第10話 王子の願いと王女の想い

 それから私は、自然に、ルナと過ごす時間が増えていった。

 他国の話をしたり、街の様子を見に行くのに同行したり、図書館で読書に付き合ったり・・。

 ルナが「強くなりたい」と言うので、今日は剣術の訓練をしている。

 広い訓練場で二人、木の剣を手にして手合わせをしていた。

 「いくぞ、ルナ。手加減はしないがいいな?」

 「はいっ!」

 マリアが繰り出す剣さばきは、眼に追えないほど早く重い。

「・・ううっ!」

 ルナは剣を受ける事が出来ず攻撃に転じる事ができない。

 マリアはか細い腕で、とてつもなく早く強い攻撃を繰り出してくる。

 木刀じゃなかったら何度も死んでた。

「・・あっ!」

 ルナがよろけた瞬間、マリアは膝でルナの胸を押さえて地面に押し倒した。それと同時に、喉元に剣先を突き付ける。

 マリアはルナの上から覗き込む形で、不敵に微笑んだ。

「まいったか?」

「・・参りました・・」

 ルナは床に倒れたまま、あきらめたような表情でため息をつき、目を閉じる。

「では・・・次、私の剣を一度でも受け止める事ができたら、褒美に一つ何でも願いをかなえてやろう」

 ふふっと、余裕の笑みを浮かべ、マリアはルナに提案した。

「えっ?・・何でも・・?」

 ルナは驚きの表情を見せ、むくりと起き上がる。

 そして、何かを考えるように黙り込んだ。

「・・わかった、絶対だよ?」

 急に真剣な表情になり、何か策も思いついたように剣を構えた。

(何か欲しいものでもあるのか。まあ、私の剣が止められるわけはないがな。

 可哀そうだが、勝負に非情はつきもの・・)

 マリアも剣を構え、神経を集中しルナの動きを待った。

(ルナは、基本に則った正確な剣筋だが、力も早さもまだまだ私には届かない。

 だからと言って手加減する気はないが)

