第二十八話 ディアナと築く未来の為に……




 八月二十五日のお昼を少し過ぎた午後二時頃、俺達はようやく迷宮都市フォーメイズの駅舎に着いた。

 

 予定より一日遅く着いたのは、途中の駅舎で少し面倒事に巻き込まれたせいなんだけど、そこまで語るべき事件でもなかったな……。


 俺達は一旦駅舎で高速馬車を下り、そこからフリーの御者を探す。これが結構面倒なんだよね。


 街中を走る馬車にはいくつか種類があるんだけど、一番利用されているのが割と座り心地の悪い椅子が用意された乗り合いの馬車。


 この馬車は元の世界でいう所の路線バスみたいな感じで、決められたルートを一日中グルグル回っているタイプだね。


 各駅停車で、乗車賃は一律二十ゴルダ。ちょっと小銭を持った市民の足だ。


 次に利用されているのが街から街へと移動する長距離馬車。元の世界でいう所の電車かな?


 これは目的地次第でかなり運賃は変わるけど、運賃は百ゴルダから数百ゴルダ程度の範囲だね。乗り心地はあまりよくなくて、最低でも魔道具の衝撃吸収機能付きクッションが必須とか言われてるね。あと、昼夜問わずに大活躍になる毛布類も必須らしい。


 そして最近俺がよく乗るようになった特殊な馬を使った高速馬車。元の世界でいう所の新幹線? これには市民用と貴族用があって、どちらを利用する場合でも最低数千ゴルダの料金が必要になる。


 これを利用する客は少ないけど、急いでいる貴族や大商会の役人辺りは高速馬車を使うそうだ。


 最後が街を走るフリーの馬車。元の世界でいう所のタクシーみたいな存在かな?


 どの家にも所属しないフリーの御者がやっているんだけど、こういった大き目の駅舎か街中にあるフリー馬車専用の乗り合い所で探す事が出来る。


 料金は交渉次第だけど、街中だと何処まで乗っても大体二百ゴルダくらいに収まる。ただ、複数で乗る時には支払いに色を付けるのが常識って話だ。


 基本的にこの世界では多少の距離は歩くのが普通だから、こうして馬車を利用する人間は人口の割に少ないんだよね……。フリーの馬車はともかく、乗合馬車はもう少し利用されてもいいと思うぞ。


 倹約が染みついているのか、ディアナも滅多に馬車に乗ろうとしないしな……。おっ、割と良さそうな馬車の近くで、男が暇そうにしているぞ。


 見つけたか?


