第9話 王子の仕事とシンの役割

 翌日、街に出かける事になった。

 この国の護衛ももちろん着いていくが、ルナ王子の動向が気になるらしく、王女も一緒に同行することになった為、俺も護衛でついていく。

「王子がいったい街に何の用事なんだ、買い物なら行商にこさせりゃいいだろ?」

 出発前の馬車の傍で、馬車の中のルナに小声で話しかける。

「うん、今日は孤児院と、治療院の様子を見に行くんだよ!」

 ルナは、時々街の様子を見に行くことがあるらしい。

 貴族の株上げってところか、お忙しい事だ。

 孤児院に着くと、責任者らしい大人が数人と、子供たちが10人ほど集まってきた。

 着ている服こそ粗末だが、やせ過ぎという感じでもなく、清潔面や食事に困っている感じでもない。

 建物の前には小さな畑があり、児院は古いがあちこち修理の手が入れられて、住むには十分な様子だった。

 孤児院の子供たちは、ルナの姿を見つけると皆大喜びで近づいてきた。

「皆、元気だった?」

「ルナ王子!来てくれたの?」

「今日はゆっくりできる?僕名前を書けるようになったんだよ!見て!」

 皆は我先にと自分の近況をルナに報告してくる。

 ルナは一人一人の話に耳を傾け、時にアドバイスをしたり、孤児院のかたずけを手伝ったりしていた。

 孤児院の大人数人は、子供たちに簡単な教育ができる人材を入れていて、ある程度の年になったら自立し仕事ができるように教育しているらしい。

 王女は、静かにその光景をみていた。

 俺は、王女から離れすぎない位置で、目立たない様に壁にもたれた。

「庭で作ったお野菜を使ったお菓子、美味しそうにできてるね!」

 ルナは、同じくらいの年頃の、大人しそうな少女に話しかけている。

「はい・・ルナ王子様に食べていただきたくて・・」

 ルナは相変わらず、毒見をするわけでもなく差し出された菓子を口に運ぶ。

「・・うん、とっても美味しい!これだったら、お祭りやバザーで売れないかな?

 この施設の資金にもなるし、街の人たちにも喜んでもらえると思うよ」

 美味しそうに味見をするルナを見つめながら、少女は嬉しそうにはにかむ。

「ルナ王子が畑のお世話を手伝ってくれたから・・美味しい野菜ができました・・・売り物にできない形の悪い野菜を使ってクッキーにしてみたんです・・・。

 よければ・・またクリス王子様の分もお持ち帰りください」

 少女は、片足を引きずっていた。

(けがをしているのか、元々足が悪いのか。そのあたりの事情で、親から捨てられた・・とかかもしれないな)

 俺がぼんやりそんなことを考えていたら、横からいぶかしげな表情の中年男が意見してきた。

「ルナ王子様の提案はありがたいのですが・・

 孤児院で作ったお菓子など、衛生上販売は難しいかと・・・」

 中年男はどうやらこの地区の長で、おそらく、普段は孤児院など近づきもしないんだろうが、さすがに王子の視察なので、顔を出さないわけにはいかなかったようだ。

「衛生上?作っている環境と作った人が感染症がないと証明できればいいの?

 だったら医療院と牧師様に問題ありませんって保証人になってもらおう。

 何かあった時の責任は僕がとるから」

「る・・ルナ王子に・・そこまでしていただくわけには・・・!」

「環境や衛生面は食べ物を扱えるくらいには改善できていると思うけど?

 それとも・・・身分の事をいってるの?」

 ルナの今までの穏やかな表情が一変し、冷たい視線を地区長に送る。

 地区長はうろたえながら、後ずさりし、ルナ王子から距離を置いた。

「い、いえ!決して・・・!」

 地区長は、それなら・・と渋々納得した。

(ただの、お飾り王子でもないんだな・・・)

 俺は静かに、ルナと少女のやり取りを見ていた。

 少女は頬を染めながら嬉しそうにルナと話していて、信頼以上の感情が見て取れた。

「・・ルナ様・・・これを・・」

 ルナにクッキーを渡そうとして、少女はよろけて転びそうになった。

「危ない!」

 ルナが少女の身体をしっかりと抱きとめる。

 少女は顔を赤らめて、「申し訳ありません・・!」と謝罪し慌ててルナから離れる。

 俺はなぜか、なんとなくちらりと王女の方を見た。

 王女は特に表情を変えることもなく、その光景を見ている。

「ルナ王子、あの・・今、大国から、王女様が来られているんですよね・・?」

 少女は小声でルナに問うと、ちらりと王女の方を見た。

「そうだよ、兄様の婚約者なんだ」

「・・・そう、ですか・・第一王子と・・」

 少女は少し安堵したような表情を見せる。

 恐らく、王女のお相手がルナ王子ではないかと心配していたんだろう。

(所詮、身分も違うし、報われない想いだがな・・・)

