42話 その花畑はゲル状で



 翌日の朝食。今日はカルミアさんが料理業務担当。彼の作る食事は、見た目も味も洒落ている。自前の製麺機を持っていたりと、凝り性らしい。奥が深いハルバードの使い手になるのも納得だ。



 ピラフの皿を並べ、皆でケインを囲むように席に着いた。ログマが正面のケインを見て顔を顰める。


「おいケイン。目の周りが青いが?」

「えへへ、化粧で隠せなかったか! 昨晩は眠れなかったから色々やってたんだー。少しは寝たし、体調も悪くないよ! 心配ありがとう。――ていうか、ログマの方が目元ヤバくない? 心配」


 ケインはそう言って身を乗り出し、ログマの頭を撫でようとする。ログマは顰め面でその手を掴み、彼女へと押し戻した。

「やめろ」

「えー。素直じゃないんだからぁ」


 確かにログマの顔色は悪く、目も少し充血している気がする。おそらく殆ど眠れていない。俺も心配になった。



 ログマが横目で隣のカルミアさんを見る。俺も彼が適任だと思う。この状態を見た事のある、物腰が最も柔らかい人だ。


 俺達の目線を読んだカルミアさんは、頼もしく微笑んで話し出した。


「ケイン、昨日から元気だね」

「ふふ、実は三日前の休みから調子が良くて! 用事が捗るよ」

「そっかぁ、何よりだ」

「うん、嬉しい!」


「――ちょっと心配なくらいだなぁ。倒れちゃいそうだよ」


 隣のケインが眉尻を少し下げたのが分かった。

「昨日、ログマにも似たような事言われた」



 カルミアさんは俺の向かい。眼鏡の奥のブラウンの瞳は、ただただ優しい光を湛えていた。


「ケインは自分に厳しい努力家だからね。お節介だけど、少し休んで欲しいな。ケインが元気を使い果たすんじゃないかと心配なんだ」



 人格者カルミアさんを以ってしても、ケインの機嫌が怪しくなってくる。


「……気をつけるけど。て言うか、いつも気をつけてる。せっかく調子がいいんだよ? 病気になる前の私に戻れそうなのに、今頑張らなかったらいつ頑張るの」



 不穏な口調に怯えて目線が泳ぐ俺とウィルル。


 全く動揺の見えないカルミアさんは、笑顔で続けた。


「勿論応援してる。普段から懸命に闘病してるのも知ってるよ。だから、良い調子が長く続くようにペースを調整して欲しいんだ。協力するからさ」


 ケインは不満そうだったが、やがてため息をついた。

「分かったよお……」



 心の中で拳を突き上げた。カルミアさんの落ち着きと、ケインの元来の飲み込みの早さが噛み合ったように思えた。



 ケインの言葉には続きがあった。

「でもね、お願いがあるんだあ。皆、聞いてくれる?」

 隣から前のめりで問う。

「なに? ケインのお願いなら聞きたいよ!」


 ケインの口元が拗ねたように少し尖る。

「昨日ルークには言ったけど、大きな仕事がしたいの。お金なくて」


 確かに言ってた。やはり金銭的な話になるか。


 一番仲の良いウィルルに掘り下げてほしい。向かい端に座る彼女が俺の縋る目線に気づいて、あわあわと話しかけた。


「えと……。ケインちゃん。おかね、今月の施設利用料は出せる? 給料日はもうすぐだけど、その後支払い日だよ」


 ケインは他人事のようにけらけらと笑った。


「無理! 買い物のツケも精算しなきゃいけないし、賄いきれないんだよね。貯金も無いしさ。あはは!」


 ツケ払いだと……! 金額によってはぞっとする話だ。


 ケインには、ウィルルの心配がいまいち響いていないようだ。怪訝そうに首を傾げる。


「でも猶予は三ヶ月あるよね。今月支払えなくても、来月二倍払えばいいんでしょ。大丈夫だよ!」


 その思考はまずい。俺達は元々病人で、明日をも知れぬ身。まして今この状態のケインが来月どうなっているかなんて、分かる筈がない。



 だが病気に理解がない俺には適切な言葉が浮かばない。情けないけど、頼む、ログマ。


 俺の視線を受けた彼がため息をつく。

「……来月二倍払える見込みはあるのか。約十万ネイだぞ」


「まあ何とかするよ! でも今、病院代すらないんだよねー。流石に困っちゃってさ。皆、助けてくんない? えへへ」


 彼女は苦笑した後、また機嫌を損ね始めた。