「すまない、フリーの御者かな?」


「へぃ……。だっ、男爵様でしたか!! これは失礼いたしました!!」


「そこまでかしこまらなくても大丈夫だよ。ふたりなんだけど、冒険者ギルドまで頼めるかな?」


「もちろんでさ。……すみません、先払いでお願いしたいのですが」


 貴族相手でも、ハッキリと言ってこれるのは立派だ。


 この街ではないと思いたいけど、踏み倒そうとする奴もいるんだろうしな。


「二人で五百ゴルダだけど、いいか?」


「毎度!! あっしはフリー御者のジャックでさぁ」


 ちょっと多めだけど、こいつの腕次第じゃ雇ってもいいと思ってるからな。


 屋敷の次に必要になるのは、家で使う馬車と御者だ。


 流石に貴族がその辺りをぶらぶら歩く訳にもいかないし、冒険者として活動する時以外は馬車で移動しなけりゃいけないからね。


 っと、ディアナに乗って貰って、俺も車内に乗り込んだ。へぇ、いい内装じゃないか。


「貴族になりましたし、今後は移動も馬車になるんですね」


「徒歩で出歩く事は、もう無いと思うよ。歩いてる貴族なんていないでしょ?」


「それもそうですが……」


「ダンジョンに行く時は、家で着替えてそのまま向かえばいいし。流石に冒険者をする時は、この杖は特殊インベントリの中さ」


 冒険者をやっている時は、貴族だろうと関係ないしね。


 他の冒険者の余計な混乱を避ける為に、今後は西のダンジョンの地下十五階か二十階の隠し部屋を探索する必要がありそうだけど……。


【その為に必要な物を、今から冒険者ギルドに買いに行くのでは?】


 そうなんだけどね。目的はそれだけじゃないから結構大変だぞ。


 アレに関しては売ってるといいんだけどってレベルなんだよ……。西ダンジョンの転移用クリスタルはどれも人気が無いから、買い取りすらしてない可能性もあるのさ。極稀に訓練で深層まで潜るグレックスが手に入れるらしいんだけど、はっきり言ってその価値はゴミと変わらない。


 俺も流石にあんな物が売ってるかどうかチェックなんてしないし、気にもしてなかったからさ。


「冒険者を続けるのは良いんですが、家の維持が大変ですね」


「その為にいろいろ雇わないといけないからね……。しかも、かなり信頼できる筋から」


「信頼できる筋、ですか?」


「この世界にはマジックバッグがあるから、その気になったら家財の持ち逃げなんかも簡単なんだ。流石に貴族の屋敷でそれをしたらどうなるか、理解できない奴は少ないんだけど……」


 良くて死刑。そう、そんな真似をしたら、普通に殺して貰えるだけでも幸運な世界なんだ……。


 最悪は心が壊れるまで拷問した挙句、スラム街などに半死の状態で放置するって聞いている。


 そんな状態で植えた獣のような人間の巣窟に放置されて、その後にどれほど過酷な運命が待っているのか、想像できない奴はいないと思う……。まさに地獄だよな。


 一応最後に死んだ事は確認するらしい。酷い話だ。


「貴族相手にそんな真似をするんですか?」


「流石に殆どいないって話だけどね。俺もできるだけそんな人は雇いたくない……。雇った誰かをそんな目に遭わせたくないから。たかが金の事で、そこまで人を苦しめていい訳が無いんだ」


「本当に、ライカさんはお優しいです」


 お金が無いと生きていけないけど、多少の小銭を盗んだ罰がそこまで過酷でいい訳が無い。貴族の名誉とか色々あるらしいから、かなり重い罪にされてるけどね。


 だから、俺の元に働きに来る人は、お金に困った時は俺に相談して欲しいのさ。


 そんな事で、俺の下で働いた人を手にかけたくないから……。


【本当にマスターは優しいですね】


 ああ。聞き分けの無い大臣にブチ切れて、その大臣の家の近くにミサイルを落とした司令に比べりゃ優しいもんさ。


 あの一件って死人は出なかったけど、よく責任問題にならなかったよな……。


【あの事件は撃ち込んだ訳ではなく、輸送中に事故で落下しただけですので】


 ピンポイントすぎるだろ!!


 指令がその大臣にこっそり言ってた、次は当たるかもしれませんよね。って、完全に脅しだろ。


 まあいい。あそこも大概黒い組織だったからな……。


「とりあえず、家宰だけは信頼が出来る人が必要なんだ。しかも、それなりに能力が高くて頭脳明晰な人じゃないといけない」


「それでいて若い人ですか?」


「出来ればね。何代も仕えてくれると本当に助かる」


 俺は別に領地を持ってる訳じゃないから、竹中半兵衛とか黒田如水レベルの人材が必要とまではいわないけどさ。


 家の事をそこそこ任せられる人材が欲しいのは間違いないんだよね。


 俺はそんな人材の主に足りる何かを持ってる訳じゃないけど……。 


「そうですね……。あ、そろそろ着きそうですよ」


「ホントだ。馬車の性能もいいんだろうけど、いい腕の御者だな」


 こいつは性格次第で雇ってもいいレベルの御者だ。確かジャックだったか。覚えておこう。


 第一印象は悪くないし、もし雇う時にはあの駅舎ですぐに探し出せる。


【生体パターンを登録しました。これでこの街に居る限り探索可能です】


 サンキュ。流石にいい仕事をするぜ。


「着きやした」


「ご苦労さん。いい腕だったよ。これは追加のチップだ」


 追加で千ゴルダほど渡しておいた。先行投資だね。


「あ、ありがとうございやす!! あっしはこんな言葉遣いしかできやせんで、貴族の方はあまり利用されませんが」


「ほう……」


 そいつらの目は節穴か? こいつの身の熟しから何も感じなかったの?


