第二十七話 迷宮都市フォーメイズへ向かって~



 領都ウィステリアの駅舎。そこには初日に街を案内してくれた兵士はもちろん、多くの都民が俺達を見送る為に集まってくれた。


 ホテルウィステリアを出る際にも過分な見送りをして貰ったけど、ディアナはともかく俺はここまでした貰う様な人間じゃないんだけどね。


【そんな事はありませんよ。マスターはそれだけの活躍をした訳ですし】


 グレゴワールがもうすこし強けりゃね。


 俺はこの世界の魔族の強さの基準を魔族タナトスネイルだと思ってたけど、魔族グレゴワールでもそこそこ強い魔族らしいな。


 汎用魔怪種以下じゃないか。


【そのようですね。私も内部の情報を幾つか更新しました。魔怪種クラスがいる世界などほとんどありませんしね】


 魔怪種は将軍クラスだと一匹で世界を滅ぼせるって言われいてる奴らだしな。


 通常兵器なんてほとんど効かないし……。


 っと、愛想よく手を振り返しておくか……。領都にはまた来る事になりそうだしね。


「救国の英雄ライカだ!!」


「また領都に来てください!!」


「ありがとうございます」


 流石にベルトロット侯爵やアルタムーラ伯爵たちは来ていないけど、下手に見送り残られても困るしな。警備とかがすっごい事になる。


 帰る為に用意された高速馬車は貴族仕様の超高級馬車で、来た時よりも外装はもちろんの事、内装もかなり豪華だ。


 その為に車体は結構大きいな。車幅は規格があるから同じだけど、全体的に少しだけ長いんだよね。こんなサイズの馬車なんて見た事がないんだけど……。


「連結されてる寝台車の部分がかなり豪華になってるのか。こっちの乗車するスペースも豪華だけどさ」


「使われている素材が違いますね……。椅子も座り心地が凄くいいですよ」


「中に使われてるスプリングが違うんだろうな。それだけじゃないけど」


 俺の知らない謎の魔道具も結構あるんだよ。というか、知ってる魔道具の方が少ないだろうね。


 魔石を必要としないのが魔道具だけど、便利だからいろんな場所に組み込まれてたりするんだよね。しかも気付かれない様にこっそりと……。


 多分この椅子の中にも幾つか仕込まれてると思う。


「こういった細かい所で、貴族になったんだな~って実感しますね」


「この杖を持って道を歩くと、みんな道の端に避けるしね」


「ぶつかったりすると大変ですから」


 子供が飛び出してぶつかったくらいだと流石に無礼打ちとかはしないけど、衛兵とかにかなり怒られるらしい。


 子供は許されるけど、大人の場合は鞭打ちや棒打とかの刑罰が待ってるそうだ。


 俺は冒険者だから気にもしないけどな。


【誰かとぶつかる様な真似もしませんしね】


 そこだよな。


 流石に誰かにぶつかるほど耄碌もうろくしてないぜ。


 おっ、御者さんが来たな。


「出発致しますが、忘れ物はございませんか?」


「大丈夫。マジックバッグもあるしね」


「貴族の方の中には、そのマジックバッグを忘れる方が結構おられまして……。その、従者などが運んでいる事もありますので」


「大丈夫です。まだ従者なんていませんから」


 なるほど。


 こうして単身で移動する時に、従者に預けたまま忘れる人がいるって事か。


 従者がいる時は、別の高速馬車で後からついてくる事が多いそうだ。


 従者と護衛を同じ馬車に乗せる人もいるらしいけどね。


「では出発いたします。何かありましたら、気軽に声をお掛け下さい」


「はい。これ少ないですが、駅舎に着いた時に何か飲んでくださいな」


「ありがとうございます。……っ!! こんなによろしいんですか?」


「三日ほどお世話になりますからね。よろしくお願いします」


 渡したチップは千ゴルダ銀貨だ。


 物価の安いこの世界だとかなり飲み食いできる額だしね。


 うっきうきで御者の場所まで歩いて行ったな。


 いい気分で運転してくれた方がいいし、これで安全運転してくれれば完璧だ。


「ホントに、ライカさんはお優しいですね」


「三日命を預ける相手だからさ。この位で気持ちよく運転してくれるんだったら安いもんだよ」


「貴族はそこまで気が付きませんよ。上から目線で命令してくるだけですし」


「そんな貴族の話もあるらしいけど、この辺りだとあまり聞かないんだよね。迷宮都市フォーメイズにだってマルキーニ伯爵の他にも大勢の貴族がいるのに、冒険者や

市民と問題を起こしたなんて聞かないでしょ?」


 基本的に住み訳が出来てるというか、中心部の貴族街に近付く冒険者とかほとんどいないからね。


 東西南北のエリアに移動する乗り合い馬車も貴族街は避けて運行しているし、中心部はちょっと低めな城壁で囲まれてる。


 その内部に入るには関所を越えなけりゃいけないし、その時にはある程度の身分も必要になるから。


 ……俺も戻ったらマルキーニ伯爵に挨拶くらいはしないといけないだろうな。


 そうなると、手土産も必要か……。あの人グルメだから、ケーキか何かでいいか?


