46話 死ねよ、俺



 少し冷めた朝食は、それでも美味しかった。


 ケインは食事を大層美味しそうに済ませ、笑顔で手を振り部屋へと戻って行った。……きっと次に会えるのはしばらく後だ。早く、元気に出てきて欲しいな。



 改めて分かった。ケインは、強くて優しい人だ。それは、俺がずっと目標としている人物像だ。彼女は俺の理想を体現した人と言える。すぐ身近に、目指したいと思える人が見つかったことが俺の活力になる気がした。


 俺も、なれるかな。自分を律する強さと、他人を守れる優しさを持った人に。生き様で皆に安心感を与えるリーダーに。




 薬を飲むために一度自室へ戻ることにした。部屋のドアを閉め、はぁと大きなため息をついた。


 俺はなぜ、あんなにキツい言い方をしたんだろう。


 俺が怒る時は、いつも自分の中にはっきりとした理由がある。でも今回は違う気がした。ケインが他人の優しさを無下にしたことに苛立ったのは確かだ。でも、あそこまで強く言うことじゃない。



 ――もしかして、俺、相当疲れてる?



 気づいた瞬間、頭の中が一気に騒がしくなった。後ろ向きな感情と思考がとめどなく湧き上がる。


 それらを意図的に無視して、薬瓶を置いてある机へと急いだ。


 昨日は朝から夜まで活動して疲れたもんな。その影響が出ただけだ。薬を飲んで一度横になろう。脳を睡眠で強制的に止めるんだ。早く。早く寝て、逃げてしまえ。



 息が詰まった。俺の欠点だけが書き連ねられた紙が、机の上に晒されっぱなしになっていた。


「くっ……! だっせぇなぁ!」


 紙を乱暴に掴んで丸め、横のゴミ箱へ投げつける。そして、薬の瓶を手に握った。



 ――そこで、憂鬱に追いつかれた。逃げきれなかった。



「うっ……うう……! はっ、はぁ……!」


 襲い来る猛烈な憂鬱に呻く。息が上手くできない。栓を抜こうとしていた右手で、頭を抑える。物理的に思考を止めることなんてできないのに。


 残り少ない薬が、瓶の中でからからと音を立てる。俺の腕が震えているせいだった。


「あああ……考えるな、考えるな……!」


 さっき丸めた紙で分かったじゃないか。自責ばかりで前に進めていないと。これからは打開するために考えたいって、強く思った筈だ。


 ――理屈ではわかっている筈なのに、無視できなかった。気づいてしまったのだ。



 入社してから今まで、俺は皆に次々と偉そうなことを言った。でも、皆のしていたことは全部、自分にはできていないことだった。



 カルミアさんが、恩返しのための行動はエゴだと寂しそうに迷ったこと。


 ログマが、自分と周りの愛に悩み苦しみながら向き合ったこと。


 ウィルルが、辛い過去の経験に泣きながら今へと繋げたこと。


 ケインが、自己嫌悪を抱えたまま笑って弱さを認めたこと。


 皆がそれぞれ自分の病気と対峙して、日々努力と工夫を重ねていること。



 ――俺は、どれひとつとしてできていない。



 俺は自分勝手で、自己犠牲しか愛の表現を知らなくて、過去を見つめられないまま、弱さを隠して、病気から逃げている。それらの原因も対策も分からないままだ。


 自分の無力さとは毎日向き合ってる。でも、それだけだ。何も進んでいない。何かやった気になって、何も出来ていない。



 ……それなのに、こんなに疲れている。それを自覚することすら出来ず、仲間に八つ当たりをした。



 頭を抑える腕が震える。爪が額を抉る。瓶の音が更にうるさくなる。


「俺……何かできたこと……あったかな……」


 そんなもん無い。思いつかないんじゃない。無いんだ。


 皆に受け入れてもらって。泣かせてもらって。甘えさせてもらって。鍛えてもらって。勉強させてもらって。叱ってもらって。



 なのに俺は……何も……。



「ははは……死ねよ、俺……」



 俺には、何も、できやしないんだ。




  *  *  *  *  *  


  第二部 完


  *  *  *  *  *  



(以下2024/7/26改稿)

< 御礼とお願い、次話以降の予告 >



【御礼】


 8章46話までお読み頂いた読者様に、心より御礼申し上げます。短編連作・群像劇のような形となりましたが、楽しんで頂けたことを願います。

 無理のない範囲で、今後も拙作にお付き合い頂ければ幸いです。



【お願い】


 恥を忍んで申し上げます。

 この機に拙作への☆(レビュー)とフォローを頂けませんでしょうか。

 是非ご検討頂きたく、お願いを申し上げます。


 既に日頃よりハート・フォロー・レビュー等の応援を頂いている方々には改めて心より感謝申し上げます。一つ一つが励みとなり、大きな力を頂いております。



【第3部予告】


 株式会社イルネスカドル本部チームは、株式会社スパークルとの業務提携案件を請ける。

 舞台は遺跡、敵は巨竜。長期出張。久々の大規模案件である。


 取引先であるスパークルに対していつも通りの愛想笑いで挨拶・応対するルークだったが、相手方のリーダーから浴びせられたのは偏見と嘲笑、余計なお世話。

 刺激される心の傷と劣等感。失ったものへの未練。襲い来る絶不調。人生史上最強の敵。親交を深めたメンバー達の存在。今も手元に残る自分の力。

 ルークがぐちゃぐちゃの心身で考え、決めたこととは。それが招く結果は。


 心の傷との向き合い方を、今の仲間達と共に見つめ直す、第3部。



 しばらく続いた優しい(?)お話に比べ、負担のあるお話が続くかと思います。

 この重苦しく大切な第3部にお付き合い頂けたら、作者はこの上なく幸せです。




 重ねて申し上げますが、読者の方々には頭が下がります。一生足を向けて眠れません。

 今後もお付き合いのほど、何卒宜しくお願い申し上げます。


 清賀まひろでした。



 

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