 その時、俺と少女の視線が合い、少女は軽くお辞儀をするとそそくさと逃げるように部屋の奥に入って行った。

 ルナは、孤児院の子供たちと別れを告げ、再び馬車に乗りこんだ。

(・・王子ってのは、優雅に紅茶とか飲みながら本でも読んでお気楽に過ごしてるのかと思ってた)

 マリア王女や国王様でも、自分たちが街に様子を見に行くことなんか滅多にない。

 馬車に再び乗り込むと、今度は大きな治療院へたどり着いた。

「一般の人達がいつでも治療に来られる施設なんだ。一流の薬師の他に魔導士もいて、いろんな治療ができるんだよ?」

 ルナが、マリアに説明する。

「一流の薬師を民間に?普通は城に常在するんじゃないのか?」

「どうして?民間に置いた方が皆で利用しやすいでしょ?」

 ルナはきょとんとして、素直にマリアに疑問を投げかける。

「・・王族が健康でいるから、国がなりたつんだろう」

「うん、でもね、民が健康じゃないと国も成り立たないよ?

 治療室も色々あるんだ、見てみて?」

 ルナは、早く見せたくてしょうがないという様子で私の手を引く。

 施設の中の一室にはベッドが4つあり、その一つに幼い男の子がいる。

 薬を飲もうとしている所だった。

 男の子は、渋々といった様子で薬杯を薬師から受け取る。

「フロンス、お薬、頑張って飲んでるんだね!」

 ルナが嬉しそうに話しかけると、フロンスと呼ばれた男の子はルナを見て表情を強張らせた。

「・・飲んでない!飲まない!」

「えっ?」

 ルナは驚きを隠せないまま、ロレンスに近寄る。

 傍にいた薬師も驚きの表情で、

「今朝も頑張って飲んでたじゃない?どうしたの―――」

「こんな薬いらない!この国のお貴族様は皆、魔法が使えるんだろ!?じゃあ、俺の病気もさっさと魔法で治してくれればいいじゃないか!

 そんなこともできないルナ王子なんて、来ても何の役にもたたない、役立たずだ!」

 薬師が持っていた薬杯にロレンスの手が当たり、ルナは薬液を勢いよく顔にかけられた。

 ロレンスはその瞬間ハッとしたようだったが、ルナから顔を背け、傍にいたお付きの従者や薬師が慌てて子供を取り押さえ叱責した。

 俺は、ルナが薬をかけられるのを庇うこともできたが、それはしなかった。

(王女からルナの護衛も頼まれているが、命が危うくなるわけじゃないし、国民からの多少の不満もお貴族様の仕事だろ・・)


「・・うん、確かに・・この薬は苦いね、いつも頑張って飲んでるんだね」

 ルナは優しく微笑んで、ロレンスに近づき同じ目線で話しかける。

 その子は、ルナ王子より少し年下だろうか。

 近づいてくる王子に対し、少し申し訳ない表情を見せるが顔はそむけたままだった。

「今まで頑張って飲んでくれてたから、症状も少しずつ良くなってる。本当に良かった」と、優しく語り掛ける。

「お薬の味は飲みやすく変えることがなかなか難しいみたいで、ごめんね・・」

 濡れた前髪から流れる液体が目に入りそうにもかまわず、話を続ける。

 服も濡れていて、薬独特の強い臭いが漂う。

「確かに、魔法で簡単に治療ができれば、こんな苦労はしなくていいね。でもね、簡単に治療ができるなら、痛みや苦痛を簡単になくすことが普通になってしまったら、・・人は人でなくなってしまうかもしれない。・・だから、魔法が使える人達にも限界があるのかなって思ってるし、これは神様の試練だと思うんだ。

