第二十六話 救国の英雄に対する報酬……
魔族グレゴワール討伐から実に一週間経過し、ようやく俺に出す報酬などが決まったらしい。
報酬内容について揉めに揉めまくった理由は色々あって、将軍のウルバーニ伯爵は俺をこのまま領都ウィステリアに留めて領都と侯爵様を守る懐刀にしたいらしく、領都中央に俺の屋敷を用意してはどうかと言い出したそうだ。
将軍が報酬として用意した俺の地位はなんと副将軍!! 副将軍って軍部のナンバーツーの地位だぞ。新興の男爵に与える地位としては破格すぎだぞ。
宰相のアルタムーラ伯爵は俺に領地を与えて経営手腕を見た後、ある程度年数が経って実績を積ませた状態で領都に凱旋させて、次期宰相として教育しようという考えらしい。
俺がディアナと正式に結婚して子供が順調に育ったら、領地経営は息子に任せるという考えだね。割と気の長い話だけど、これも破格の待遇だ。
そして最後は決定権を持つベルトロット侯爵。
その決定はこれから先日
俺は今その隣の控室で声がかかるのを待っている。ディアナも一緒だけど、多分結婚してると思ってるんだろうね。正式に式は挙げてないけど、この世界だと祝福の指輪を渡せば同じような意味だしな。
多分これが無いといろいろ面倒な事になってたと思うし、あのタイミングで渡しておいて本当によかったよ。
「凄い事になりましたね……」
「この領都に来てから驚くような事ばかりだよ。魔族と闘技場で戦うとは思ってもみなかったしな」
「ライカさんが無事でよかったです……」
「もう少し強い魔物だったら、流石にソロ討伐はキツかったけどね」
相性の問題もあるし。
ガッチガチの防御タイプとかああいった速度重視の相手だったら何とかなるけど、攻撃力極振りとかああいったタイプの方が戦いにくいんだよな。
後はみんな大嫌いというか、好きな人はいないだろう万能型。
下手すりゃ一方的にボコられて終わるからね。
【マスターも割と万能型では?】
そうだね。俺も戦う時にはみんなに嫌われる相手だって思ってるよ。
俺の場合は総合的にみると若干攻撃力が落ちるけど、奥の手があるからね。
【……マスターの攻撃力が、低い? どこの世界の話ですか?】
対象はブレイブだ。
【その基準ですと低いですね。この世界の冒険者の中ではほぼ最強だと思いますが】
五割増しだし戦闘中には身体強化のバフもかけてるから、この位の力は無いとね。
どちらかと言えば、俺は速度重視の万能型だしな。
「魔族タナトスネイルの相手は、流石に無理ですか?」
「ソロだと無理だね。いい勝負にはなると思うけど、多分トドメが刺せない」
俺一人だと奥の手を叩き込める状態になるまで追い込めないだろうし、最終的にはじり貧で相打ちがいい所だ。
負ける事もないけど、勝つ事も不可能だろう。
「準備が整いました」
「ありがとうございます。ディアナ、行くよ」
「はい!!」
二人で式典の間に足を踏み入れると、ベルトロット侯爵をはじめこの侯爵領の主要な人物が勢揃いしていた。
アルタムーラ伯爵やウルバーニ伯爵は当然として、他にも伯爵杖を持ってる人が何人かいるんですけど……。
「いや、この程度の褒美を決める為に一週間も待たせてすまなかったな」
「このような場を用意して頂き、身に余る光栄であります」
「アルタムーラやウルバーニがなかなか引かぬでな、とりあえず儂の出す案に従って貰う事とした。救国の英雄ライカよ、この度の魔族グレゴワール討伐などの報酬として二千万ゴルダを与える」
「謹んでお受けいたします」
「この後は迷宮都市フォーメイズに戻り、しばらく冒険者として活動を続けるがよい」
「ありがとうございます」
報酬は金だけで済ませたか。面倒が無くてよかった……。というか、冒険者を続けさせてくれるんだ。そこがまず驚きなんだけだけどね。
とりあえず迷宮都市フォーメイズに戻れるのはうれしいな。
宰相のアルタムーラ伯爵と将軍のウルバーニ伯爵は、苦虫を噛み潰した様な顔をしてるけど……。
「あれだけの力を持つ者を、冒険者として迷宮都市フォーメイズに戻すというのは如何なものですか?」
「不服か?」
「その件に限りましては我らも反対です。あれだけの才を冒険者として眠らせるにはあまりに惜しい。今すぐにでもライカ卿に領都で任せられる仕事が、幾らでもございます」
例のジンギスカンだけじゃなくて、前世の知識を使ってウスターソースや粘度の高い濃厚ソースなんかの仕込み方を教えたんだよね。
いや、あの辺りもあると便利なんだよ。
ついでにタコ焼きの作り方と、鉄板の設計図も渡しておいた。
向こうで試作したらしく、宰相のアルタムーラ伯爵と将軍のウルバーニ伯爵は結構ハマったらしい。
ウスターソースは醤油を使った、流石に仕込む時間が足りないから、なんちゃってウスターソースだけどさ。本格的なウスターソースに関しては今から仕込むらしい。完成すればこの領の特産品のひとつになるだろうね。
「冒険者として数年活躍させ、更なる力をつけさせる。この決定が不服だと?」
「御意」
いや、そこだけは息があってるけど、文官と武官が完全にまっぷたつになってんじゃん。俺を自陣営に引き込む満々だしな。
マジで昨日までどっちも引かなかったのか?