「そういえば、あの街って貴族の方を見かけませんよね」


「基本的に全員壁に囲まれた貴族街にいるからね。……俺はこの先もしばらくもてなし亭に泊まるつもりなんだけど、流石にそれはまずいよな」


「そうですね。あそこに宿泊しているお客さんも大変ですし、何処かに家を買う事になると思います」


 普通だともてなし亭の飯が食えなくなる危険性はあったけど、この世界はマジックバッグがあるから料理に関しては纏めて購入なんて真似ができるんだよね。


 生半可な腕のシェフを雇うより、あそこで料理を定期購入した方がいい。


 家を買うんだったら、俺が作るって選択肢もあるのか……。時間的な余裕次第だと、俺が作った方が美味いだろうしな。材料費に制限がないし。


「そうなると結局家臣を雇う羽目になりそうだね。必要な人はざっと考えて家宰、メイド、配下の騎士数名だけど、彼らの給金もばかにならないぞ」


「渡せる領地がありませんので、騎士爵の方には御給金を支払う必要がありますよね?」


「騎士たちには年間十万ゴルダ。家宰には最低でも三十万ゴルダは払わないといけないだろうな。家宰の場合は能力次第でもっと払わなきゃいけないかもしれないけど」


 メイドとかの賃金はそこまで高くなくていいだろうけど、それでも最低五万ゴルダくらいは必要になる。


 俺の年収が五百万ゴルダ。仮に家宰、騎士五名、メイドさん六名を雇うとして合計で百十万ゴルダ。まだまだ余裕だけど、残りの金で屋敷の維持とか色々とやらなきゃいけないしね……。


「そんなに払えるんですか?」


「まだ俺の給料だけで支払える額だね。冒険者でもその位は稼いでたし」


「ライカさんって、凄い冒険者だったんですね」


「意外にね。俺も強くなったし、ある物が手に入ったら活動場所をさらに地下に移してもいい」


【マスターとディアナさんでしたら十分に可能です】


 そうだろうね。でもその為に必要な物があるんだよな。中層移動用の転移ポーターを使う為の特殊なクリスタル。


 俺の分はあるんだけど、ディアナの分が無いから地下十階で探さないといけない。


 あれを使えば地下十五階や地下二十階に一気に転移できるんだよね。


 探すのは時間がかかるし、冒険者ギルドで買うって手もあるか。


 今まで貯めていた開店資金には手を付けないとしても、魔族タナトスネイル討伐の報酬が五百万ゴルダ。その後に男爵位と一緒に二百万ゴルダを追加で貰っている。


 で、魔族グレゴワール関係で二千万ゴルダ貰ってるから、合計で二千七百万ゴルダ持ってる計算か。スーツと祝福の指輪で五十五万使ってるけど、それでも二千六百四十五万ゴルダ残ってるからね。


 そう簡単に資金切れにはならないだろう。


「冒険者として活動は続けるんですね」


「領地経営もしないのに、家に引き籠る訳にはいかないから。それに、冒険者としてまだまだ鍛える事は多いし」


「報酬でこれを頂きましたので、私も今までよりお役に立てると思いますよ」


「これは……」


 以前話していた、回復薬を使って他人の傷を癒す魔道具!! しかもかなり高性能なタイプだ。全体的な形状は杖だけど、途中に回復薬をセットする場所があるのが特徴かな。


 使う為には専用の瓶に回復薬を入れ替えないといけないんだけど、事前にその作業をしておけばダンジョン内ではそこまで手間はかからない。


 魔法使いギルドや薬屋には、初めからこの専用瓶に詰め替えた物も売られてる筈。


 流石に冒険者ギルドには売ってないけどね。この魔道具自体がかなり高価で結構レアだから。


「同じ回復薬を使う場合でも、この魔道具を使った方が傷の治りがいいって事ですね」


「回復薬の効果を高める魔道具を幾つも仕込んであるのか。侯爵様が褒美で渡してくるくらいだし、それだけの性能はあるんだろうね」


「流石に四肢の欠損を治す事はできませんが、このクラスの回復薬を使えばかなり深い傷でも跡が残らない位に治せるみたいなんです」


 五百ゴルダくらいの回復薬でそこまで治るのか!!