 これからも自分を大切に、周りの人達を大切に、限りある命を大切に・・って。

 僕は、今自分にできる精一杯の事しかできないけど、君が少しでも早く元気になれるように応援するから、一緒に頑張ろう?」

 ルナは、優しく微笑むと新しい薬を薬盃に入れた。

 再び、ロレンスは喚き暴れ始めた。「やだ!いやだ!!」

 マリア王女は静かにその光景を眺めていたが、俺はそばで二人のやり取りを聞いていて、だんだんと腹が立ってきた。

「おい・・」

 俺は、ロレンスに滲みよると、胸ぐらをつかんで引き上げる。

 男の子は乱暴に身体を引き上げられ、顔は恐怖でひきつっていた。

「!?」

「甘ったれたことを言ってんじゃねえ、世の中の誰より不幸みたいな言い方しやがって、病気に立ち向かう勇気もないくせに、他人にやつあたりしてんじゃねえよ!!」

「シン・・!?やめて!」

 ルナは必死に俺の腕から子供を引き離そうとした。が、びくともしない。

「確かに、ルナ王子はお前と違う、立場も、状況も。お前は、お前と同じ立場の奴から言われないと納得しねえのか?卑屈になるのか?こいつだって、俺やお前にはわからない苦労を、いくつも抱えてるかもしれねえ。お前は、ただ幸せそうにみえるこいつに、八つ当たりしてるだけだろ!」

「・・!」

 そこまで言って俺は、昨日の俺たちの会話を思い出した。

 ・・この小生意気なガキ・・・まるで昨日の俺じゃねえか・・くそ・・!

 俺は、新しい薬杯をルナの手から奪いとって、

「・・さっさと飲め!」

 子供の顎を鷲掴みにして無理やり口を開けさせ、薬を流し込もうとした。

「シン、だめだよ・・!」

 ルナは慌ててシンの手を押さえ、必死で訴える。

 シンはそんなルナの姿を確認し、子供から手を離した。子供は泣きそうになりながら、消え入りそうな声でつぶやいた。

「・・・飲む・・飲めばいいんだろ・・」

 ロレンスはシンの手から薬杯を受け取ると、嫌そうな顔をしながら、鼻をつまんで一気に薬を飲みほした。

「・・うええ・・・」

 その後は、頭から布団をかぶってしまい、「・・ごめん・・」と小さくつぶやいた。

「こっちこそごめんね、・・また、様子を見にきてもいいかな・・?」

「・・・好きにすれば・・」

 子供はそのまま布団から出てくることはなかった。

 シンは、ルナの身体についた液体を拭くための布地を投げ渡すと、ルナから視線をそらしたまま、「ったく」と小声でつぶやいた。

「ありがとう。ちょっと着替えてくるから待ってて?」

 ルナがお付きのメイドと一緒に立ち去った後、治療院の薬師がそばにやってきた。

「あの子は、ここの職員とはそんなに話もしない、普段はおとなしくて聞き分けのいい子なんです。薬も我慢して飲んでますし・・・。王子様がいらした時だけ、ああしてわがままを言って・・・本当はもっと長く一緒にいてほしくて、困らせてしまうんでしょうね」

 すみません、と謝罪し、薬師は立ち去って行った。

 甘え方のわからない、めんどくさいガキだってわけか・・。


 帰りの馬車の中で、ルナは思い出し笑いをしていた。

「ふふっ」

「・・何か?」

 俺は、ルナの斜め前の座席から、不機嫌な表情をあらわに言った。

 ルナは、嬉しそうに微笑んで俺の方を向く。

「シン、心配かけてごめんね?」

「・・は?勘違いすんな、俺はただ―――」

 と言いかけて、王女の前でもあることを思い出す。

「シン、お前も感情的になる事があるんだな?」

「・・申し訳ありません」

「いいんじゃないか?」

 王女は微かに笑っていた。

 王女の笑顔なんて・・初めて見た。この人に、こんな顔をさせるなんて。

 この王子・・・。

 ルナは、そんな俺の気持ちはつゆ知らず、ニコニコしながら遠慮なく話しかけてくる。

「明日は、国のはずれにある過疎地だよ!魔獣が出て畑被害とかでてるみたいだからその対策をしようと思ってて、ちょっと怖いんだけど・・・。

 あ!でも、シンがいるから心配ないよね!」

「・・明日、王女は第一王子の治療の為一日城におられるので、私は一緒には――」

「シン、明日は私の護衛はいい。ルナについて行ってくれ」

「・・はっ・・」

「やった!明日もよろしくね?」

 ルナは、指折り数えながら明日一日の予定を詳しく説明してくれる。

「ったく・・」

(王女様の命令だから・・・仕方ない・・)

 俺は自分に言い聞かせ、自分でも無意識のうち、少し緩んでいた顔を引き締めた。

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