43話 強運とお手柄



 ベリースライムは拳大の小ささで、脆い。その代わりに大きな群れを成す。動きは鈍いものの、核が小さいため、一つ一つを狙うのに苦労する。


 当然ながら乱戦になった。前衛後衛の区別なく、各々の方法と立ち位置で討伐を進める。



「よっと。やー、せいっ」

 カルミアさんは流石だ。槍、斧、鎌。ハルバードの全ての要素を使って楽々スライムを霧散させる。間を詰められても焦らず、淡々と確実に処理していく。



「鬱陶しいなあ。あっ、噛むな! ウィルルの身体なんだぞ!」

 ウィルル――先ほど任意で人格交代したエスタは、足元に引き付けたスライムをサクサクと短剣で葬っていく。引き付けすぎてちょくちょく噛まれているのが心配だが、ウィルルに戻った時に回復できる程度だろう。



「さっさと終わらせるぞ! クソ!」

 体調不良の中泥臭い戦いを強いられたログマは半分ヤケになっている。金属の鞭で風術を媒介してそこらじゅうを切り刻む。最初は苛立ちとメタルマッチを利用して火術を使っていたが、戦利品のベリーまで燃えてる! と言ったらやめてくれた。



「あー本当に気持ちいい! 最高! 今までの分取り返しちゃうんだから!」

 ケイン……弓矢の精度が尋常じゃない。原因は病気でも、彼女自身が絶好調と表現したのは間違っていないんだろうと思う。



 ――今までの分を取り返す、か。今までずっと悔しかったんだろうな。


 俺が入社してからずっと、ケインは鬱々として辛そうな日が多かった。たまに目元に浮かぶ涙を、明るい笑顔で引っ込める様子が、見ていて辛かった。弱音を吐かない、負けず嫌いのしっかり者。俺はそんな彼女を尊敬している。


 彼女が困っているならと、皆が立ち上がるのも分かる。俺だってそうだ。一人で弱さを隠して頑張る彼女の力になりたいと、心から思った。



 だが今回は、俺にとって苦しい戦いだ。


「はあっ……ふっ! くそ、外した……!」


 俺の能力は、今回のベリースライムと相性が悪い。地面を這う小さな的を剣で狙い続けるのは難しい上、つい中腰で前屈みになってしまって体勢がつらい。精霊術だって、得意の水と光は無効。



 でも弱音も言い訳も言えない。ケインの生活のため、ログマのカバーのため、俺が頑張らずにどうする。



「くそ……来い!」

 駆けた俺を追い、奴らは一方向に集まった。地面へと深く沈んで剣を斬り下ろす。

「らあっ!」

 狙い通り、一気に多くの個体を叩き潰す事が出来た。よし、これで行こう!


 そうして順調に討伐数を増やしていたが、足元に増えてきたベリーを踏み、滑って尻餅をついた。その隙に腕と脚に計三体引っ付かれ、噛まれる。

「いっ! いたたた!」


 こいつらに歯はないが、強く圧迫されるため内出血し、最悪の場合は骨が折れる。


 俺のロングソードで自分の身体を斬るのは難しい。手で引き剥がそうとするとこちらの皮膚が持っていかれそうになった。

 ナメてた。ロハの近くで相手していた奴らより噛む力が強い……!



「痛いっての……!」


 地面から掬った一掴みの土を黄金に光らせる。空気と水分を一気に抜きながら棘状に固め、身体に付いた奴らを突き刺した。


 ようやく楽になった。拙い基本の土術だが、久々に役に立った。



 俺の様子に気づいたエスタが、周りにぞくぞくと集まったスライムを短剣で切り刻んでくれた。


「エスタ、助かったよ」

「後ろからも別の群れが寄ってきてるから、気をつけて」


 振り返ると、離れた斜面の上から赤い波が迫っていた。


「おっ、本当だ! よく気づいたな」

「ふふん。ウィルルは精霊反応だけじゃなく、醜穢反応にも敏感なんだぞ」

「そうだったのか、教えてくれてありがとう」

「へへ。ルークに礼を言われると悪い気はしないね」



 醜穢反応――人々の苦しみを具現化した存在であるモンスターは、特有の穢れたオーラを放つ。精霊と醜穢の反応には人それぞれ感度があるが、ウィルルは両方高いということだ。