 一般的に冒険者ギルドで百ゴルダ程度で売られてる回復薬を使う事が一番多いんだけど、その回復薬の威力ってのが殴られてちょっと変色しかけた打撲傷を治せる程度だ。骨が折れている時はもう少し上の回復薬じゃないと治らない。


 ザックリ切れてる深い傷だと、治すのがかなり大変なんだよね……。


 教会の治癒院に行けば骨折とかも治して貰えるし、特殊な糸を使って針で縫ったりもして貰えるんだけど、それを治せる魔道具ってのは本当に凄いぞ。


「それは頼もしいね。今度薬屋で回復薬を買ってこないといけないかな?」


「戻った後で買いに行きます。これで少しはお役に立てますか?」


「今まででも十分すぎるくらいには役に立ってたさ」


 聖女としての力を取り戻せた訳じゃないけど、治癒の力を取り戻せたのは大きいよね。


 俺もあの技を編み出した時、ほんの少しだけ自信を取り戻せたから分かるよ。


【あの時は本当に感動でしたね】


 ああ。奥の手があるって事は大きいからな。


 心にも余裕ができるし。


「ライカさんと出会ってまだ数ヶ月しか経っていないのに、もう何年も一緒にいるような気がします」


「一緒にいる時間が長いし、この数ヶ月間で本当に色々あったからね」


 出会って一緒に冒険者を始め、西のダンジョンであった幾つかの事件に巻き込まれたっけ?


 その後には冒険者ギルドの依頼での魔族タナトスネイル討伐。


 そして今回領都ウィステリアで俺が男爵に叙爵じょしゃくされた事など……。


 ホント、数ヶ月で起こったにしちゃ多すぎるぐらいだぜ。


「これからも忙しくなりそうですね」


「家の件が落ち着いたら、少しはゆっくりしたいけどな」


「そうですね……」


 とりあえずは迷宮都市フォーメイズに着いてからか。


 マルキーニ伯爵へのあいさつの件もあるし、しばらく本当に忙しくなりそうだ……。


「これだけ長い期間ダンジョンに潜らないのは初めてかもしれない」


「本当にダンジョン探索が生活の一部なんですね……」


「迷宮都市フォーメイズの冒険者は、特にその傾向が強いと思うよ。街の中に四つのダンジョンがあって、冒険者が自分で攻略しやすいダンジョンを選べるし」


 俺が西のダンジョンを主戦場にしているように、北のダンジョンを主戦場にしている冒険者もいる。


 自分のタイプにあったダンジョンだと、稼ぎがホントに全然違うからな。


 俺は北のダンジョンとかでも稼げなくはないけど、武器の消耗は激しくなるし今よりかなり実入りが減るだろう。


「西のダンジョンはあまり人気が無いんですよね?」


「冒険者は戦う方が得だし、仕方が無いと思うよ。西のダンジョンで人気なのは、実は地下十階の隠し部屋だけなんだ~」


 人気の順で十階層、五階層、の二階層が飛びぬけていて、極稀に十五階にチャレンジする冒険者がいる位かな? 二十階層より深い場所にある隠し部屋は本当に人気が無い。俺以外にあのギミックを何とかした奴の話なんて聞かないしな。


 一気に二十階まで潜れる中層移動用のクリスタルを使えば早いんだけど、戦って魔物からのドロップ目当ての冒険者は殆ど使わないし、隠し部屋以外に旨味の少ない西のダンジョンでは、下層移動用のクリスタルも人気が無い。


 西のダンジョンなんて、以前の双翼の天使デュアル・エンジェルのレナルド達みたいに下層を目指す訓練でしか深く潜らないので、下層移動用のクリスタルを使うと訓練の意味が無いからね。


 だからダンジョンの規模の割には、西のダンジョンを利用する冒険者の数は少ない。俺が西のダンジョンでがっつり稼いでるから、楽に稼げると勘違いした冒険者がたま~に真似して挑戦してる位だ。そしてギミックがクリアできなくて諦めるんだよな……。


