1つだけ絶対に叶う夢があるとする。お前は何を願う?

神永 遙麦

第1話

「もし、人生で叶う夢が1つだけあるとする。1つだけ絶対に叶う夢があるとする」と、見た目は普通なのに人外っぽい男の人が言った。

 

 私の目の前にいるのは、雑に言えばまぁイケメン。だけどマッシュが似合わないタイプ。

 色黒で、がっしりしたケツ顎。黒々としっかりした眉と、濃ゆい色の大きな目。白くて大きな歯。手でかきあげたような黒いオールバック。この顔でマッシュにすれば、ただただ顔がデカ見えして滑稽な姿になる。オールバックで正解。

 私のどタイプ青年は言葉を続けた。

「お前は何を願う?」


 私はふーんとそれっぽく明後日の方向を向き、人差し指で唇を抑えながら考えるポーズをとった。自分を何者かと思いたい私なりの苦肉の策。厨二病っぽいけど。

「特にないよ」


 オールバック青年はググイッと距離を詰め、私が座っていた椅子に乗りかかっていた。セクハラだぞ、この野郎。

「僕が願いを叶える、と言えば?」

「じゃあ、戦争が起きないように。巻き込まれないように」

「即答だね。そんなことでいいの?」

「そんなことがムズいんだよ」

 答えるついでに、小学生みたいに椅子を後ろにガッコんと倒した。私は倒れる直前に背中を丸めて、頭を守った。だけど、オールバック青年は顔面を床にぶつけた。そのまま椅子と床の間から脱出。オールバック青年は顔をぶつけたのに赤くなっていない、痛そうでもない。

 


「欲を言えばさ、事件・事故にも巻き込まれたくない。私に関係がない誰かの悪意が原因で、人生を狂わせられたくなんてない」

「そう願えばいいだろう」

「戦争は事件じゃないし、事故でもない。他国との関係に何かを通すために使われてしまう、一種の外交手段だもん。ちくしょう」と舌打ちを漏らした。最近、舌打ちをすることが増えた。

「じゃあ、戦争はもちろん、事件や事故に遭わない。そうなれば何を願う?」

「良妻賢母になること」

「古いなぁ。……お前は本当に日本生まれか?」

「そうだよ」

「さっきから最低限の本能を満たすだけの願い候補ばかりだ。生存本能に生殖本能。ここは憲法で平和を宣言した国家だ、世界ではトップレベルで治安のいい国だ」

「それが? そんなのいつ壊れてもおかしくないよ」

「と言うか、これは嫌だから〇〇という感じの願いばかりだ。もう少し若者らしい夢あるものはないのか?」

「今どきはそんなもんだよ。将来、食いっぱぐれないように学歴を積み重ねているようなもんだし」

「将来は置いておけ。生存本能と生殖本能の話も一旦置いておくんだ。お前が譲れないくらい好きなことはなんだ? 何をしている時、お前の目は輝く? 願いとは関係ない話でもいい」


 オールバック青年がキレた。

 私が好きなこと? 目が輝くこと?

 安全に生きることで精一杯だったしなぁ。だって私が生まれた年は大地震があった。その翌年も大地震。リーマンショックもあった。小学生になる直前にまた大地震。ここでようやく10歳になった。増税。人質事件。「戦争に近づいた」と騒がれたこともあった。またまた大地震。通り魔事件大好きなアニメ会社が火事になった。また増税。コロナの大流行、あの時は死を覚悟した。あとはずっとコロナかな。んでやっと20歳になった。

 両親は娘を失うのが怖くて、ずっとこういう情報を仕入れては警戒するよう言い含めていた。夢を見るのが怖かった。夢を見ちゃえば死ぬのが怖くなるから。だけど……。


「強いて言えば、絵本を読むのが好き。書くのも好き。」

 絵本の世界は優しいから。自由だから。


「じゃ、何を願う。お前の身の安全はもう、お前の両親がすでに願っているから」

 ありがとう、パパ、ママ。

「自分の子どもに、私が書いて出版した絵本を読んであげたい。欲を出しちゃうと心が強くなれるような絵本を書きたい」

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1つだけ絶対に叶う夢があるとする。お前は何を願う? 神永 遙麦 @hosanna_7

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