働人数次第で報酬も変わるし、業務提携自体を断る可能性もある。通院予定の調整も必要だと思うが、行ける人は手を挙げてくれ」


 自然と全員が手を挙げる。レイジさんは嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「いいね、積極的で助かる。じゃあ、このまま詳細の説明を始めるぞ」




 ケインは目線を石畳に向けたまま、誰にともなくぼやいた。

「はーあ。行くって決めたのは自分だけど、気分乗らないな」


 大量の矢を背負う後ろ姿が、眩しい朝日に照らされている。大きなバッグとリュックを携えたウィルルに顔を覗き込まれ、ケインは続けた。


「多分、竜以外のモンスターも、風属性が多いよね。私、風術しか使えないのに」

「でも、ケインちゃんは弓矢が凄いもん、平気だよ。索敵は同属性の方が反応強いし」


 ケインが苦笑する。


「ありがとね。頑張る。――ただ、心配はそれだけじゃないの。スパークルはエースの独裁になってるって聞いてさあ」


 これには俺が反応した。

「独裁?」

「そう。レイジさんは、エースが凄腕としか言わなかったけど。あくまでも友達づての噂だし、嫌な人じゃないといいなー」

無理もない不安だと思う。俺も、少し心配だ。


 いつもより少し重装備のカルミアさんが笑った。

「まあ、まだ分からないさ。俺は少し楽しみだよ。メリプは観光産業が活発だったから宿や食事は良いはず」


 装備も荷物も少なく見えるログマが、呆れた声を出す。

「所詮はうちの金で借りれる宿だぞ。期待できない」



 北区と西区の境にあるテクサッソ大通りで馬車を頼み、防壁へ。門をくぐり、水堀の上にかかる大きな橋を抜け、草原に設けられた街道を辿って西へ進む。


 メリプ市に着いたのは昼前だった。


 行き交う人の身なりや、家屋の大きさを見るに、ゼフキ程ではないもののかなり栄えているように見えた。遠くに見える高台の、防壁に囲まれた建物がニーモ遺跡だろう。その裾野に広がるように、広大な石造りの街が形成されていた。


 ただ、街の規模や店の数に対して、行き交う人が少なすぎるのが気になった。やはり、観光客が居ないからなのだろうか。


 遺跡までは、広場を幾つか経由するものの太い一本道が通っていた。

 その一本道を遺跡がかなり近くなるまで歩き、拠点となる少し大きめの宿屋に辿り着く。宿泊荷物を預け、スパークルと合流する約束の飲食店へ向かった。



 スパークルは先に着いていた。七人の男女が、お洒落なレストラン前に集合している。近づくこちらに気づいて、何人かが礼をしてくれた。


 一応リーダーなので先頭に立ち、得意の愛想笑いで挨拶する。


「スパークルさんですよね。お待たせしてすみません、イルネスカドルです。今日から、よろしくお願いします」


 燃えるような赤毛の青年が、俺達に爽やかな笑顔を向けた。


「スパークルです。よろしくお願いします」


 都会的で見栄えがする鎧を身につけた、いかにも戦士と言った風貌。それでいて垢抜けた精悍な顔付きと、美しい所作。


 ――彼がエースだろう。今のところ、人格の難は見受けられない。


 予約していた飲食店は、昼時にも関わらず人が少なく空いていた。

 十二人で長テーブルに腰掛ける。ウィルルはフードを被ってガチガチになっていたのでケインの隣へ促した。出された水を飲みながら食事を待つ。


 ……俺の向かいは、エースの青年だ。


 彼は友好的に声をかけてきた。


「御社のリーダーの方ですよね。俺、うちの軍事統括リーダーの、レヴォリオって言います。お名前をお聞きしても?」

「ああ、申し遅れました。弊社の本部チームのリーダーをやらせてもらってます、ルークです。よろしくお願いします」

「こちらこそ!」


 爽やかな笑顔のレヴォリオさんに尋ねる。

「スパークルさんは今日で三日目でしたよね。進捗を伺いたい」


彼は力強く頷いた。

「遺跡の周囲を彷徨いている小型を片付けて、結界を張り直しました。現在モンスターがいるのは、階段を登った高台の上、遺跡内のみです」

「周囲の安全が確保されたのは大きいですね。助かります」

「いえいえ。今日は俺達は休ませてもらうので、遺跡の入り口から進めてもらえますか」

「わかりました」


 仕事は予定通り進んでいるようだ。レヴォリオさんも懸念とは逆の好青年で、ほっとした。


 レヴォリオさんは屈託のない笑顔で言った。



「いやあ、皆さん病人には見えないですね」



 心臓が跳ねて、愛想笑いが強ばった。


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