 私は剣を大きく振り上げると、ルナに真っ向から切振りかかった。

「!・・ここだ!」

 ルナはマリアの剣が振り下ろされる直前、素早く身体を捻って攻撃をかわすと、かわしたマリアの剣を、上から自らの剣で押さえつける形で、動きを封じた。

「なに・・!?」

「やった・・!!」

 ルナは激しく肩で呼吸しながら、笑顔で喜んでいる。

 私はそんなルナを見つめ、率直に疑問をぶつけた。

「・・ルナ、何か魔法を使ったな?さっきまで全く私の剣を受けられなかったのに、今の動きは違和感がある」

「えっ?そ・・そんなことしてない・・」

 ルナはしどろもどろで返答し、私と目線を合わせようとしない。嘘がつけない性格のようだ。

 さっき切りつけた際のルナの動き・・・あらかじめ私の動きがわかっていたかのような防ぎ方だった。それに・・・。

「まだそんなに打ち込みをしていないのに、随分息があがってるじゃないか?」

「え・・」

 ルナは肩で呼吸し、額から頬にかけて幾筋も汗が流れていた。

「あ・・暑いから・・?」

「本当か?私の目を見て言ってみろ」

「えっ?」

 マリアはルナの瞳を見つめる・・。

 ルナは、マリアの赤く美しい瞳に捕らえられて、身動きできなくなった。

 鼓動が激しくなり、頬が熱くなる。

 視線をそらしたいのにそらせないまま、見つめあう。

 ルナは、いたたまれなくなった。

「・・っ・・、ごめん・・なさい・・・何度も時を戻して、何度も何度もマリアの剣を目で追って、マリアの動きを把握して・・。

 やっと初めて、剣をうけとめました・・」

 ルナは観念したように、しょんぼりとうなだれた。

「ルナ・・」

 マリアは驚いた表情でつぶやく。

 ルナは、固く目を閉じ俯き、怒られる覚悟を決めたように身体をこわばらせて緊張した。

 戦う相手がどんな動きをするか初めからわかっていてそれを止めたわけだから、ずるをした事は間違いない・・・。

 マリアはフッと微笑むと、観念したようにルナに言った。

「何が望みだ?」

「えっ?」

 ルナは思っていた事と違う返答に、驚いてマリアの表情を確認する。

「約束だからな」

「でも・・・」

「嫌ならいいんだぞ?」

「い、嫌じゃない・・!でも、いいの・・?」

「私の剣を受け止められた事に変わりないからな。

 そんなに必死になって、何が望みなのかも気になる」

「え、えっと・・・」

 ルナは、頬を染めながら言い出しにくそうにモジモジしている。

 何だ?・・ひょっとして・・・男ならではの願い事か?

 純粋そうにみえて、考える事はその辺の男連中と同じか?

 私は少し軽蔑のまなざしでルナを見つめる。

「あ、あの・・・じゃあ・・・眼、閉じて・・・?」

「・・・眼を?」

 約束は約束だからな・・まあ、口づけ位なら、・・いいか・・・。

 私は頭の片隅に後悔という念を押しながら、顔をしかめたままゆっくりと眼を閉じる。

 ルナのかすかな吐息と、顔の横から抱きしめられるような気配、私は少し動揺しながら、その時を待つ。

 ・・だが私の想像と違い、ルナの身体は私から離れていく。

 首元に、シャラリと細い鎖が擦れ合う音がした。

「これ・・・は?」

 眼を開けると、首元に琥珀色の宝石が付いた美しいネックレスがかけられている。

「母様がくれた、僕の宝物・・・マリアにもらってほしい。

 他国の話や剣術を教えてくれた、お礼・・・」

「え・・?」

 ・・確かこの国の王妃であるルナの母親は亡くなっているはず。

 遺品なのでは・・?

「そんな大事な物、受け取れない」

 私はそのネックレスを外そうと、急いで両手を首の後ろに回した。

「約束だよ?何でもお願いをきいてくれるって」

 ルナは真剣な表情で、マリアがネックレスを外そうとする腕を掴んで制止した。

「・・そ、そうは言ったが・・・何でこんな大事な物を・・・」

「大事だから、マリアにもらってほしいんだ」

「え・・」

 その時、執事がやってきた。

「王女様、クリス王子の治療時間でございます。

 ルナ王子は音楽のお時間ですので・・」

「えっ?もうそんな時間?じゃあ・・マリア、また夕食でね?」

「あ、ああ・・」

 ルナは執事に促され、立ち去る際に一度こちらを振り返り、そのまま行ってしまった。

 私は首にかけられた琥珀色のネックレスを手のひらに乗せる。

 キラキラと太陽の光を吸収したように、暖かい輝きを放っていた。

「・・・ルナの、瞳の色と同じ・・・」


 その時、私の脳裏に、幼き頃に出会った白い小鳥の姿が浮かんだ。

 人懐こくて、可愛くて、毎日のように私に会いに来てくれた・・・。

 私の事を信頼してくれていた、今のルナの様に・・・。

「・・・・・」

 最後の日、その小鳥は血だらけで絶命していた。

 心無い人間におもちゃにされ、殺されていた。

 何も悪い事などしていないのに、ただ、人間を信用していただけ・・・。

 私が、安易に仲良くなったりしなければ、人に警戒心をもっていれば、こんなことにはならなかったのに・・・。

 (その小鳥を埋葬した時に、誓ったんだ・・・)

 ・・・大切な存在ができてしまったら、誰しも、弱くなる・・・。

「私は・・・弱くなるわけにはいかない・・!!」

 ルナには申し訳ないが・・このネックレスは返さなければ・・・。

「少し・・・近づきすぎたかもしれないな・・」

 マリアは、その琥珀色の宝石を握りしめ、忘れかけていた無情を思い出した・・。

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