「状況次第で数年が短くなる可能性はあるが、とりあえず冒険者を続けさせるべきであろう」
「しかし」
「迷宮都市フォーメイズであれば、何かあった時には領都に呼ぶ事も可能だ。ライカ卿も何かあればすぐに駆け付けてくれるだろう」
「はっ!! すぐに馳せ参じます」
「という事だ」
「了解いたしました」
魔族が出た時は退治しろって事だろうね。
そう再々出現するような敵じゃないし、あまり人類側に手を出しすぎると魔族の立場が悪くなる気がするんだけど……。
二十年前の件は不可抗力として、今回の件はまだ真相が闇の中だろうし……。いや、あの馬鹿が喋った可能性はあるのか?
「ひとつだけ質問があるのですが」
「なんだ?」
「今回の魔族の立場です」
「アレは二十年前の再現というか、禍々しき魔素の溜まった地に犯罪者を監禁して作り出した人造魔族だそうだ」
「じ……、人造魔族ですか」
理論的には可能だし、二十年前の焼き直しとしては筋が通る。
ただ……。本当にそんな事が可能なのか?
「禍々しき魔素の浄化もできて一石二鳥という所らしいが、十年かけて魔族一人生み出すのが限度だそうだ」
「気の長い話でな、散々締め上げてみたが他に人造魔族がいないという事だけは分かった」
誰をどんな風に締め上げたかは、誰も聞こうとしなかった。
この世界の恐ろしい所は、最悪死んでも蘇生させられて尋問が再開されるところだよね。そういう意味で、一度そういう立場になると元の世界より遥かに残酷な運命が待ち構えている。
その気になれば指なんていくらでも再生できる訳だし……。
「という事は、魔王国は無関係ですか」
「そういう事だな。あの国にまで飛び火しなくて助かったところだ」
「今更あんな小島に勇者を送り込むのも面倒でな」
「正直、よくあんな事が流行った物だ」
かなり安い資金とそこそこぼろい装備を新人冒険者に与えて国内や領内で魔物狩りを行わせ、ある程度成長したら船を手配して魔王領へと送り込む。
後はその冒険者が魔王領で暴れて、戦果を挙げるのを待つだけ。
流石に魔王城へは乗り込めなかったけど、魔王国に上陸した冒険者パーティが領主クラスを何人か仕留めたという話だね。魔族にしてみれば、それでも大事件だけど。
きっかけが魔族側にあって向こうも無実って事じゃなかったからあの程度の話し合いで済んだけど、向こうはあの一件で領主クラスを何人も殺されてるからな……。ちなみに、その件で人類側に被害はほとんどかった。
「費用対効果はかなりよかったという話だな。通常の国家間であのような事をすれば大問題だが」
「冒険者を暗殺者に仕立てて送り込む様な物ですからな。やっている事は侵略そのものです」
「だから冒険者ギルドが国から独立しておるのだ。あれだけの力を持ちながら独立しておるギルドなど、冒険者ギルドを含めて三つだけだ」
何で独立してるんだろうって不思議に思ってたけど、アレって国が責任取らなくていい為の措置でもあったのか……。
冒険者がやらかした時に、所属する国に向かう責任がかなり軽減される気がするしね。
残りの二つは魔法使いギルドと盗賊ギルドか。
魔法使いギルドもやらかした時に危害がデカすぎるし、盗賊ギルドに至っては国が関与する訳にはいかないだろう。
「ライカ卿は闘技場の一件も見事であったな。魔族の正体を看過したタイミングも最高だ」
「そうですな。我らもかなり溜飲が下がりました」
「あれだけ好きかってやらかしてくれたからな。問い合わせたところ、サミュエル王国は国としての関与を否定し、ダントンの爵位を剥奪しおった」
「魔族を生み出した罰だそうだ。向こうはお陰で禍々しき魔素で汚染されておった土地を浄化できたようだがな」
その方法が驚きなんだけどな。
魔族が生み出されただけだと、その土地は禍々しき魔素に汚染されたままらしい。かなり禍々しき魔素は軽減するそうだけどね。
で、残った禍々しき魔素は今回のグレゴワールみたいに、生贄にした誰かに最後まで取り込ませれば浄化完了って訳だ。
方法はまず食事に小さな禍々しき魔素の籠った魔石を粉にして混ぜ、その後で小さな魔石を幾つも体に埋め込んでその魔石に禍々しき魔素を吸収させるというもので、魔族に変わるまでにグレゴワールの味わった苦痛は想像を絶するらしい。
「あの土地浄化の方法は使えぬ。重大な罪を犯した者とはいえ、人が手を出してよい行為ではない!! 人を魔族に変えるいう事は、魂まで穢すという事だ。女神アイリス様に誓って、このような儀式をわが国で行うことは無いだろう」
