45話 意地っ張りの頑張り方



 自分でもまずい事を言ったと思った。でもこうなると、自分じゃ止められない。誰か止めてくれ――。



「ずっと傍で見ていた仲間が、口を揃えて、君は頑張ってるって言ってたよ。聞こえなかったか?」


「……き、聞いてたよ」

「だよな。なんで無視するんだ」


「無視したつもりは――」

「してるだろ。いつもだよ。努力を労っても、実力を認めても、休みを勧めても、頼れって言っても、絶対に話を聞かないよな。自分はダメだとか言って笑顔で離れるよな」


「だって! 私なんて――」

「ほら、まただ。意固地な自己卑下で俺の話を聞かずに拒否する。聞けよ」


「う……」

「いいか? どうせ頑張るなら、自分を否定して追い詰めることじゃなく、自分を褒めて認める方を頑張ってよ。ごめんって何回も謝るくらいなら、俺達がケインへ伝える言葉を全否定しないで、頑張って理解しろよ。なあ」



 ここでようやく我に返った。だが既に散々吐き散らしてしまった後だ。ケインは目を辛そうに見開いて唇を噛み、肩を震わせている。そんな顔させて、本当にごめん。


 でも、一度口から出してしまった言葉は、どんなに後悔しても引っ込められない――。



 項垂れて自責に苛まれる俺の頭を、隣のログマがミシミシと掴んだ。


「いででで……!」

「お前の言葉は酷く悪質な時がある。相手のペースを考えずに急所を突きやがる。黙れ」


「ぐ……ごめん、ケイン。強すぎる言葉を使った。追い詰める話し方をした。俺の悪い癖が全部出た、本当に申し訳ない。もう黙る」


 そして頭上の手を引き剥がしにかかる。

「……いてぇから離せ……!」

でも、俺を叱ってくれてありがとう、ログマ。



 カルミアさんは困ったように笑った。


「ははは。君達は本当にじゃれるのが好きだね。でもルーク、俺も今回は流石に言い過ぎだと思うよ。顔も随分怖かったなあ」


 うっ。カルミアさんにはっきりと何かを咎められたのは初めてではないか。

「本当にごめんなさい……」



 ウィルルが怯えた目つきで俺を見ながら、ケインに声をかけた。

「ケインちゃ……大丈夫……?」


 ケインはウィルルに微笑んで見せた。

「ルルちゃん、ありがとう。大丈夫!」



 そして、斜め向かいに座る、気まずさに俯く俺に話しかけた。


「……ルーク、たまに言葉が強くなるよね。びっくり」

「ごめん。今日は何故か暴走した」

「ふふっ、いいよ! 傷ついてはいないの。はっきり言ってくれて良かった。――特に今日はね」

「え……?」


 顔を上げてケインを見ると、また笑顔だった。でも、今度は強がりじゃない。少しだけ力が抜けた微笑みでこちらを見ていた。



 俺と目が合うと、彼女は今一度顔を綻ばせて見せ、皆を見回した。



「皆、正直に言うね。私さ、昨日までの事があって、今日は特に罪悪感と自己嫌悪が強かったの。だから、皆が沢山くれた優しい言葉、お世辞とか建前に聞こえて全然受け取れてなかった。ごめんなさい」



 俺含め皆が首を横に振る。彼女は、サイドヘアーを忙しなく弄りながら目を伏せた。


「ルルちゃんの言った通り。一人で考えすぎて、ぐるぐるになってた。手紙も病気も、皆との関わり方も、全然頭の中で整理できなかった。なのに一人で抱えなきゃって意地を張ることばかり頑張ってた」



 そしてくすっと笑い、再び俺を見た。


「ルークが厳しい言葉で切り込んでくれなきゃ、頑張り方を間違ったままだった。そしたら、また上手くいかなくて凹んでたと思う。だから、ルーク、ありがとうね」



 うわ。この流れは前に一回やったな。ダンカムさんに啖呵を切った時。俺が悪いのに礼を言われて、いたたまれなくなった。……今も同じ気持ちだ。


 再び俯いた。

「俺の言葉が乱暴だったことは事実だから、ちゃんと怒ってよ……」



 ログマが意外そうな声を上げた。


「へえ。ケインの意地を、ルークの言葉のトゲが相殺したのか。荒療治ってやつだな。良かったなルーク、タチの悪い言葉が役に立ったらしいぞ」

「トゲ……タチの悪い……」


 今度は俺が罪悪感と自己嫌悪でぐるぐるだよ。



 カルミアさんがまた俺達を笑い、ケインに目を向けた。


「ケインは確かに意地っ張りだからなあ。俺達の言葉が響いてないのもなんとなく分かってたよ」

「カルさん、ごめんね。いつも優しくしてくれるのに」

「ううん、いいんだ。でもせっかく今回正直に話してくれたんだし、頑張りすぎて辛くなった時は、俺達の応援も思い出してくれたら嬉しいよ」

「うん。ありがとう。そうする」



 ウィルルがおずおずと上目遣いをして、ケインの方向へ身体を寄せた。



「あのね。お金さえ払えれば、ここにいていいんだよ。私達、病人なんだよ。お仕事頑張らないで、療養を頑張っても、いいんだよ?」



 ログマが吹いて、ケインが口元を押さえた。


「くはは、全くウィルルの言う通りだ。ダラダラやればいいんだよ」

「療養を頑張るかぁ! それが一番大事なのに、一番できてないや! ――あはは!」


 思わずふふっと苦笑いした。

「俺もだ。偉そうに頑張り方に口出したのにね」



 カルミアさんはまだ俺を咎め足りないらしかった。

「今日のルークの言い回しには肝が冷えたよ。俺まで辛くなっちゃった。仲間をあんな風に責め立てるの、やめてよね」

「うっ、ごめん……」


 謝った後で、ふと気になった。

「――あれ? ログマの口の悪さには何も言わないよな?」


「ログマは他人の言うことを聞けない可哀想な人だから諦めてる。それに、いつもああだからいいの。ルークは普段にこにこしてる分、突然豹変されると怖すぎる」

「ごめんなさい……」


 不満げなログマに肘でどつかれた。

「おい、お前の流れ弾を食らったじゃねえか」



 カルミアさんは珍しく機嫌を損ねているらしく、きゃっきゃと笑っていたケインにも目を向ける。

「ケイン! 君が一番俺の寿命を縮めてるからね? 意地張って言うことを聞かない上に、怒ったら豹変する人なんだから!」

「ひええ、ごめんなさーい!」


 ウィルルが慌てた。

「け、喧嘩しないの! めっ!」



 どこか気の抜けたお説教にカルミアさんの顔が緩み、誰からともなく笑い出した。基本的に後ろ向きなのに、最後は笑えるのが俺達のいいところだと思う。


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