 こいつ、多分御者としてだけじゃなくて、他の能力もかなり高いぞ。


【そうですね。ここまで平均的に能力の高そうな人は、この街でも滅多に見かけません。魔力もマスターの半分ほどあります】


 マジ?


 という事は、普通の冒険者の倍近くあるのか……。めちゃめちゃ優秀じゃん。


「もしジャックに用がある時は、あの駅舎に行けばいいか?」


「へい。あっしはあの駅舎を拠点としておりやすんで」


「わかった。何かある時はよろしくな」


 家が決まったら、すぐにこいつを召し抱えよう。


 なんだ、意外にいい人材って見つかるじゃないか……。


【かなり幸運な出会いだと思いますが、もしかすると……】


 ディアナの力か!!


 なるほど、こういう時にも幸運って発動するんだな。


 さてと、後はギルマスに事の次第を報告してミッションコンプリートだ。


 転移用クリスタルの件もあるけどね。


◇◇◇


 冒険者ギルド内にある一番豪華な部屋。つまり、ここはギルマス専用の執務室だ。


 それでも俺クラスの貴族を迎えるには格が足りないらしくて、冒険者ギルド側が色々と苦労したらしい。


「男爵位への叙爵じょしゃくおめでとう。……おめでとうございます。大変失礼いたしました」


 失言ひとつでそこまで深々と頭を下げなくても大丈夫だよ。俺達も割と長い付き合いじゃないか。


「あの杖を持っていなくて、人の目が無い時は今まで通りでいいですよ。俺は冒険者なんですから」


「そうは言われてもですね……。なるほど、その為に杖を隠していたのか」


「俺は貴族ではありますが、冒険者でもあります。冒険者をしている時はマスターの方が上でしょう?」


 冒険者をしている時は、本気でそいつの爵位なんて関係ない。


 周りにいるのは命懸けで戦っている仲間で、そこに貴賤なんて無いのさ。


「お前という奴は……。分かった、だが他の公式の場ではそうはいかんぞ。今回に関してはそうさせて貰う。それで、領都でも一波乱あったそうだな」


「おかげさまでこの短期間に二度も魔族と戦う羽目になりましたよ。報酬は凄まじかったですが」


「そうだろうな。その件でサミュエル王国はかなり国際的な信用を失った。あの国、数年後には無いかもしれんぞ」


「そこまでですか……」


 サミュエル王国と隣接する国は、俺達の住むエリミラン王国だけじゃない。


 あの国が愚かなのは、他の国ともかなり仲が悪いんだよな……。


 何かあったら本気で袋叩きにされるぞ。


「この件はいま話す事でもなさそうだな。とりあえずの問題はお前の今後だ。さっきの物言いだと、冒険者を続けるんだろう?」


「そういう話ですね。今まで通り西のダンジョンを狩り場にしようと思うんですが、他の冒険者の事を考慮して、今後は地下十五階や二十階の隠し部屋を狙おうと思いまして……」


「そうして貰えると非常に助かる。十五階より下の隠し部屋を攻略できる奴は、滅多に居ないからな」


 いくら俺が冒険者モードでも、他の冒険者たちは貴族と一緒の階で宝探しなんてできないだろ。


 その冒険者たちが隠し扉を先に見つけて、困惑する姿が目に浮かぶぜ。


【あ~良く分かる光景ですね。見つけたのか? 譲れよって奴ですか?】


 いるだろ。そういう奴がさ。


 俺は絶対に御免だけど。


「それでですね」


「分かっている。おい!! 誰か西のダンジョンの転移用クリスタルを持ってこい」


「はい!! すぐにお持ちします」


 ……今の声にものすっごく聞き覚えがあったんだけど、気のせいじゃないよね?