「まさに外道ですな。……サミュエル王国は今後も同じ手を使って来る可能性があるのでは?」
「あそこまで禍々しい魔素で汚染された土地はそこまでないのだ。そう簡単にはつかってこぬだろう」
「おお、救国の英雄を無視していつもの様に話し込んでしまったな。アカイ・ライカよ。大儀であった」
「はっ。ではこれにて失礼いたします」
「うむ。何かあれば気軽に訪ねて来るがよい」
アルタムーラ伯爵やウルバーニ伯爵は、どうにかして俺を自陣営に引き込もうとしてるしな……。
俺が割と万能で器用貧乏だから、仕事も押し付けやすいだろうしね。
これで長かった領都での暮らしも終わりか。
明日出発の高速馬車で迷宮都市フォーメイズに向えば着くのはその三日後。
八月三日に迷宮都市フォーメイズをたって、今日は八月の二十一日。俺はこの領都に二週間以上も滞在してたって事なのか……。
半分以上が待ち時間だったけどな。
「お疲れ様です。本当に色々ありましたね」
「ホントにな。二千万ゴルダあれば、普通は一生働かないらしいよ」
「法衣男爵様ですし、それも選択の一つですかね」
「冗談さ。しばらく冒険者を続けて、その後はおそらく領都暮らしだろう」
とりあえず副将軍としてウルバーニ伯爵の右腕として動く事になる筈。
実績もないのにいきなり副宰相は無理だからね。
その点、武官としてだったら十分すぎる実績があるし、俺も存分に腕をふるえるからさ。
「今晩は領都での最終日だ、今晩は最後の料理を堪能させて貰おう」
「はい。変わった料理も多かったですが、結構楽しめました」
「領都では意外にライスを推してるみたいなんだよね。俺は好きだからいいけど、ディアナはどうだった?」
「元の世界にライスはほとんど出ませんでした。畑に植えられているのは麦か芋でしたので」
やっぱり何処の世界でも食料の生産が悪くなると、主食は芋になるっぽい。米は土地単位の食糧生産性は凄いけど、その分手間がかかるからね。
その点芋は簡単に育つ。荒れ地でも生産可能だしね。
「苦手って訳じゃないの?」
「出てくる形が結構違いますので……。晩餐会で出たドリアは美味しかったですよ」
「米も品種によって食べ方が色々あるしね。そのまま炊いて食べる方法もあるんだけど」
白ご飯ね。
俺も元々日本人だし、白ご飯は大好物だけどさ……。
ごはんとおかずがセットになった定食もいいよね。白ご飯とお味噌汁が一緒に出て来ると、なんとなく心が休まるご飯になる気がするし……。後は丼物? 親子丼とかもいいけど、海鮮丼とかもある。
丼物と言えば、今度牛丼でも作ってみるかな。いろいろ思い出す、懐かしい料理だけど。
って、完全に料理人モードに入ってたな。
「食べる物が豊富なのっていいですよね」
「食材が多いと当然何を食べるかの選択肢が増えるし、料理の幅も広がるからね。そもそも食糧が無いと作れる料理なんて限られるし、目的も変わってくるから」
美味しく食べるのが目的じゃなくて、同じ量の食材でどれだけ多くの人に食べて貰うかとかね。
その場合は水とかで傘増しして、味なんて二の次になるし……。
量を増やすやり方にもいろいろあるけど、汁物にする方法が一番多いんじゃないかな?
「そこまで厳しい状況ではありませんでしたが、もしかしたら今はそうなっているかもしれません」
「何も手を打たないと、そうなる状況だったんだ……」
そこまで行くと、完全に終焉に向かってる気がするけどどうなんだろ?
せめて食べるものが多ければ、少しは気持ち的にマシだろうに……。お腹がすくのは、いつだってつらいから……。
「あの世界の事を考えても仕方がありませんし、ホテルに戻りましょう」
「そうだね。八月は殆ど領都にいた気がするな」
「移動時間も含めるとほとんどひと月ですからね……」
高速馬車を使ってもこれだけ掛かってるから、これが普通の馬車で来てたと思うと、本気でぞっとするぞ。
ん? まてよ。この世界にはかなり高性能な魔導モーターが既にある。馬車も進化してるし、足回りの関係もかなり進んでると思って間違いない。
ということは、やり方次第で魔石をエネルギーにしたモーター駆動の乗り物とか作れるんじゃないか?
迷宮都市フォーメイズに着くまでに数日ある訳だし、ちょっと考えてみるのもいいかもしれないな。
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