 ……俺は至って普通。非常に強大でなければ基本的に気づけない。



 ここで気づいた。他メンバーと比べ、俺に集まる個体が多い。どうやら派手に潰し回ったせいでヘイトを集めすぎたようだ。


「うぅ、疲れてきてるってのに……!」


 必死で足元に集まったスライムに剣を振り下ろしていたら、飛び散るゲルが消えゆく黒い霧の合間に、白くて黒点の模様がある丸いベリーが三つ見えた。



 はっとして、ぱぱっと拾い上げながら声を張り上げる。

「み、皆! 落ちたよ、ドットベリー!」


 前にいたケインが振り向いて目を輝かせる。

「やった! ちゃんと持っててね!」

「勿論!」



 もたもた逃げながら一つ一つ麻の小袋に入れる。


 ……まあ、ただでさえ多くに囲まれている中でそんな細かい作業をしていれば、格好の的だ。奴らは次々と脚を伝い全身に纏わりつく。もう自力でなんとかできる量を超えていた。


 痛みのままに助けを求めた。

「いぃってえぇ! 助けて皆! ベリー握り潰しちゃいそうだよ!」


 駆け寄ってきた仲間達がサクサクと処理してくれた。惨めだ。


 笑いを堪えられないらしいカルミアさんが駆け出す。

「あっはっはっは! ルークったらしょうがないんだから! ――さ、逃げるよ。目的は達成だあ」



 スライムは今も寄って来ているが、俺達の走る速さには到底及ばない。簡単に振り切って、登山道に戻る事ができた。




 疲労と痛みで息も絶え絶えな俺を見て、皆が大笑いする。変に慰められるよりはいいけどさ……。


 皆の笑顔もまた汗だくだった。かなりの長期戦を、根気と精神力で乗り切れたのだ。渋い仕事と言われていたが、俺の達成感は大きかった。



 ひとしきり笑ったエスタが一つに結んだ髪を解いた。

「ああ、面白かった。――じゃ、ウィルルに代わるね。皆、お疲れ! またね」


 座り込んで目を閉じたエスタに代わり、ケインがわくわくと寄って来た。


「最後は笑ったけど、ルークが一番沢山倒してたよね。ドットベリーを手に入れたのもルークだし。リーダー、お手柄! 見せて見せて」



 少しは活躍できてたか。ほっとした。

「運だけどね。ほら、これ」


 潰さないように緩く持っていた小袋を三つ広げて、ウィルル以外の皆に見せる。



 カルミアさんが目を丸くした。

「え?」


「……えっ何? 怖い」

「いやいや! これ、本当にお手柄だよ! 希少な戦利品は大体一つか二つ。ドットベリーもそうだよ。運は運でもかなりの強運だね。これは報酬も期待できるよ!」


 はあ。良い情報でよかった。



 胸を撫で下ろして油断していたら、ケインに横から強く抱き締められた。

「やったあ! ありがとうルーク、最高!」


 疲れた心が悲鳴をあげる。


「うわー! 抱きつくのは本当にやめて! どうしたらいいか分からなくなる!」

「え、また拒否するの……? 傷つく」

「拒否っていうか、ああもう!」



 青い顔のログマに白けた目を向けられる。

「お盛んなことで……」

「だから、違うだろうが!」



 人格を交代し終わったウィルルがくすくす笑って逆から抱き締めてきた。

「ずるーい。私も仲良しする」



 もう微動だに出来ない。心が処理できる動揺を大きく超えて死にそうだ。


「ひいぃああ助けてカルミアさん! 無理!」

「はぁっはっはっは! 幸せそうだね!」

「幸せ以上に困ってんだよ!」


 真っ赤になった俺を皆が笑った。



 ……俺は、交際経験があっても奥手で小心者だ。からかうのは勘弁してくれ。


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