ぼっちの一日

巻人

本文

 教室は嫌いだ。

 いつもうるさいから。

 ずっと一人で静かなところにいたい。

「――でさ、あいつが――」「うわ、それマジありえね――」などと駄弁っているクラスメイトの声がうるさい。

 なんで俺はこんなところにいなければならないんだろう、と心底思う。

 こんな世界なんて消えてなくなってしまえばいいのに、とさえ思う。

 窓の外を眺める。冬の澄みきった空。どこまでも飛んでいけそうだ。

 担任の男性教諭が教室に入ってきて「おいお前ら席につけー」などと声を出す。みんな渋々と自分の席に戻っていく。ガタガタという物音はするが、少しはマシになったなと思う。

 淡々と担任が出席を取り始める。いつもと同じ面々がハイハイと返事をしていく。自分も適当に返事をする。クラス全員の出席を取り終わると担任が教室を出ていき、入れ替わりで数学教師が入ってくる。

 本当につまらない、いつもの光景。

 受験生のときには、高校に入れば学園モノの漫画みたいに楽しい学校生活を送れるものだとばかり思っていたが、そんなことは全く無かった。

 待っていたのは中学と同じ……いや、それ以上に退屈なだけの日常だ。


 午前中の授業が終わり、昼休みになった。

 購買で売れ残っていたアンパンと牛乳を買って人気のない屋上に行く。

 壁沿いに腰を下ろす。冬の空気で冷えたコンクリートの座り心地は、お世辞にも良くない。

 それでも北風が当たらないだけマシだし、何より時期が時期だけに人が全く寄り付かないのがいい。

 アンパンを頬張る。毎度のことだが売れ残るのも無理はない味だと思う。

 牛乳で流し込んだら、休み時間が終わるまでしばらくぼうっとしている。

 見上げれば雲一つない青空が広がっている。いい天気だ。今日は暖かい方だな、なんて思う。

 校庭から元気にサッカーしている奴らの声がするが、遠いのであまり気にはならない。

 教室は嫌いだが、こういう場所は好きだ。

 

 しばらくして昼休みの終了を告げるチャイムが鳴る。

 残念だがここを離れなければならない時間が来たようだ。

 俺はしぶしぶ重い腰を上げて、教室に向かうことにする。

 ずっとここにいればいいじゃん、授業なんてサボろうと思えばサボれるだろ。なんて声も、頭の中のどこかから聞こえてくる。

 しばらく歩いて教室に戻ってきた。クラスメイトたちの声が煩い。相変わらず居心地の悪い空気だ。

 俺は窓際にある自分の席に黙ってついて、授業を受ける準備を始めた。


 五限の授業が始まって数分ほど経った。

「――この高度経――長期に――は――」

 ウトウトしながら社会科の授業を受ける。社会科教師による催眠術のような板書の読み上げに加え、昼食後というタイミングもあって強烈な眠気に襲われる。

 教室を見れば居眠りを決め込む奴らもチラホラと見受けられる。俺もしばらく頑張ってはみたものの、まぶたが自然と落ちてくる。板書を読み上げる教師の声も遠くなっていく。

 ――――。


 放課後になった。

 教科書や文房具を手早く鞄にしまって、足早に教室を後にする。

 もちろん誰にも声をかけることなどしない。かけられもしない。

 校門から外に出る。息苦しい空間からやっと解放されたと思う。

 少し風が強くて肌寒い。地面には一つの影が長く伸びている。喧騒と静けさが入り交じる夕方の通学路。この空気感は好きだ。

 学校から自宅までは歩いて二十分ほど。しばしの間、一人でこの時間を堪能することとする。

 自宅は何の変哲もない住宅街の中の一軒家だ。鍵を開けて中に入る。中には誰もいない。親が帰るのは夜遅くだ。

 階段を上がり自分の部屋に入る。部屋の中は薄暗いが、電気を付けることもしない。そのほうが落ち着く。

 風が電線を切るビュンビュンという音が外から聞こえてくる。課題は休み時間にすべて終わらせているので、やることは特にない。いつものように何も考えないでぼーっとする。

 そうしているうちに少しずつ意識が遠くなっていく。

 ――――。


 気がつくと部屋の中は真っ暗になっていた。

 スマホを手にとって時計を確認すると、夜中の九時過ぎだった。

 昼以降は何も食べていないので腹が減っている。何か食べようと思い、自室を出て一階に降りると明かりがついていない。

 どうやら親はまだ帰ってきていないようだ。もしかしたら今日は泊まりなのかもしれない。

 冷蔵庫を開ける。中を見てみるが、夕食になりそうなものはなにも入っていなかった。

 そこで昨日の夜、夕食は外で何か買って先にすませろと親に言われていたことを思い出す。

 財布をポケットに入れて上着を羽織る。玄関を開けると冷たい風にさらされる。寒い。

 鍵を締めて家を出ていく。静かな夜道。人気のない住宅街をひとり歩くのはどこか心地良い。

 空気が澄んでいて、空を見上げれば星がよく見える。あの形はオリオン座かな、なんて思う。

 誰ともすれ違うことなく五分くらい歩き、コンビニに入る。見るとレジで対応している店員は一人。クラスメイトの女子だった。

 適当な弁当を手にしてレジに持っていく。

「お弁当温めますか?」

「はい」

 お互いに気にする素振りを見せることは特にない。交わした言葉はこれだけだ。


 帰宅して一人で夕食を取る。大してうまくはない。

 おかずを口に運びつつふと気付く。そう言えば今日は「はい」しか言っていない。朝の出席のときとさっきのコンビニでのやり取りだけ。

 俺のような奴のことを、世間ではぼっちだとか陰キャだとかいうらしい。心底どうでもいい。

 さて、もう夜も遅いし寝るとしよう。明日もまた同じような一日が待っている。

 自室に戻って床に入る。目が覚めたら世界が終わっていればいいな。おやすみ。そしてさようなら。

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