「それであのダンジョンでは、他の冒険者の方を見かけないんですね」


「脳筋は北のダンジョンに行くし、普通のパーティに人気なのは東のダンジョンだからね」


「東のダンジョンは、どんな場所なんですか?」


「あそこは典型的なフィールド型ダンジョンだね。ダンジョンに潜ると郊外でよく見かける様な荒れ地が広がってるから、誰でも最初は混乱するって言われてるね」


 ダンジョンに入った筈なのに、なぜか街の外にいる様な奇妙な錯覚に陥るんだよね。あそこはダンジョンなのに昼と夜もあるし、何処からか風も吹いてるから……。


 それでもあそこは魔物の湧きが良いし、素材集めには一番向いてるダンジョンだろう。いつも大勢の冒険者で旨味の多い狩り場の奪い合いをしてるって話だ。


「前の世界でも似たようなダンジョンの話を聞きました。割とあるタイプのダンジョンなのでしょうか?」


「俺もそこまで詳しくは無いけど、同じタイプは他でもよくあったよ」


 元々ダンジョン内は異空間って言われてるけど、それが一番よくわかるのがフィールドタイプだよね。


 ダンジョン内なのに昼と夜がある位だし……。


「南にもあるんですよね?」


「南のダンジョンは食糧庫だから。あそこは駆け出し冒険者に人気かな?」


「食糧庫ですか?」


「地下一階から食料系のドロップをする魔物が居て、地下五十階まで各階に必ず数匹は食料を落とす魔物が配置されているダンジョンだね。食料には困らないよ」


 ただ、南ダンジョンには隠し部屋も無いし、お宝をドロップする魔物も殆ど存在しない。


 食糧をドロップするったって、嬉しいのは最初の数日だけさ。すぐに現実を知って東のダンジョンに戦場を移すようになる。


「羨ましいダンジョンですね……。もしかして、同じ様なダンジョンが前の世界にも存在したのでしょうか?」


「そうかもしれないね。もし見つかっていれば、食糧事情だけは改善されただろうし」


「それが女神様が言っていた救済方法のひとつ……。確かに、無限に食料をドロップするダンジョンがあれば、食糧事情だけは改善されます」


 南のダンジョンの人気が無いのは、食料品の買い取り値段が馬鹿みたいに安いからだ。この世界の物価から考えりゃ、当然の買い取り値なんだけどね。


 そりゃ、かなり下層の食材だったらたまに高額で売れるけど、それだって西のダンジョンの浅層で宝石ひとつドロップしただけで数日の稼ぎがひっくり返る程度の額にしかならないからさ。


 出て来る魔物だってそれなりに強いし、この世界だと戦って倒せたからと言って別にレベルアップとかして数値が変わる訳じゃないから、そこまでしてその魔物を狩りたいかと言われるとちょっとな……。


 にしても、ディアナの世界の救済方法が今見つかっても、教える事もできないだろう。


「今更分かってもどうしようもないし、その問題は残された誰かが解決するしかないさ」


「そうですね……。出来ればそんなダンジョンを見つけて欲しいです」


「俺もそう思うよ。でも、この世界ではあまり人気が無いからね。屋台をやってるおっちゃんとかは、南のダンジョンで食材を仕入れてる人も多いけど」


 そうすれば食材の仕入れ値はタダだからな。


 マジックバッグがあるから、月に一度くらいの頻度でダンジョンに潜って大量のチャージボアかストライプブルを狩れば、後はそれを仕込んで焼いて売るだけで済むからね。


 税金は屋台の借り賃と出す場所代に含まれるから、元手や売り上げが幾らでも払う額は変わらないんだよね。ホントにゆるゆるな税制だよ……。


 ダンジョン産の食材は、品質が安定してるって所が最大の強みだとは思ってる。そこを売りにすれば、あのダンジョンも少しは人気になると思うんだけど……。


「もしかして、あの時の屋台のお肉って……」


「たぶんダンジョン産だね。あいつは以前冒険者ギルドで見かけた事もあるし」


「ダンジョンであんなに美味しいお肉が手に入るんですね……」


「買い取り値は安いけど、同じ肉だったらダンジョン産の方が価値の高い物も多い。ドロップされた時に綺麗に処理されてるってのが大きいね。品質も安定してるし、分かってる人は好んで使うよ」


 魅惑みわく星天せいてん亭は天然物に拘らないから、味や状態が良ければダンジョン産の食材でも仕入れてる。


 ただ、あの店が要求するレベルで食材を用意するとなると、かなり根気良く潜って同じ部位の食材を集めなきゃいけないんだよな……。


 マジックバッグがあるから食材の劣化は防げるし、ある程度貯まるまで頑張ればいいんだけどね。


 最後はそのマジックバッグごと売りに出して終了。結構な儲けにはなるけど、この方法は冒険者にあまり人気が無い。


「ライカさんも南のダンジョンに潜った事があるんですか?」


「何度かあるよ。自分に向いてるダンジョンを調べる為に、四つのダンジョンはある程度潜ってるからね」


「へ~。流石ですね。あ。駅舎に着くみたいですよ」


「今日はここで停泊かな? よく見たらこんな時間だし……」


 日が暮れじはじると馬車は必ず近くの駅舎で停車する。


 運航予定は決められているんだけど、使っている馬の状態次第で目的の駅まで行けない時もあるらしい。


 その辺りは仕方がないよね。


 さて、これをあと数日繰り返せば迷宮都市フォーメイズに着く。 


 その後はどうなる事やら……。


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