【以前、チップに大喜びしていた彼ですね】


 やっぱりな……。


 無事だった様で何よりだ。


「あんな不人気のアイテムがすぐにあるんですね」


「不人気だからだよ。地下四十階まで一気に潜れるクリスタルしかないが、二十階にも行けるから問題無いだろう?」


「中層階用は無いんですか?」


「ある訳ないだろ。あの辺りは拾った端からゴミ箱行きだ」


 他のダンジョンだったら転移用クリスタルなんて、どの階層に行く物でも大人気なのにな。だからかなり高額で取引されている。


 脱出用って考えても、あのダンジョンを潜る物好きなんていないしな……。そりゃ、ゴミ箱行きになるか。というか、拾ってこない可能性すらある。


「おまたせしました。こちらが転移用クリスタルです」


「ほう、二つ持ってくるとはいい勘をしてるな」


「いえ、それほどでも」


 こういった場合、普通ひとつしか持ってこない。


 二個あれば、俺とディアナの分を新調できるしな。


「少ないけど、これは手間賃だ」


「え? あの……」


「気にせず貰っておけ」


「わかりました。ありがとうございます」


 今回握らせたのは前回の倍。千ゴルダ銀貨一枚だ。


 これからもチップを渡す時は、この額で統一しようと思ってるしな。


 って……。


「マジか!! うぉぉぉぅっ!! っしゃぁぁぁぁっ!!」


 学習能力が無いのか、あいつ?


 ギルマスが思いっきり頭を抱えてんじゃん。


「で、今回は幾ら握らせたんだ?」


「千ゴルダだけどね。あまり叱らないでやってほしいかな」


「出来る限りそうするさ。あいつはアレでも普段は優秀なんだぞ。流石に後でひとこと説教はせんといかんが」


「これを二つ持ってくる時点で、優秀なのは分かるよ。二つで幾らですか?」


「いいさ。どうせ使う者が居ないアイテムだ。それも使って貰った方がいいだろう」


 値が付かないってのが正直な所なんだろうな。


 色々あったし、ここはありがたく貰っておくか。


「では、ありがたく使わせて貰うとします」


「これで要件はすべて済んだか。で、冒険者を続けるのは良いが、これからどこに住む気だ?」


「それが問題なんですよね。しばらくもてなし亭に泊まって、出来るだけ早く貴族街に家を買おうかと思っています」


「それがいいだろう。しかし、男爵様になるとはな……」


「俺だって驚きましたよ。騎士爵だと思っていましたので」


 滅多にない話なのは間違いない。


 過去にあった事例だと、王族が優秀な市民を召し抱える為に、拍付で叙爵じょしゃくしたケースくらいしかないって話だ。


 俺のケースは超例外らしい。


 この後、俺は流れの馬車を拾ってもてなし亭に向かい、交渉して何とか数日だけ一番いい部屋に泊まれる事となった。


 やっぱり貴族を泊めるには、もてなし亭だと格や設備が足りないんだとか。迷惑をかけるよね。


◇◇◇


 西のダンジョンで出会った俺とディアナ。


 僅か数ヶ月の関係でしかないが、ディアナは俺にとってかけがえのない存在になった。


 しかし、家か……。


 これからディアナと築いていく未来の為にも、立派なお屋敷を探さないといけないな。


 ブレイブとしての力は殆ど失ったけど、今は本当に大切なものが見つかった気がする。


 この日の夜。


 久しぶりに遠慮なく色々と絞り尽くしてくれたディアナは、朝まで大層ご機嫌だった事は覚えておこう。


 我が家じゃないけど、なんやかんやで数ヶ月住んでるもてなし亭の方が落ち着くんだってさ。


 この穏やかで幸せな時間が、いつまでも続けばいいんだけどね。


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転生して変身できないヒーローの俺と異世界転移して力を失った床上手な聖女が出会い、なんとなくやっていく物語 朝倉牧師 @asakurabokusi

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