第8話 シンとルナ、二人の賭け
俺はマリア王女の護衛としてこの国にやってきた。
黒の軍服に身を包み、細身だが筋肉がついた体格のいい黒髪短髪の男、それが俺だ。
目つきが悪く、雰囲気も人を寄せつけないピリついた緊張感を漂わせている。
自国では周りの雰囲気に溶け込んでいる俺だが、この国にはかなり不似合いな存在となっていた。
「滞在期間は一か月か・・・」
この国は穏やかすぎて落ち着かない。
我がユーデスク国は強さが正義の国、男女問わず、皆、力を求めている奴ばかり。弱い奴は強い奴にねじ伏せられ、暴力や犯罪の多い国だ。
そんな荒ぶれた奴らの頂点に立ち、国を運営しているのが国王とマリア王女だ。
だが、近頃怪しい動きを見せている奴がいる。
魔力を持つ者が少ない我が国で、国家転覆をもくろむ。そいつが誰なのかの予測はついているが証拠がない。
マリア王女を手にいれたいそいつは、突如沸いたこの国との縁談を邪魔する為に昨夜ルナ王子を狙ったんだろう・・。
我が国王は、『来る物すべて粛清すれば何も問題はない』と、大国の王族脳筋家系らしいことを言っていた。
俺もそんな考えは嫌いじゃない、単純すぎるけど。
俺はこの国の城の構造を確認し、死角や脱出口・警備体制を把握する。
緩すぎる警備と平和すぎる国、ユーデスク大国しか知らない俺はこんな国もあるのかと、調べ残った庭の散策をしていた。
昨日の祭りの夜のあの刺客は、身なりは平民のありきたりなものを所持しており、はっきりとどこの国の者かはわからなかったが・・・。
密かに我が国で横行している、魔力を吸い取る青い剣を持っていた。
この国の貴族達はかなりの魔力を持っている。恰好の餌食・・というわけだ。
それにしても・・あの祭りの日から、マリア王女の様子が少しおかしい気がする。
あの、ルナとかいう軟弱もやし王子に会ってからか・・?
俺は、王女の婚姻の話を聞いたとき、少しだけ寂しさを感じた。
別に、色恋云々というわけじゃない、俺は誰に対してもそんな感情を抱いたことはない。
ただ、マリア王女は、俺にとって恩人であり憧れだ。
誰よりも強く、凛々しく、そして美しい女性に、今まで出会ったことがなかった。
王女の護衛ができることはこの上なく光栄な事だし、どんな過酷な指令も、あの方の役に立てることが幸せだった。
だから・・今回のこの国のクリス第一王子との婚儀は、心底反対だ。
マリア王女には、もっとふさわしい相手がいる・・・。
こんな貧弱な国に嫁いで、本当に王女は幸せになれるのか・・?
そんなことを考えて、俺は少し油断していたのかもしれない―――。
「・・そんな事ないよ、何でそんな事言うの?」
「えっ?!・・いや俺は―――」
ふと見ると、白ユリの花畑の中心に、ルナ王子の姿が見えた。
王子は俺の方を見ているわけではなく背を向ける形で立っていた。
俺は咄嗟に木の陰に隠れて様子を伺う。
(誰かと話している様だが・・。ここからじゃ、他の木が邪魔して見えないな・・)
ルナ王子は俺の存在に気が付いていない様子だった。
『・・お前は少しもわかっていない・・
あいつは親切そうな顔をして近づいてきて、裏切られるのがオチだ』
くくっと暗くいやらしい笑い声が響く。
この声は・・人・・ではない?直接空気を振動させるような、嫌な気配・・。
俺は全身の血液が冷える様な、得体の知れない恐怖を感じて身震いした。
「・・君の思う様にはならないよ・・」
ルナ王子は、動揺することもなく会話している。
感情を表す様子もなく、返答はするが相手の声に真剣に耳をかしているわけでもなさそうだった。
『・・客が来たようだ・・』
「えっ?!」
ルナは驚いた表情でこちらを振り向いた。
その瞬間、俺と目が合う。
王子は、知られたくない秘密がばれた時のような、ザっと青ざめた顔つきで俺を見た。
(しまった・・うかつに人目に触れない様に常に気をつけていたのに)
俺は観念して木の陰から姿を現すと、ゆっくりルナ王子に近づいて周囲を確認する。
王子の周りには誰もいなかった。
(確かに・・誰かいたと思ったが?)
