41話 ケインが退社!?



 俺がなんとか仕上げた料理は、結構好評だった。疲れた甲斐があったというものだ。


 食事が終わるやいなや、ケインは食器を持ち立ち上がった。機嫌は直ったようだ。


「ルーク、ご馳走様! 美味しかったー! 荷解きとかしたいから、今日はもう部屋に戻るね! おやすみ!」

「おやすみー……」


 食器をシンクに下げて軽やかな足取りで出ていく彼女を、ぼんやりと見送った。



 俺達四人は食卓に着いたまま顔を突き合わせ、作戦会議に入る。



 まず、まだ話を聞いていないカルミアさんに身を乗り出した。


「三年前にもこういう事があったから収めた方がいいって、さっきログマから聞いたんだけど……」

「そうなんだよ。ケインの病状の一つだと思うんだけど、調子が上がり過ぎて歯止めが利かなくなる時があるみたい。その状態も危険だけど、反動で深く落ち込むのも自殺の心配がある。分かってるなら止めたいよね」


 ぞくっとした。ウィルルが、ひゃえぇう! みたいな変な悲鳴を上げる。気持ちは分かる、彼女が自殺するなんて考えたくない。


「……怖いな。それは止めなきゃね。さっきの大量の荷物も関係あるんだよな?」

「多分ね。前回の様子を見る限り、だけど。仕事の調子が上がるだけじゃなく、遊び方や金遣いが派手になって、人との距離感も近くなる。感情も多少昂りやすいかも。だからあれは衝動買いの荷物かなと」



 服装の変化も、抱きついてきたのも、突然怒って平手打ちしたのも、ウィルルに沢山話しかけたのも、全部か。確かに普段の彼女とは違った。



 ウィルルが不安げに首を傾げた。

「ケインちゃん、普段から休んでって言っても頑張り続けるよ。どうしたらいいのかなぁ……」

「さっきログマがストップをかけてくれたし、ケインも気をつけるって答えた。明日から変わってるといいんだけど」


 俺の希望的観測に反し、ログマはゆるゆるとかぶりを振った。


「いいや。あの様子だと、休みの間にもう始まってたんだろう。仮に明日から変わったとして、今日までの散財や行動がチャラになる訳じゃない。平常に戻った時に相当落ち込むのは既に決まってる」


「そ、そっか……じゃあ……?」


「落ち込む事を前提に、対応を考えるべきだ。あれだけ散財して、長らく落ち込んで、生活が成り立つとは思えない。――最悪、退社になるぞ」



 俺とウィルルの変な声が被った。自殺だの退社だのと、随分大きな話に動揺を隠せない。


 カルミアさんは、ログマのその表現を大袈裟だとは言わなかった。


「うん、今回はマズいだろうね。三年前は、入社前の貯金を使い果たしてようやく間に合ったって言ってたから。辞めてほしくないし、後悔してほしくない。全員で協力して止めよう」


 強く頷いた後で、疑問を口にした。

「前回は何日くらいあの状態が続いたんだ?」


 カルミアさんとログマが顔を見合わせる。

「一週間弱……くらいだったかな……?」

「ああ、五日間だったと思う」


 唸った。あくまで目安だが、一昨日の休みから計算すると残り二日……。ケインが落ち込み始めるまで、時間がない。



 ウィルルが両手の指をおろおろと絡ませて言った。

「じゃあさ? ケインちゃんの調子がいいうちに、おっきな仕事するのはどう? そしたら、一人で失敗することもないし、落ち込んでる間のお金も稼げるかも」


 混乱してきた。

「止めた方がいいんじゃなかったのか? 前回は外出中に大怪我したんだろ」

「そ、そっか! ……でもお金ないと、ケインちゃんがいなくなっちゃう」

「うぅ、それもそうなんだよな……」



 確かに金銭面が一番の問題だ。契約解除となれば、仕事と住居を一度に失い生活も破綻する。仕事、住居または入院先を紹介できるとレイジさんが言っていたが、いずれにせよ今までのような生活はできないだろう。


 メンバー全員で金を出し合って立て替えられればいいのだが、俺も皆も懐には余裕がない。


 かと言って、稼ぎまくるのも非現実的だ。四人でできる細かい仕事を短期間で多くこなすことになり、恐らく別のメンバーが倒れる。



 ……もう判断できない。ケインの病気の知識と理解が足りない俺が口を出すのは危険だ。腕を組んで顔を顰めることしか出来なくなってしまった。


 カルミアさんとログマも黙り込んだ。ウィルルがおろおろと皆を見回すのみだ。



 やがて、カルミアさんが眼鏡を上げ直しながら軽くため息をついた。

「ウィルルの案でいこうか……。確かに、目を離している間の暴走が一番怖い」



 ログマは腕を組んで俯いたまま低い声で言う。いつも頭の回転が速い彼だが、今の声には強い迷いが滲んでいた。

「レイジやダンカムの協力を仰いで、否応なしに病院送りにするのが最善かと思ったが……」


 これには俺が難色を示した。

「無理やり病院に押し込まれたらケインはショックだと思うなあ。あの状態が収まっても、俺達が勝手に彼女を異常扱いした記憶は残るだろ。まして、上の人からそれをやられたら、会社自体に心を閉ざしちゃうかも」

「そうなのか。その辺は俺にはよく分からんからな」



 カルミアさんが眉間に皺を寄せて唸った。


「二人の言うことはどっちも正しいよ。あれが病状なら、医者に対応を仰ぐのが一番だ。でもケイン自身が自覚できていない以上、俺達の手で病院に繋げようとすれば力づくになってしまう。難しいよね」


 そして二本の指を立てた。レイジさんの癖がうつったのだろうか。


「要はさ、ケインが自発的に病院へ行くのが一番いいってこと。これを第一目標にしよう。無理そうなら、俺達は金銭面のサポートをする。この二案でどうかな」



 皆が頷いたのを確認し、カルミアさんは穏やかに微笑んだ。


 いつも皆を支えてくれるケインのピンチに際し、カルミアさんの存在は大きい。柔らかい言葉と肝の据わった顔つきに、一層心強さを感じる。酒を飲んでいない時限定だが。



 その柔らかい目線が俺に向いた。


「じゃあ日も無さそうだし、明日の朝に早速ケインと話そう。それで難しそうなら、ルークに依頼所へ行ってもらおうかな」

「任せろよ、大至急行く。すぐに沢山稼げる仕事だよね」

「そうだね。丁度いいのがあるといいんだけど」


 一応、確認しておきたい。

「ウィルルとログマは連勤になるけど、少しハードな仕事でも頑張って貰える?」


 ウィルルがうんうんと頷き、ログマは仕方ないといった調子でため息をついた。


 上手くいくといいが。明日は心臓に悪い一日になりそうだ。


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