38話 ダメでいい



 ――おそらくウィルルは、自分の力不足を恐れている。自分の失敗体験と嫌われる恐怖が、強く結びついている。

 俺も自信がなく、他人に迷惑をかけることに怯えているから、なんとなく分かるような気がした。


 でもそうだとしたら、彼女は今後さらに辛くなる。成功体験を得たからこそ、出来る自分だけを肯定し、出来ない自分を否定するようになってしまう。それは地獄の始まりだ。


 だから、お節介をしてみることにした。



「――ダメでもいいからね」


「へっ?」

「俺達は、馬鹿とか役立たずとか思ってないけど、例えそうでも嫌いにならないってこと」

「えっ、えっ? そんなわけ……」

「ホントだよ。良いところも悪いところも全部ウィルルだ。そのままでいい」

「ほ、ほんと……? 難しいこと、言うんだね……」


 苦笑いした。簡単なことを、俺の口下手が難しくしているんだろうな。


「はは……。えっと、俺達は君を絶対嫌いにならないって安心していて欲しいだけだよ。これからも仲良くしてくれよな」

「うっ、ううっ……!」


 ウィルルが目に涙を溜めて震えている。

 ああ、また失敗したかな。ログマの仕事の時と同じだ。いつも余計なことを言ってしまう。


 ウィルルを追い詰めたことが辛くて、慌てて自分の顔を指差して笑って見せた。

「ウィルル、見て。泣き虫っていうのが俺の悪いところなんだ。――俺の事、嫌いになった?」


 ウィルルは泣き出そうとしていたのを途中でやめて、きょとんと首を傾げた。


「ルークが泣き虫な事は、元々知ってるよ?」

「うえ?」

「お酒飲んだ時も、ログマのお仕事の時も、泣いてたよ」

「ぐっ……」


 覚えられてたし、バレてたし。顔を背けると、ウィルルがくすっと笑った。


「でも私、ルークのこと好きだよ。優しいから。……私が泣き虫でも嫌いにならないって言ってくれようとしたんでしょ? それは、分かるよ」


 捨て身の励ましが全部見通されていた。恥ずかしくて顔を両手で覆うと、ゲラゲラ笑うカルミアさんに頭をガシガシ撫でられた。


 でも、ケインが続いた。

「あっははは! 私も、ルークとおんなじ! そのままのルルちゃんが大好き。これからも仲良く一緒にいようね」

彼女が乗ってくれて救われた……。


 顔を上げてウィルルを見ると、丸い目で俺達四人を何度も見回していた。

 困ったような、迷うような表情の後、その顔が可憐に綻ぶ。



「私馬鹿だから、嫌われないって、まだ分からないや。でも褒めてもらって、とっても嬉しかった。私、もっと頑張って皆を助けたい。それで、仲良く一緒にいたいなあ。――えへへ。皆のこと、だいすき!」



 ログマが左右非対称の変な顔をした。これはチャンスだ、日頃の恨みを晴らしてやる。


「ログマ、今照れただろ! 大好きって言われたから? 意外とピュアなんだなぁ」


「殺す」


彼の両掌に炎が浮かび、後悔した。


「うっわ! お前、すぐ俺を燃やそうとするのやめろよ。あの時も、火術は本当にやめてって言っただろ!」


 涙の跡が残るウィルルが嬉しそうに言う。

「えへへ、聞いて、ルーク。あれから、火傷を綺麗に治す回復術も覚えたの!」

「本当? ありがたいなぁ。……でも俺、そもそも火傷したくないんだよね……」


 ログマの瞳に本格的な殺意が宿る。

「良いことを聞いたな。ここには水場もあるし、優秀なヒーラーもいる。安心して燃えろ」


 さっきの火柱がまざまざと瞼の裏に浮かぶ。消し炭にされる。

「うわぁすみませんでした! ――あっつ!」

 本当に飛ばされた火球が、反射で身を傾けた俺の肘を掠めた。


 逃げ出す俺とゆっくり追うログマを見て、いつの間にか川砂利に腰を落ち着けているカルミアさんが笑った。


「手加減してあげなよー」

「いや止めてよ! ――ケイン!」

「あははっ! ルルちゃんの火傷治療術、見てみたいなあ」

「あぁどいつもこいつも! リーダーだぞ? 敬えよ! 今日は特に頑張ったのに!」


 ウィルルが頬を膨らましながら笑う。

「もー、おふざけしないの。まだ浄化作業が残ってるよ」

「そうだよ! 仕事しようよ!」

「俺の不快感を文字通り焼き付けた後でな」


 笑う三人。それに釣られて、駆け回る俺達二人も笑い出した。なんだかんだ、火球は俺に直撃しなかった。



 ウィルルはずっと、自分の無力さと、否定される恐怖を直視して闘い続けている。


 考えて、勉強して、努力してきた。でも、ずっと報われずに嫌われ続けた。そんな苦しい中でも、他人を思い遣る優しさを失わなかった。――それは紛れもなく、彼女の強さだと思う。


 ウィルルだけじゃない。皆がそれぞれの苦しみを抱え、時に立ち止まり倒れながらも、必死で闘い続けている。


 歯を食いしばって生きているのは、俺だけじゃないんだ。


 ――この言葉には苦しめられた事があった。お前だけが辛いんじゃないんだから甘えるな、もっと辛い人だっているんだよと言われた。


 この程度の辛さで弱音を吐いて甘えている自分が恥ずかしくなって、許せなくて、辛さを隠したまま一人で抱え込み、他人に怯えるようになった。


 でも今なら、この言葉に力を貰える。


 この仲間達と、恥ずかしい場面も見せ合って、抱えた弱さを曝け出し合って、小さな失敗と幸せを笑い合った。そうしてようやく、辛いのは俺だけじゃないんだと素直に呑み込めた。それが俺を励まし始めた。


 俺は一人じゃない。……そう思えた事が、嬉しくて有り難くて、たまらない。


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