「ていうか、さっきから皆で私が不安になるような事ばかり言うのはなんで? 意地悪だよ」



 これは詰みだ、第二案しかない。彼女自身で収める気が薄く、財布事情も逼迫している。



 皆と目で会話して、言った。


「じゃあ俺、今から依頼所に行ってくるよ。早速今日やろう。皆、準備して待ってて」


 ケインの機嫌が持ち直した。

「やったー! 今日も働きたいと思ってたんだぁ! 私に任せて、絶対成功させるからね!」

「さっ、さすがケイン! 頼りにしてるよ」




 晩夏の日差しが照りつける中、汗を流しながら都民軍事依頼所へと急いだ。



「とにかく高額報酬が得られる依頼。危険度は応相談、五人稼働、場所は近郊でお願いします」


 息が上がったまま早口で条件を並べた俺に、窓口の女性は笑った。

「ふふふ。そんな必死な表情をなさらなくても」

「う……すみません」

「いえいえ。優良事業者のイルネスカドルさんですから、お願いできる依頼はあると思いますよ」



 請け負った依頼は、ベリースライムから得られるドットベリー獲得。


 これは高額な薬になるが、自然界に自生している数が少ない上に、モンスターから得られる戦利品の中でも珍しい。とは言え、膨大な数のベリースライムを倒す事が出来れば、手に入らない事はないとの事。


 報酬は美味しいが、退屈さと手間、実績としての地味さと達成感の希薄さから人気がないそうだ。だからこそ、二つ返事で即日請け負わせて貰えた。



 要は、目的の物が得られるまで延々と討伐を続ける仕事だ――精神の調子が不安定な俺達が、精神頼りの根気勝負をするということ。


 その上、今日はケインの異常に加えログマが本調子ではなさそうだ。



 正直凄く怖い。だが、他の高額依頼は、これ以上に運要素が強いもの、長期で取り掛かるもの、出張が必要な遠方のものしかなかったそうだ。ここは踏ん張りどころだ。



 帰りは馬車を使った。時間が勝負!


 出勤していたレイジさんに、事情を話す。突然の不在となるが、笑顔で送り出してくれた。


「ダンカムには俺が伝えておく。ああ、武器庫も開けなくちゃな。ケインの事、頼むぞ」




 目指すはゼフキ北東部にあるヨイ山。登山道は整備されているが、そこから外れるとスライムだらけだそうだ。


 広めの登山道は深緑に囲まれた木陰。木々の枝葉の隙間から漏れる太陽の光が美しい。傾斜も急過ぎず、地面も固められていて歩きやすい。近郊で人気の登山スポットになるのも頷ける。



 ……だがそんな景色を楽しめたのは一瞬。夏に武装して登山。かなり軽装備にしたが、それでも俺には暑すぎる。



 胸元と息遣いが苦しくなる俺の後ろで、同じく息が上がっているウィルルとログマが話していた。


「はぁ、ふう。頑張ろうねログマ。今日は私もエスタを頼って短剣で戦うから」

「助かる。今日は攻撃部隊が多い方がいいからな。――クソ、ダルい」


 遅れ始めた俺達に、先頭を駆け上がるケインが大きな声で呼びかけている。睡眠不足は一切感じない。

「頑張ってー! 日が暮れちゃうよー!」


 ウィルルの珍しい苦笑いと、ログマのため息をが聞こえた。

「はあ……活気が鼻につく」




 中腹あたりで、ウィルルに精霊術の目印をつけてもらいながら登山道を外れる。



 しばらく歩いた小川沿いに、大量のベリースライムが蠢いていた。小川の周りは広く赤に染まって、花畑のようだ。それが木漏れ日に照らされて、きらきらうぞうぞとする様は正直気持ち悪い。



 皆を振り返った。

「これだけいれば効率は良いね。一度に相手するのは手間だから、少しずつ誘き寄せて――」


 言い切る前に、ケインの矢がヒュンと空気を裂いた。


 矢は群れのど真ん中のスライムを射抜く。見事に核にヒットしたらしく、スライムは黒い霧になってブラックベリーを残した。


 ……そして予想通り、他の個体が俺達へと一斉に動き出した。



 渋々覚悟を決めて武器を構える俺達。ケインの自信とやる気に満ち溢れた声が後衛から聞こえた。


「皆、頑張るよ!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る