「・・驚かせてしまい、申し訳ありません。ルナ王子」
俺は、ひざまずいて恭しく礼をした。
「どなたかとの会話を邪魔してしまったかと思いましたが・・お一人でしたか?」
ルナは、一瞬びくっと動揺したそぶりをみせたが、すぐにいつもの愛らしい表情に戻る。
「・・ううん、僕一人だよ、独り言が大きかったのかも!」
あはは、と何かをごまかすように笑った。
「えっと、君は、マリア王女の・・・」
「護衛を務めさせていただいています、シンと申します」
「そっか、シン。僕と年が近いような気がするんだけど、いくつなの?」
「14になります」
「そう!僕と同じ年だね!」
ルナはニコニコ笑ってこちらを見ている。
俺は、こういう、年が同じだからじゃあお友達だね!みたいな考え方も嫌いだし、警戒心皆無なやつも嫌いだ。
「・・では、俺はこれで・・・」
いら立ちが顔に出る前に、愛想笑いをして早々に立ち去ろうとした時、
「ちょっと待って!」
呼び止められた。
「よかったら・・もう少し、僕と話をしてくれないかな?
僕、身近に歳の近い友達がいなくて・・」
ルナ王子は興味深々な顔で俺を見ている。
「・・俺と・・ですか?」
「うん、少しでいいんだ」
「・・はあ・・」
俺は少し気が抜けたような返事をしてしまい、こいつが王族だということを思い出し、改めて姿勢を正した。
「よければ、二人きりの時だけでも僕の事、ルナって呼んでほしいな・・よろしくね!」
ルナは愛らしい笑顔で、右手を差し出した。
握手、したいらしい。
「・・・・・失礼ですが、王子」
俺は、差し出された右手をやや不快な表情で眺めながら、
「俺は、握手はしません。手のひらに毒針など仕掛けられたり、そのまま利き手をふさがれて戦闘に持ち込まれる可能性も考えて・・普段接している人とも、握手をしません」
俺は、きっぱりと言った。
こいつと俺は、考え方が全く違う、生きてきた世界が違いすぎるんだ。
「そっか・・、そうなんだ、ごめんね」
ルナは嫌な顔ひとつせず、差し出していた右手を引いた。
「・・王子の様に、守られた環境で育ったわけではないので。
俺はスラムの出身です。親の顔も知らないし、その日一日を生きるために何でもしてきました。盗みも、人殺しも。
この汚れた手で王子の身体に触れるわけにはいきません」
ルナは、じっと俺の顔をみて、話を聞いていた。
何で俺は、こいつにこんな身の上話をしているんだろう・・。
俺はお前みたいにのうのうと暮らしてきたわけじゃない、分かり合えるはずもない、だから俺に気安く話かけるな、遠回しにそう言いたいのかもしれない。
「そっか・・」
ルナは、少し考えるようなそぶりを見せた。
俺は、少し言い過ぎたと思い、礼をしてその場を立ち去ろうとした。
「・・でも、僕は、君と友達になりたいんだ、ダメかな?」
俺は、歩を止めて、ルナの方に向き直す。
「・・・俺の話、聞いてました?」
「うん、僕は・・シンのこれまでの苦労をわかってあげることはできないけど・・・
わからないと、同じ立場じゃないと、友達になれないかな?」
「・・・俺の事、何も知らないでしょ、あんたを騙そうと、悪い事考えてるかもしれない。」
「うん、でも、マリアが護衛に選んでいるなら、悪い人じゃないのかなって」
俺は隠すことなく怪訝な顔つきで王子に向き直った。
「マリア王女と会ったのだって最近だろう、なんでそんなに信用してるんだ。
お前が勝手に王女に好感を抱くのは自由だが、王女はお前の事なんか何とも思ってないからな・・!
後、俺の中では王女は全力で護るに値する信頼ある人だ。お前とは違う!」
俺はだんだんとイライラしてきた。
こいつは、どこまでお花畑なんだ!
「友達にはならない」
「じゃあ、一つ勝負をしない?」
ルナは笑顔で、ひるむことなく俺を見る。
「僕は、今から君と握手する。
君は、自分の手のどちらかに毒針を仕掛ける。
僕が安全な手を選んだら僕の勝ち、毒針のついた手を選んだら君の勝ち。
君が勝ったら、僕はもう君に話しかけない・・これでどう?」
「はああ??」
こいつ・・・・!
「そんな勝負、やるわけないだろ!
お前が毒でやられたら、俺は王族に手をかけた罪で死罪だ!」
「僕がもし毒で死んでしまっても、君に迷惑がかからないように契約書を書くよ。
そのまま逃げてもらってかまわない。
僕が毒にやられて命が助かったとしても、君の名前は絶対出さないから。」
ルナは、庭園のテーブルに持っていたハンカチを広げると、遺書ともとれる文章を書き、逃亡後の費用と思われる金貨を袋に入れ置いた。
「僕は第二王子だし、兄様はマリアが治療してくれるから、今後の国の運営は問題ないし」
ルナ王子は何でもない事の様に気軽に提案してくる。
「俺がどちらの手にも毒を仕掛けるかもしれないだろ!
言っとくけど、毒にやられても絶対に助けないからな・・!」
「それでいいよ」
ルナはにっこり微笑んでいる。
(こいつ、絶対頭がおかしい・・)
俺がしばらく迷っていると、
「勝負をしないなら、もう友達と言う事でいいよね?」
「・・やる・・、やればいいんだろ」
俺はイラつきながら、慣れた手つきで自分の手に毒針を仕掛ける。
ルナは、俺の手元が見えない様に後ろを向いていた。
(こいつのペースに巻き込まれてる・・)
「・・・選べよ」
ルナが振り返ると、俺は手のひらが見えない様に両手をルナの目の前に差し出した。
解毒剤は持っているが・・・例えこいつが死んでも俺のせいじゃない。
逃亡資金を持って、俺なら逃げのびる事も容易い。
王女の婚姻は元々政略結婚だし、この国に拒否権はない。
王女には申し訳ない気持ちはあるが・・・俺はこいつが気に入らない。
俺は様々な考えを巡らせ、テーブルの上の金を確認し、逃亡の算段を考えていた。
ルナは、じっと俺の両手の甲を見つめると、
「じゃあ、こっち!」
「!?」
ルナは、俺の両手を同時にしっかりとつかんだ。
「!?・・何を・・!」
俺はすぐにルナから手を離した。
ルナは、優しい万遍の笑みをうかべながら俺に言った。
「うん、シンは、毒なんか仕掛けないって、そう思ったから」
「・・お前・・・!」
俺は勝負の寸前に、仕掛けようとした毒針を外した。
最初は、両方の手に仕掛けていたんだ。だけど・・・
(だけど・・こいつの自分の命を軽くみている行動が、妙に気になったんだ)
「約束だよ、僕と友達になって?君の話、ゆっくり聞かせてほしいな!」
「・・・・・」
俺は、自分の弱い部分を見られたようで、ばつが悪くなった・・。
少しも恐れず迷わず両手を握りしめた。
死ぬのが怖くないのか?
いや、こいつは・・、
人を信じる心をなくす方が、死を選ぶよりはるかに恐ろしく思っているのかもしれない・・。
「・・どんなことが聞きたいんだよ・・俺も仕事があるから、少しだけだぞ」
俺は諦めた様に地面に腰を降ろした。
「ルナ・・でいいんだよな?」
横目でちらりとルナを見る。
ルナは俺と眼が合うと嬉しそうに俺に近づき、服が汚れるのも構わず同じように地面に座り込んだ。
次々といろんな質問を投げかけてくるルナに、俺は苦笑いしながら、
「お前・・意外とおしゃべりだな。
後、綺麗なお召し物が土で汚れてるぞ?」
「大丈夫だよ!後はねー・・」
ルナは、ふと言葉を止めると、
「・・・あと、マリアの事も、聞かせてほしいな・・、その、
好きなもの・・とか、花とか・・装飾品とか・・?」
少しだけ、頬を赤らめうつむき気味に、王女の話題を要求してくる。
機会があれば、プレゼントでも送りたいって算段か?
色気ついたマセガキめ・・・、俺は第一王子も認めていないが、お前はもっと認めてないからな!
「王女が好きな物は決闘。あと、ムキムキマッチョ男がお好みだ」
嘘だけどな・・ルナ王子からほど遠い情報を与えておこう。
「えっ?そ・・そう・・なんだ・・」
ルナは、自分の細腕を見つめながらしょんぼりしていた。
(妙な期待は早めにつぶしておいた方がこいつの為でもあるからな・・)
俺は自分に言い聞かせた。
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